デンジャー協会の会長
何かをしようとした時、それを邪魔するような壁にぶち当たる事がある。
或いは望まない何かをやらされようとする事もある。
こういう時心の弱い人は、『神がそうしろと言っている』と決めつけ諦める事が多い。
しかし本当にそうだろうか。
自分が神になって思った事は、神だって人間と変わらない。
優しい神がいる一方で、厳しい神もいるし馬鹿な神がいる事も俺は知っている。
諦めてはいけない。
少なくとも、神を都合よく使うべからず。
宗教の教えを理由に何でも行動する奴は、正直生きる意味は無いと思うよ。
ハッキリ言っておきたい。
「俺が『死ね』と言ったらお前は死ぬのかー!?」
俺たちはアメリカに行く準備をしていた。
と言ってもやることは戸締まりくらいなんだけれどね。
俺と嫁隊の中で、誰かがアメリカに残っているなら、別に何時でも帰ってこられる場所なんだよ。
最近は店にインテリジェンスジュエルは置いていないし、盗られて困る物もほとんどない。
アレはこの世界では価値が高すぎるんだよな。
だから置かない事にした。
それでも一応結界は張っておくけれどね。
それだけやって俺たちは出かけた。
空港では恵美も合流し、飛行機に乗り込む。
そしてアメリカへはひとっ飛び。
と言ってもかなり時間はかかるけれどね。
ただ思ったよりは時間もかからず、気がつけば俺たちはニューヨークについていた。
そこから適当に時間を潰して移動し、俺たちはとある町を歩いていた。
「なんか雰囲気が悪いな」
「ホームレスが多いし。それに目つきが怖いし」
目は口ほどに物を言う。
人柄が分かるよ。
「主に獣人とオーガかしら?アメリカにはあまりいなかった人種だから移民のようね」
「街中ゴミだらけなの‥‥」
スペード大統領が言っていた。
アメリカはかなりヤバいと。
なるほど、こりゃ移民をなんとかしないといけない気持ちにもなるな。
国ってのは日本人の感覚で言えば、大きな家族の家なんだよ。
家がゴミ屋敷にされればそりゃ怒る訳で。
「あいつら脅して金を貸してもらおうぜ」
「やめておけ。アレは日本のプロデンジャーだ。テレビで見た事がある」
「ちっ!デンジャーかよ‥‥」
おいおい。
俺たちがデンジャーじゃなければ、脅されて金を巻き上げられていたのか。
アメリカの治安、本当にヤバい。
これが五年十年先の日本だと言うなら、本当になんとかしないと駄目だよなぁ。
この世界と俺は関係がないけれど、みたまが作った世界なので繋がりが無い訳でもない。
せめて日本がこうなるのは見たくないよ。
俺たちは嫌な視線に晒されながら、デンジャー協会本部ビルへと向かうのだった。
本部に到着すると、協会本部所属のデンジャーか、或いは職員に連れられ集会場へと案内された。
広い講堂だな。
椅子とテーブルが並べられ、二千人以上は入れそうだ。
つまりそれくらい集まるって事かね。
既に半分以上は席も埋まっていて、見るとモブエロとタピオカの姿が確認できた。
確か原作でもこんな場面は見た事がある。
既に忘れているけれどさ。
この頃の記憶はかなり持っていかれているから。
そして当然、みたまはこの頃は既に死んでいる。
原作を全く見ていない。
おそらくだけれど、キマイラBの途中までだ。
俺の記憶もその辺りからかなり曖昧になってるからな。
それ以前もだいぶ忘れているけどさ。
単純に記憶力ショボいし。
とにかく席につくか。
俺たちは初めてデンジャーの集会に参加する訳で、今日何が行われるのかも知らないし、とりあえず後ろの方の席に座った。
「これみんなデンジャーだし?」
「おそらくねー。みんな雰囲気あるわ」
アーニャンの言う通り、確かに皆が何かしらの達人に見える。
俺たちから見ればザコかもしれないけれど、生前に会っていたら小便チビるレベルだろう。
尤も、俺は緊張すると小便出ない方だけどさ。
