縄文時代に出航
ちょっと面倒で嫌われるくらいの人が何故か成功する。
それは、その人に反発すれば面倒なので、ある所まではみんな従うからだ。
特に同じ組織や業界の中にいればね。
でもそんな人は、いずれ味方だと思っていた人とぶつかってしまう。
それが致命傷となる人は多くはないけれど、俺はソレ、納得いかないんだよなぁ。
面倒で嫌われるヤツじゃなく、普通の人が成功する世界がいいよ。
理想ではあるけれど‥‥。
リセットワールドの探索に出かける前、朝一番に両津さんが警察のお偉いさんと思われる人を連れてきた。
どうやら仕事の依頼のようだけれど‥‥。
「お前たちが日本のデンジャーか。わしが警察庁長官、江田島双六であーる!」
おいおい、いつの時代のトップかと思うようなおっさんだな。
和服を着た体はデカく、鍛え抜かれているのが一目で分かるぞ。
見た目的には時代錯誤も甚だしいな。
まあでも、俺はらしさ教育は必要だと思っているけれどね。
男はこうあるべきな所もあるのは否定しない。
双六は勝手にソファーに座った。
俺たちもそれに合わせて向かいのソファーに座る。
「私が萬屋狛里なの‥‥」
「新巻鮭天冉よぉ~」
「此花策也だ」
アーニャンはまだ寝ているようでこの場にはいない。
「すみません。長官がどうしても話がしたいという事で」
両津さんは立ったまま頭を小刻みに下げていた。
「両津は何をヘコヘコしておる?立場はこっちの方が上なのだから、堂々とせんかい!」
いや、立場に差は無いと思うけれど?
俺たちは別に誰の下でもないし。
お客様は神様とでも言うのだろうか。
そんな訳ないんだけれどね。
尤も、冤罪をでっち上げられ指名手配されるような事があればちょっと困るから、一々否定するつもりはないけれど‥‥。
とは言え俺たちならなんとでもなるんだよなぁ。
「わしは今の日本の状況を危惧しておる」
はあ‥‥。
それはまあ何時の時代も危惧する所はあるだろうよ。
「それでぇ~?どの辺りを危惧しているのかしらぁ~?」
「私は双六ちゃんが座っているソファーが壊れそうで危惧してるの‥‥」
本当だ。
このおっさん、百キロ超えてるんじゃね?
まあでも俺が作ったソファーだし、そう簡単には壊れないはず。
「おっとそうなのか?」
双六のおっさんは少しソファーを見て、問題ない事を確認していた。
「大丈夫そうだな。そうではなくてだな、お前たちは今の日本に危機感をもたんのか?」
「私はどうでもいいわよぉ~」
「悪い奴がいたらぶん殴るので問題ないの‥‥」
狛里の行動原理は単純で分かりやすいよなぁ。
「ふむ。ちっこい方は分かってるじゃないか」
いや、狛里は何も分かってないぞ。
「当然なの‥‥」
当然じゃねぇし。
「日本は今、不良外国人共に壊されつつある」
その話か。
まあ多くの人はアメリカとかヨーロッパの状況から危機感を持つよな。
「そうなの?‥‥。悪い事をしたらぶっ飛ばすの‥‥」
「それじゃ遅い!」
いきなり双六は大声を張り上げた。
五月蠅いなぁ。
でも俺が一般人だった頃なら絶対にビビらされていただろうな。
その見た目だけでも恐ろしいのに。
とは言え今はそれにビビる事も無いし、それは狛里も天冉も同様。
「どういう事かしらぁ~?」
「悪い事をしてからでは遅いと言っている。犯罪に巻き込まれ日本人が殺されてからぶん殴っても意味がないだろ」
それはね‥‥。
ある時の江戸は、とても犯罪が少なかったらしい。
力による抑止がしっかりしていたんだよな。
犯罪者になり得る人に対してのアプローチが有ったと聞いた事がある。
でも流石に現代でそれは難しい。
人権とかなんとか、綺麗事を全否定はできないしね。
何も悪い事をする気がなくても、殴られたり捕まえられたりじゃ流石にプチ切れるよな。
「そこでだ!」
またでかい声。
狛里も天冉も耳を抑えている。
そんな事をしなくても音の調整くらは俺たちくらいなら容易い。
と、思う。
これは不快感を伝える手段だ。
「お前たち。悪さしそうな外国人を殺って廻ってくれ。デンジャーなら人殺しも許されるだろ?」
これはとんでもない提案をしてくれる。
こいつ馬鹿だろ。
「長官それは‥‥」