「ゴルゴちんとキルリアちんは来てないわねぇ~」
「デンジャー試験で一緒だった人はほとんどいないの‥‥」
同期では十三人受かったはずだよな。
来ているのは五人だけ。
他は何かしら来られない理由があるのか、或いは‥‥。
集合時間にはまだ十五分ほどある。
気がつけば席は九割方埋まっていた。
時間まで集会は始まらなかったけれど、他の同期デンジャーが来る事はなかった。
予定時間になると、テヘペロ会長が壇上に姿を見せた。
ゆっくりと中央へ歩いてゆく。
爺さんと言っても、戦闘となれば凄いスピードで動くのだから、此処もシャキシャキ歩けよ。
なんて思ったりするのだけれど、よく考えたら戦闘シーンを見た事ないぞ。
記憶って本当に曖昧なものだ。
アルカディアに来てからの記憶なら、概ね頭にあるんだけどね。
「みなの者、わざわざ集まってもろうてスマンの。今日は報告も含め、重要な事を決める事になる。じゃから多くに無理を言って集まってもろうた」
そういうテヘペロは、いつも通り緊張感の無い表情だった。
「それでは早速じゃが‥‥」
まず最初に報告から始まる。
それは協会スタッフから告げられた。
「新たにプロとなった者の発表から始めます。グレートアイランドをクリアした事で、このたびブロとなった押勝恵美殿!」
壇上からマイクでそう発せられた声は、講堂全体に広がった。
恵美はその声に返事をして立ち上がった。
「ハイ!」
流石に日本人だ。
そういう反応になるよね。
「デンジャー証を渡すので壇上までお願いします」
「分かったし」
恵美は気後れもなく、普通に壇上へと向かった。
他にも何人か名前が呼ばれ壇上へと向かう。
おそらくゴルゴやキルリアと共にグレートアイランドをクリアした者たちか。
「この中で押勝殿は最速クリアメンバーでした。よって星を一つ授与します」
そう声が聞こえると、辺りのデンジャーが少しザワついた。
「あんな子供がねぇ」
「でも戦闘力はかなりあるらしいぞ」
「日本の軍隊にも所属しているって話だ」
ただ思ったほど驚く者は無かった。
流石にプロの集まり。
見た目が関係ない事は当然知っている。
「では次に、星を獲得されるデンジャーの発表です」
壇上からそんな声が聞こえる中、恵美が戻ってきた。
「デンジャー証も貰えたし。今日から正式なプロだし」
「そうだな。おめでとう」
つっても既にプロとして扱われてきたから、今更なんだけどね。
「星を二つ獲得したのは、萬屋狛里殿、新巻鮭天冉殿、安楊殿です。ご起立お願いします」
そう言われ、三人はその場で立ち上がった。
「いずれもグレートアイランドの最速クリアと、キマイラBのハチ公を討伐した功績じゃ」
テヘペロ会長がそう言うと、再び場内がザワつく。
「あんな子供がねぇ」
「女ばかりじゃねーか」
「デンジャーに男女はあまり関係ないだろ。魔法の力が物を言うからな」
「しかし、キマイラBのハチ公も大した事なかったんじゃねぇか?」
「いや、アレは戦闘力の高いデンジャーじゃなきゃ倒せないレベルだったろ」
正直プロのデンジャーがどれほどやるのか、まだまだ俺には分からない。
でも、アグネスくんよりも強いのは、そう多くはないはずだ。
何人かプロのデンジャーもハチ公と戦っていたけれど、結果勝てなかったからな。
星を貰うには十分の功績だったと言える。
しかし、それをちゃんと協会が把握しているんだよな。
テヘペロもそうだけれど、他にもかなりの使い手はいるんだろう。
「続いて、星を三つ獲得した人がいます。此花策也殿、ご起立お願いします」
まあ知っていたけどね。
俺は三人が座るのを待ってから立ち上がった。
「策也はグレートアイランド最速クリアと、キマイラBの中で最強となっていた女王を討伐した功績じゃ」
当然今回も会場はザワついた。
「今度も女か?」
「いやあれば男だ」