「魔法を使える者がやるのが効率もいいし、合理的だろ?俺は外国人問題解決の魁となるのだ!ははははは!」
魁は男を磨く所だけにしてくれ。
だいたい効率は良いだろうけれど、合理化しすぎだろ。
「仮にデンジャーが殺人も許されるとして、それは積み重ねてきた信頼があるからなんだけど?」
「その信頼をこういう時に使わんでどうする。政府は国連や国際組織の圧力に対抗する気概がまるでない!どうにもならねぇんだよ。だったらもうこういう手段しか残ってない。分かるだろ?これはお願いじゃない。警察庁長官の命令だ!」
他になかなか解決方法が見つからないのも分かるけれど、これが馬鹿なやり方だって事も分かるよ。
デンジャーにヘイトが集まって、世界のバランスが崩れるか。
或いは‥‥。
「ちょっと待ってください!そんな話をするとは聞いてません!」
あまりに馬鹿な事を言う双六に対して、流石に両津さんも黙っちゃいないか。
「お前、俺に逆らうのか?」
「‥‥。流石にね。上司だし逆らうのも面倒だから黙ってたけど、これは度を越しているから言わせてもらう。あんたのやり方は間違っているし此花さんたちに失礼だ!」
「両津お前、警察じゃいられなくなるぞ?」
あーあ。
それを言っちゃ駄目よね。
「今聞きましたー?奥さん!」
「聞いたわよぉ~。警察庁長官が脅迫してるわねぇ~」
「脅迫だぁ?お前らも舐めた事言ってたら日本にいられなくなるぞ!」
こっちにも脅迫ねぇ。
「あんた‥‥。自分の身を案じたらだろうだ?デンジャーが誰かを殺しても許されるんだろ?」
「ぐっ‥‥」
俺の台詞にビビっている‥‥訳じゃない。
天冉の目に怖気づいてます。
このおっさん、今まではこうやって功績を上げて出世してきたんだろうな。
使えるモノを最大限利用して、グレーゾーンでも黒でも白にして。
確かに今回の提案は、やれば目的を達成できるだろうし最大限の効果を発揮する効率的で合理的なやり方と言えるかもしれない。
でも流石に命を取るのはやり過ぎだし、そんな強制的指示が通用するのは組織の中だけだよ。
或いは日本の中では通用したかもしれないけれど、俺たちは日本人どころかこの世界の人間でもないんだわ。
だいたい効率的で合理的な方法ってのは、追求していけばいずれは大きなしっぺ返しがあるんだよな。
例えば日本の職人は、今世界を席巻してる。
日本の技術が世界を裏で牛耳っているのは、知る人ぞ知る所だ。
アメリカの軍事力も、中国の生産も、日本の技術が止められれば一瞬にして崩壊するレベル。
そんな職人技術が日本にあるのは、効率化や合理化ではなくむしろ逆の精神があるからなんだよなぁ。
無駄を突き詰めた究めの極み。
他の国は効率化や合理化を強く進めすぎてきた。
いらないと思って大切なモノまで捨ててきたんだ。
話が逸れたけれど俺が言いたいのは、効率化や合理化を突き詰めるのは良くなくて、バランスが大切って話。
尤も、科学技術面で効率化を突き詰めるのは良いかもだけれどね。
「くそがっ!簡単に解決する方法があるのに何故やらん!」
西郷隆盛が『短刀一本あれば片づく』と言ったのを思い出すなぁ。
実際に見た訳じゃないけど。
双六は一人怒って帰っていった。
とは言え何もできないだろうな。
かなりビビってたから。
「すみません。あの人、正直みんな手を焼いているんです。でも功績も大きくて、嫌われ役をやってくれるからなんとなくみんな従ってきてたんです」
「分かるよ。ああいう人って相手にするのも面倒だし、だったら『はいはい』言っておけば良いって思うよね」
「今日は申し訳ありませんでした」
両津さんは深く頭を下げた。
「いいわよぉ~。それよりも両津ちんは大丈夫なのぉ~?」
ソッチの方が重要だよね。
アーニャンもいるから警察との繋がりは切れないと思うけれど、両津さんが警察を辞めたら、俺のシティーデンジャー生活が色褪せてしまうかもしれない。
そっか。
あのおっさん、アーニャンの功績が大きいから立場が危うくて焦っているのかもなぁ。
知らんけどw
「大丈夫でしょう。私はちゃんと実績を残して出世してきていますから」
「そうだな」
それに俺たちは利用されてきた訳だけれど、それがこの人の立場を守れるというなら良かった。