「日本で策也って名前の響きは女性じゃないのか?」
「おいっ!そのネタは今更すぎるだろ」
「そうだったな。これは失礼」
本当に今更ネタだよ。
一作目から温めていたネタだよ。
つかこのネタ、あの有名ロボットアニメの二作品目の主人公を思い出すぜ。
まあでも特に騒ぐ人もおらず、俺たちの星は認められたようだった。
って、そう思ったら意義を唱える者が出てくるんだよね‥‥。
フラグってヤツだ。
「おーい会長!そいつらが倒したって証拠はあるのか?!ちゃんと確認したんだろうな!」
当然そこを確認したい者もいるよね。
「ウォッカか‥‥。そうじゃのぅ。ハッキリと死体を確認できたのは天冉が倒した新女王とハチ公の亡骸の残骸だけじゃの」
「おいおい。それで星をくれてやるのか?!星も軽くなったもんだな」
アイツがウォッカか。
ゴルゴ‥‥、じゃなくてキルリアが探していたであろう父親。
なるほど、雰囲気を持っている。
一見そんなに強そうに見えないけれど、明らかに他のデンジャーとは一線を画しているな。
「こういう者もおるが、何かハッキリとした証拠は出せるかのぅ?」
テヘペロは今更俺たちにそんな事を言ってきた。
そう言われる可能性は考えていたけれど、証拠ねぇ。
「渡した映像じゃ駄目なのか?」
「あの映像だと、倒したと確信は持てんのぉ」
そうだろうな。
「出せない訳じゃないけれど、正直出したくはないな。だったら星なんていらないし、女王もハチ公も探し続ければいいよ」
「ふむ。それは、どうしても、かの?」
この世界の為とは言え‥‥。
やらない選択肢は無かったよなぁ。
「どうしてもって言うなら、他言無用でテヘペロ会長にだけなら‥‥」
テヘペロ会長はペラペラ喋らないだろうし、きっと信用できる。
あの漫画のあのキャラをモデルにしてる訳だし。
「オッケー!問題ないだろ。会長も一応問題が失くなった事は確認してるんだよな」
「まあの。キマイラBによる脅威は、何人かの魔法によって失くなった事を確認しておる」
「策也の言った事に嘘は感じないし、俺は確認できた」
ふむ、試されたか。
それでウォッカなりに、俺が嘘を言っていないと確信が持てたと。
そうなると、他に意義を唱える者は誰もいなかった。
ウォッカへの皆の信頼は半端ないね。
「それでは次の話に移らせていただきます」
「これはわしが直接話そう」
そう言ってテヘペロが壇上の前まで歩み出てきた。
そして間を置かずに話し出す。
「今日をもって、わしはデンジャー協会会長を辞任する。じゃから新たな会長を決めてもらいたい」
今日一番会場がザワついた。
「何故なんだ?」
「ちょっと待て。会長が辞めて大丈夫なのか?」
「新たな会長って、適任が見当たらない」
「私がやろうかしら?」
「貴方が?そんな冗談言ったらダンゴムシも爆笑するわよ」
「クキー!貴方よりはマシよ」
「冗談はいいから、実際どうなのよそれって」
なんか少女隊レベルのデンジャーもいるな‥‥。
「とにかく辞める理由を明らかにしてもらいたい」
ウォッカとは違った雰囲気を持った男がそう言うと、会場は一気に静まった。
視線はテヘペロに集まる。
そう言えばこんな話、原作の方でもあった気がするなぁ。
完全に忘れているけれど、なんとなくね。
「デンジャー協会の存在意義は、人類を存亡の危機から救う事じゃった。核を止め、キマイラBのような魔物から人類を守る。じゃが、核を撃つ国もキマイラBを利用する国も止められなんだ」
「その責任を取って辞めると言うのですか?!」
責任ねぇ。
流石にこれ以上は無理だろ。
辞める必要なんて全く感じないけどな。
「そうではない。デンジャー協会の対応は最善だったと自負しておる」
「だったら何故?」
年だとでも言うのかねぇ。
「わしももう年じゃ‥‥」
言うんかーい!
「まあ辞めるような年でもないがの」
ズコッとなー!