結局今回の話は無かった事となり、両津さんは帰っていった。
だいたい俺が『さんづけ』で呼ぶようになったの、両津さんくらいなんだよね。
それだけ俺は認めているんだよ。
さて、そんな事があった朝だったけれど、アーニャンが起きてから俺たちは再びリセットワールドに来ていた。
みたまも天冉の中から出てきて、少女隊ももちろん‥‥。
「で、お前たち、影の中に入ってどうしたんだ?」
「やっぱり影の中が落ち着くのです」
「そうなのね。走るのに飽きたとか、そんなんじゃないのね」
もう飽きたのか。
「飽きたんじゃないのね!」
心に返答するな。
「はいはい」
まあでもこのポジションで冒険するのも懐かしいというか。
流石にちぃとチートが行き過ぎた今となっては、これで安心って話でもないんだけれど、やはりなんというか落ち着く。
とは言えこの世界に危険は今の所感じないし、それに今日はそういう意味での危険な冒険はしない予定。
「それで、今日はどっちに行くの?」
地図はまだみんなに見せていない。
だから俺は紙に写したこれまでの地図をみたまに渡した。
「昨日見て廻った範囲でできた地図だ」
するとみたまはすぐにそれを理解する。
「これ、昔の近畿地方みたいね」
「あらぁ~。昔はこんなだったのぉ~?此処が大阪かしらぁ~」
天冉もこの世界の地図なら分かる訳で、それが日本の大阪辺りであると理解していた。
「その通り。これは縄文時代の近畿地方の地図と言って間違いない。つまりこのリセットワールドは、『人のいない二千年以上前の世界』って事になる」
「何それ。面白そう」
流石はみたま、伊達にみゆきの娘をやってないぜ。
みゆきは小説を書く趣味があって、その中で古事記に関する話を使う事も多かった。
アルカディアにイワナガヒメやコノハナサクヤヒメもいた訳で。
古事記に限らず、日本の歴史が好きだったのだろうけれどね。
「つまりこの世界を探索すれば、エルドラールの昔の姿が分かるという訳じゃの?」
「エルドラールだけじゃないぞ。おそらくだけれど、全ての世界はこのリセットワールドから始まっているはずだ」
「イスカンデルもそうなの?‥‥」
「そうだな。イスカンデルは割と変化が多かった気もするけれど、何かしらの理由で今の形になっている。ウインバリアも全く違うけれど、元は同じだったはずだ」
創造する神が世界そのものを変えようするか、元あるものを進化させるかの違いだろうか。
何にしても最初はこの形だったに違いない。
「だったら、神話にでてきたものがこの世界にはあるかも知れない?」
「ザッツライト!それだけじゃないぞ。俺は今日、神話や伝説の検証もしたいと思っているんだ。伝わっている話が本当に正しいものなのか。或いは複数ある説のどちらが正しいのか」
「それ、良いわね!」
「だろ?オラわくわくすっぞ」
俺はみたまと二人、他を置いてきぼりで盛り上がった。
先に説明した方がいいかな。
「えっと‥‥。これほど昔の世界の歴史ってのはなかなか残ってないんだけどさ、神話とか伝説という形では残されているんだ。例えば日本なら、神武東征と言って初代天皇がこの国を一つにした話が残されている。その時の行動が実際にやれるものなのか、この世界なら試す事ができるかもしれないんだ。だから今日これから、それを試してみたいと思う」
ここは神武東征以前の日本だから、全く同じという訳ではない。
河内湾がまだ完全に残っているからね。
これがいずれ河内湖となり陸地になる訳だけれど、俺のやりたい事はこの世界でもできる。
「古事記や日本書紀の事ねぇ~。私も読んでみたけどぉ~、そう言われると興味深いわねぇ~」
「おっ!流石は天冉」
この世界の古事記が俺たちの知る古事記と同じかは知らないけれど、おそらくみたまの作った世界だからほとんど同じはずだ。
「それで具体的には何をするのじゃ?」
「そうだな。神武天皇が通った道のりを実際に進んでみようと思う。近代的な今の日本じゃできないからな。具体的には‥‥『準構造船』を作って兵庫方面から船で大阪湾に入ってみよう」
そして俺が試したいのは、この時代の船で本当に紀伊半島を迂回して東側に行けるのか。