「じゃが、これからわしは徐々に衰えてゆく。最高の状態の時に、大西洋の真ん中にあるアトラクション大陸に挑みたいのじゃ」
そういう事ね。
つかアトラクション大陸ってなんだよ。
アトランティス大陸をモデルにした大陸かな?
「アトラクション大陸の事は、プロのデンジャーなら当然知っておろう」
知らねーよ。
「地図を見れば皆違和感を持って、一度は調べたはずじゃ」
確かに違和感は覚えたけれど、調べてねぇ。
「日本が中心の地図しか存在しないのは、大西洋が描けないからじゃ」
ああ、なるほどね。
つか謎は解けたよ。
そう言えば若干アメリカとかブラジルとか近く感じたんだよな。
この世界は大西洋が少し大きいんだ。
「という訳で、わしは辞める。新しい会長が決まったら、その後わしと一緒にアトラクション大陸に行く奴を募集するぞぃ」
流石に今度は手伝わねぇぞ。
なんとなくだけど、きっとこれは長くなる。
というか面倒な事に巻き込まれる気がする。
「そういう事だ。さっさと新しい会長を決めようぜ」
皆が無言の中ウォッカがそう言うと、視線は一斉に移動した。
「ウォッカで良いんじゃね?」
「そうだよ。五つ星デンジャーだし、能力的には適任だろ」
ほう。
五つ星なのか。
なんとなくだけれど、俺もこの中じゃキルリアの父ちゃんが一番適任な気がする。
「駄目だ。俺はテヘペロと一緒にアトラクションへ行く事になってるからな」
そういう事になっているのか。
これもまた当然に感じた。
「それじゃ、選挙をする事になるのかしら?」
そうテヘペロ会長に尋ねたのは、犬獣人の女性だった。
割と獣寄りの顔立ちで、プードル系とハッキリ分かる人だった。
「いや、その前に一つ確認をさせてもらうぞぃ。策也!」
「えっ?俺?」
いきなり名前を呼ばれビックリして俺は立ち上がった。
「お主、会長になる為のチケットを手に入れておるの?」
チケット?
なんじゃそりゃ?
「いや、手に入れてないけど?」
「仏像を買ったのは確認済みじゃぞ?」
あっ!あー‥‥。
そう言えば、中から何か出て来たよな。
ヤバい。
このままでは会長をやらされるんじゃね?
神は俺に会長をやれと言うのか?!
そんな訳ねぇじゃん。
神なんていい加減で適当なものだよ。
仮に言ったとしても従うなんて馬鹿げている。
神を理由にしてはいけない。
俺はバレると分かっていて嘘を言った。
「知らないよ?仏像は確かに買ったけど、アレは何か落札しなくちゃ駄目だったから、安い物を適当に落札しただけだし。多分もう手元にはない。なんなら調べてもらってもいいぞ」
いらない事まで言ってる気がする。
中にアレが入っていた事を知っているのバレバレじゃん。
「‥‥そうか。やりたくはないのじゃな」
「よく分からんけど、俺は会長をするつもりはないよ。他にやらなくちゃならない事があるからな」
「どういう事ですか会長?」
再び犬の人がテヘペロ会長に尋ねた。
「いや。ちょっと会長争奪ゲームをしておったんじゃ。もう答えは出たから、選挙で決めてくれてええぞい」
「そうですか」
ふー‥‥。
とりあえず助かったか。
ヤバいヤバい。
「それじゃ今この場で選挙をしてくれ。仕切るのはお主に任せる」
「えっ?私ですか?」
テヘペロ会長は犬の人に全てを丸投げした。
この人賢そうだし、割と人望もありそうだ。
適任なのだろう。
犬の人は壇上に上がり、場を仕切り始めた。
スタッフらしき人たちと色々やり取りした後、マイクを持って喋りだす。
「それではテヘペロ会長の指名により、わたくしチワワが次期会長を決める選挙を仕切らせてもらいます」
名前はチワワかよ!
どう見てもプードルじゃねぇか。
ややこしいな。
誰が何時準備したのか分からないけれど、壇上のモニターには投票のルールが表示されていた。
某政党の総裁を決めるやり方みたいだった。
「それではまず、立候補、或いは推薦があれば挙手をお願いします」
チワワがそう言うと、一人の男が手を上げた。
「このボク、ナルシーが立候補しよう。というか、ボク以外にはあり得ないよね?」
そう言って立ち上がったのは、先ほどテヘペロ会長に辞める理由を質問していた、二枚目だけれどいかにもな感じで生理的に受け付けない男。
間違いなくこいつ、自分が全て正しいとでも思っているな。
そして下手に相応の力も持っているように見える。
俺の勘が告げている。
こいつだけは会長にしてはいけない。
そう思ったのは俺だけじゃなさそうだけれど、皆手を挙げられないといった感じだ。
つまりこの男、相応に権力も持っているんだろうな。
下手に敵対したくないってか。
でもこのままだとこいつに決まって、デンジャー協会はきっと駄目になる。
そんな中、ウォッカが手を挙げた。
「なんですか?ウォッカはアトラクション大陸に行くんですよね?」
アトラクション大陸に行くから会長になれない訳ではないだろう。
だけれど、テヘペロ会長の決意から考えれば、両方やれるような感じはしない。
「勘違いすんな。推薦だ。俺はモブエロを推すぜ!」
えっ?
「なんだと?俺みたいなの会長にしてもなんもしねぇぞ!」
モブエロは立ち上がりそう訴えた。
本人も驚いているようだな。
そしてやる気もなさそうだ。
「だからいいんだよ。事務仕事はやれる奴がそろっているからな。いざって時戦える奴なら問題ない。お前、俺の息子の友達だろ?それも理由だ。それにあのゲジを相手に勝ったぞうじゃないか。戦闘力も問題あるめぇ?」
えっ?ゲジに勝った?
確かにあの時一人は捕らえたけど、それの事かね。
「まあ一通りな」
えー!モブエロってそんなに強かったっけ?
弱くはなかったけど‥‥。
まあみんな成長しているのかもしれない。
「それで?会長になる気はあんのか?」
ウォッカの言葉に少し考えてから、モブエロは返答した。
「今は別にやりたい事もねぇし、やれと言うならやってもいいぜ」
「なら決まりだ。俺はモブエロを推薦する」
会場がザワつく。
ウォッカの推薦だから推す声と、流石にデンジャーになったばかりの者は推せないという声が半々と言った感じだった。
もしもこのままどちらかへの投票が行われれば、おそらく票は拮抗するだろう。
となると、駄目男のナルシーが会長になる可能性も大いにある。
このままではマズイ。
そう思ったのは俺だけではなかったのか、チワワがゆっくりと手を挙げた。
だからどう見てもプードルだろ。
「私も立候補するわ」
彼女がそう言うと、会場から少しの拍手が上がった。
俺も拍手したい気持ちだぜ。
拍手の量から、このチワワはやはり人望がありそうだ。
ウォッカやナルシーほどでは無さそうだけれどね。
この拍手の中には、ナルシーが嫌だと言う人も含まれているだろうから。
俺と同じように。
候補が三人になれば、それだけ票が分かれてナルシーが会長になる可能性は減る。
しかし三人だと、最初の投票で確実に落としたいな。
一回目の投票で誰も半分以上の票を集められない場合は、上位二人の決戦投票となる。
そこに残ってしまっては、結局一対一の戦いになる訳で。
「他に候補者はいませんか?」
どうやら手は挙がらないか。
狛里が手を挙げたそうにしているのを、俺は静かにやんわりと抑えた。
少し不満そうだったけれど、俺は見ないようにした。
「それでは会長を、私を含めて三人から選ぶ事にします。まずは各候補者ルールに則り、手を挙げた順番に自分をアピールしてもらいます」
そんなルールになっているんだな。
これは先に手を挙げた方が不利な気もするけれど、最初の方がインパクトはありそうだ。
それに早く手を挙げた方がやる気も感じられる。
ルールとしてバランスは悪くないか。
最初から壇上にいたチワワを除き、ナルシーとモブエロが壇上へと上がっていった。
そしてナルシーはそのまま中央へと歩み出る。
「時間は決まってませんが、五分を超える場合は止めさせていただきます」
「分かっているよ。そんなに話すつもりはない」
そう言いながら、ナルシーは前へと出た。
さて、何を話すのか。
「デンジャー諸君、ボクは四つ星デンジャーのナルシーだ。会長選挙という事になった訳だけれど、ボクはボク以外に会長にふさわしい者などいないと考えている」
こりゃまた痛い事を言うな。
つか四つ星かよ。
やはり相当できるデンジャーである事は間違いはない。
「ボクが会長になったら、ボクはこのデンジャー協会を大改革するつもりだ。現状このデンジャー協会は、核の無力化と人類の危機に対してだけ動く組織だけれど、君たちのような優秀な人材を抱えていてその程度しかできない組織であるのは何故か?」
そりゃ、それだけできれば十分だからでしょ。
「しかも先日は核を止める事すらできなかった。それは怠慢ではないだろうか?」
戦術核兵器は管轄外なんだよ。
「ボクはそんなデンジャー協会を、名実ともに世界の覇権組織にしたいと考えている」
おいおい。
そんな事したら各国本気でデンジャー協会を潰しにくるかもしれない。
戦争でもする気か?