俺が聞いたある人の説では、『南の方』というのは現在の『西中島南方』辺りではないかと言うのだ。
つまりそこから上陸したのではないかという話。
もちろんそうではないというのが定説だし、古事記にもそうは書いていない。
その地域を南方と呼ぶようになったのも江戸時代からだ。
それでもそれ以前から地元では『南の方』と呼ばれていただろうし、完全に否定はできないと思っている。
だいたい普通に考えて、瀬戸内海から出て太平洋側を航海するのは難しい。
昔一度和歌山に釣りに行った事があったけれど、あの時の波はヤバかったからね。
或いは河内湾の入口に南方はある訳で、『戻って大阪湾に出る』という意味だった可能性もある訳だけれど。
とにかく後は試してから考える。
そんな訳で俺たちは一旦兵庫県の須磨辺りに移動した。
そして『おきよ丸』を魔法で作ってゆく。
おきよ丸は昭和十五年に作られた準構造船の復元船の事。
全長二十一メートルで、最低四十八名の漕ぎ手が必要となる。
更に交代要因なども含めて、百二十四名が乗ったとか。
「ちょっとでかすぎるな。マジでこんな船を弥生時代に作っていたのか?弥生時代としても素直には信じられない」
「でも世界を見れば、もっと凄いものを作っていた所はあるわよ」
「だな」
みたまの言う通りではあるけれど、神話から伝説の時代と思うとね。
しかし作ってはみたものの、櫓を二十四本作っても漕ぎ手がいねぇ。
まあ俺たちなら二人で一本じゃなく、一人で二本はいけるか。
狛里、天冉、みたま、推古、菜乃、妃子、そして俺。
それでもあと五人足りない。
俺は分身を五人召喚した。
「櫓は一人二本ずつな。左右に分かれて漕ぐ。但しあまり魔力は使うなよ。片手で普通の力持ち二人分くらいの力にするんだ」
「普通の力持ちと言われても、わしにはよう分からんぞ」
「推古は魔力を使わずに漕いでくれ」
不安しかないけれど、やりながら覚えてもらおう。
船は壊れないように魔力で補強しておく。
上手くいくようになったら解除すればいいだろう。
「おい少女隊!そろそろ出てこい!」
俺は影に呼びかけた。
しかし反応がない。
俺は影に手を突っ込んで二人を引っ張りだした。
「何をするのです」
「気持ちよく寝てたのね」
やっぱり影の中では寝るんかい。
「お前たちの出番だ。力をかしてくれ。今回の任務はとにかく難しいから、お前たちが頼りなんだよ」
「そうなのですか。仕方がないのです」
「そうなのね。ご主人タマを助けてあげるのね」
はいチョロい。
「ありがとう、助かるよ。それじゃ左右に分かれて乗り込んでくれ。左右漕ぎ手には俺と分身で声を掛けるから。オーエスオーエス!こんな感じで櫓を動かしてみてくれ」
俺は先に船に乗り込み、ゼスチャーを入れて説明した。
「分かったの‥‥。余裕なの‥‥」
なんだか不安が膨らんだ。
とりあえず砂浜に置かれた船に皆が乗り込む。
これ、どうやって海に出してたんだろう。
海に浮かべてから乗り込むのかな。
俺たちなら問題はないけれど、当時の人は色々と大変そうだ。
俺は軽く念力で船を海上まで移動させ浮かべた。
結構波があるな。
「みんな座って漕ぐぞ」
立って漕ぐ仕様ではなさそうだ。
「かなり揺れるわねぇ~」
「これ、もう少し沖に出た方がいいのではないのか?」
「そうだな。とりあえず沖に出る」
「二本の櫓だと上手くできないの‥‥」
「俺たちの力なら一本でも行けるだろ。もう少し魔力を使っても良いから、とりあえずみんな一本は回収していくぞ」
流石に魔力抜きに素人が扱えるものではないか。
なれるまでは俺も念力で船が転覆しないようにしないと。
俺は声を掛けながら必死に船をコントロールし、波が安定する辺りまで船を出した。
「ここまでくれば多少マシだな。しかし疲れる」
「でも結構楽しいわよ」
みたまが楽しんでくれているのは良かったけれど、普通にやったら既に何度か海水浴をする事になっている。
こんなものを弥生人は上手くコントロールしていたのか。
でも遣隋使とか支那まで行っていたんだよな。
尤も四隻で出港して、行きに一隻沈没し、帰りに一隻沈没して、帰って来るのは二隻だったという話もある。
そんな過酷な航海を弥生時代に?
やっぱり伝説は伝説なのか。
でも此処は瀬戸内海。
まだ沈没は回避できる。
船を操りなんとか大阪湾までやってきた。
魔力を使っているので、当然当時よりも圧倒的早さで付いただろうな。
「まずは南下して紀伊半島を迂回する記述通りの道のりを辿ってみよう」
「だいぶ船も安定して来たわね」
「余裕なの‥‥」
俺が念力でだいぶフォローしてきたからな。
だけれどこれからは念力を使わない。
今のこのメンバーでなら、弥生人よりは上手くやれるはず。
魔力は多少使うからね。
「綺麗な魚がいるのです!」
「本当なのね。手で捕まえられそうなのね」
そりゃミノカサゴだ。
毒あるぞ。
とは言え俺たちは毒の完全耐性があるから問題ないか。
刺されりゃ少し痛みはあるだろうけれど。
つか櫓をほっぽり出してるじゃねぇか。
「妃子、持ち場に戻ってくれ。船が不安定になるだろ」
「綺麗な魚を鷲掴みにできるチャンスなのね」
「その魚、刺すぞ?」
「船を漕ぐのは楽しいのね」
妃子は素直に戻ってくれた。
さて気を取り直して南下だ南下。
割と波は穏やかで、船は危なげなく進む。
天気も良いし気持ちいいな。
「お父さん、この辺かしら?血の池地獄」
おい、それは違うだろ。
「血沼海な。うんたらかんたらな人が血を洗い流し海が真っ赤になったんだよな。堺から和泉辺りか」
「そうだったわね」
それにしても、俺もよく覚えているな。
覚えた記憶もないけれど、現代語訳古事記が手元にあるようだ。
おっとそれは言っちゃ駄目だ。
忘れてくれ。
「それにしてもこういう船旅もいいわねぇ~」
「とっても眠くなるの‥‥」
「眠ったらバランスを崩すのじゃ。駄目じゃぞ」
「推古の言う通りだ。油断して船が傾いても、もう俺は何もしないからな。沈没したら沈没したで海水浴だ」
「まだ六月なので水は冷たいのです」
「絶対落ちたくないのね」
「だったら油断しちゃ駄目ね。これからきっと波が強くなってくるわよ」
俺たちはなんだかんだ和歌山の海に来ていた。
既に瀬戸内海ではないのかもしれない。
「おい!ちょっと陸から離れてるぞ。外側は気合入れて漕げよ!」
そろそろみんな飽きてきたかな。
でもそれに合わせるように少し波が高くなってくる。
すると船が大きく傾き、みんな目が冷めたように真剣に櫓を動かした。
「危ないのです!」
「でも面白いのね」
「確かに少しくらい操舵が難しい方が面白いわね」
「そうだな‥‥」
「‥‥」
皆が無言になった。
ちょっとオヤジギャク言っただけじゃん。
束の間静かになったけれど、直ぐに皆は騒ぎ始めた。
俺のオヤジギャクはスルーされ、船を操るのを皆楽しんでいた。
こういう日を過ごすのも良いもんだな。
非日常と言ってしまうと少し違う。
でもいつもと違う時間。
俺たちはただ楽しんで船を進めていった。