勝っても何も残らないかもしれないぞ。
「デンジャーの中には、協会に何も利益をもたらしていない者も多い。ボクは組織を再編効率化し、全てのデンジャーが活躍できるようにしてみせる」
おいおい、設計主義の改革野郎か。
こいつは危険だ。
権力を渡してはいけない。
しかし会場にはそれを好意的に受け止めている者も多くいるようだった。
プロのデンジャーの中には、今の地位に満足していない者も多いって事か。
デンジャーになったからと言って自分が変わる訳でもないしな。
プロとしてチヤホヤされても、自分は活躍できない。
それが協会への不満となっているのか。
これはマズイな。
おそらく半数以上がナルシーに投票する。
次はモブエロの演説。
「俺はさっき言った通り、何もしねぇ!とは言ったものの、テヘペロ会長がやってきた事を代わりにやるくらいはやってやるよ。戦略核の無力化と人類の危機への対処。協会の地位を落とす事はしねぇ。それだけだ」
分かりやすい。
つまり今までと同様。
何も変えるつもりはない保守。
ナルシーの改革とは真逆だな。
これで今までに不満のない連中はモブエロに投票する。
ただこれではナルシーに勝てない。
決選投票になれば、負ける可能性の方が高い。
「次は私の番ね。わたくしチワワが会長になったら、協会を改革し、より多くのデンジャーが活躍できるよう各国に働きかけます。そして所属するプロのデンジャーも増やすわ」
チワワがそう言うと会場がザワついた。
「チワワって完全に会長寄りだと思っていたぞ」
「もしかして不満があったのか?」
保守的だと思われていたチワワが改革路線を訴えた事に、皆が驚いているようだった。
なるほど、ナルシーの票を取りに行っている。
そうでないとナルシーが勝ってしまうと判断した訳だ。
ただやはり改革というには甘い。
所属デンジャーを増やすというのは、より能力の低いデンジャーも協会に入れるという事になる。
それは今下層にいるデンジャーにとっては良いかもしれないけれど、協会としてはデンジャーの質が下がってしまう問題も出てくんだよな。
それをやってでもナルシーから票を取る方を優先した。
「所属デンジャーを増やすと協会のデンジャーの質が下がるという問題には、教育機関を作って対処したいと思っています。今までは会長が、より能力の高い者に対して直接仕事を与えたりして指導していたようですけれど、私はそういう基準では区別しません」
そうなんだ。
それで俺たちに仕事を振ったりやらせたりしていたのか。
俺たちの能力が高い事はバレてるし。
これなら超改革路線を求める者たち以外はチワワに投票するだろう。
流石に行き過ぎがヤバい事くらいはみんな分かっている。
ただ問題は、既にナルシーに取り込まれている奴も多そうだって事‥‥。
「それでは、皆は順に投票用紙に名前を書いて、壇上のこの箱に入れていってください」
俺は誰に入れるか。
俺はモブエロと書いて用紙を二つ折りにした。
前の方に座っていたデンジャーから、順次投票用紙を箱に入れてゆく。
その時少し俺は違和感を覚えた。
なんだろう。
壇上から先ほどにはなかった魔力が感じられる。
何かが壇上で起こっているのか。
そう思った直後、狛里が一気に壇上へと跳び、箱をぶん殴り壊していた。
「何をするの?!」
チワワは驚き、スタッフも戦闘体制で集まってきた。
「今、箱の中で名前を書き換えている人がいたの‥‥。不正は駄目なの‥‥」
不正か。
当然不正しようとする者は現れる。
まして能力の高いデンジャーならできると思うだろう。
だけど此処には能力の高いデンジャーは沢山いるのだ。
「俺も感じたぞ。箱の中で名前を書き換えるとか、下手な事するんじゃねーよ」
そう言ったのはウォッカ。
他にもチラホラ気づいた者が声を上げていた。
「不正があり得るやり方は駄目よねぇ~。候補者は三人だけなんだしぃ~、それぞれの所に集まればいいんじゃないかしらぁ~」
天冉の言う通りのやり方なら、不正はできない。
但し、自分が誰に投票したのかが明らかになる分、ナルシーには有利かもしれない。
「ボクは新巻鮭嬢の意見に賛成だね。誰がボクに投票しなかったかが分かるからさ」
そういうナルシーから少し圧力を感じた。
これは‥‥。
気の弱い奴はナルシーに投票してしまうか。
「いいんじゃね?プロのデンジャーなら自分の行動に責任を持って同然だろ?」
ウォッカの言う通りか。
それにそう言われれば、プライドを持つ者なら脅しには屈しない。
皆自分に自信を持っている奴ばかりだろうし‥‥。
「分かりました。そうしましょう。でも不正の犯人は‥‥」
「犯人探しはいいよ。見つけた所できっと投票先が混乱するだけだ」
ウォッカの言う通り。
たとえばナルシー派の誰かがナルシーの票を増やそうとしていたらどう考えるか。
単純にナルシーの不正と考える者もいれば、支持者が勝手にやった事かもしれないと考える者もいる。
或いはナルシーを陥れる為にわざとバレるようにした可能性もある。
本音ではチワワを応援したい者ならそうしたかもしれない。
見つけた所で本当は結局何も変わらない。
「それでは投票を再会します。それぞれの所に集まるという事で。ナルシーは左側、モブエロは真ん中、私は右側に。みなさんはそれぞれの所に集まってください」
ウオッカは真っ先にチワワの所に歩いていった。
おい!
あんたモブエロを推薦したんだろ。
いや、これは最初の投票で‥‥。
俺もチワワの所へと向かった。
当然狐撲暁隊のメンバーも付いてきた。
さて、割とみんな拮抗しているように見えるけれど、モブエロの所が少し多いように見えるな。
人数が多いので、壇上には全て上がれない。
列になっているので、長さでだいたい結果が分かる。
しばらくして、集計が終わった。
「結果を発表します。トップはモブエロで七百七十七名。次にチワワが六百二名。ナルシーが五百六十三名でした。どなたも過半数に満たない為、モブエロとチワワの決選投票となります」
ウォッカがチワワに投票したのはこの結果を予想していたからに違いない。
モブエロはなんだかんだ保守層が投票するから勝てると思っていたのだろう。
しかしナルシーが決戦投票に残ればどうなるか分からない。
むしろ負ける可能性の方が高そうだった。
「ボクが負けるか。チワワくんとウォッカにしてやられたな」
そう言ってナルシーは壇上から降りていった。
まったくだな。
しかしこれでもうどちらが勝っても良い訳だけれど、改革路線を求めるナルシーに投票した者がチワワに投票すれば‥‥。
今度はウォッカもモブエロの所へと歩いていった。
俺たちもそうする。
あくまでチワワに投票したのは作戦だからね。
そしてチワワの改革は本人も本意ではない。
それをやらせるのは酷だ。
やらなければそれはそれで批判の種にされる訳だし。
「第二代デンジャー協会会長は、モブエロに決定します!」
まさか最近デンジャーになったばかりのこいつが会長になるとはねぇ。
少し大丈夫か心配にはなったけれど、一応主人公チームの一員がモデルの奴だ。
大丈夫だろう。
会場は拍手に包まれていた。




