アーニャンのブースト
大東亜戦争は『アジア植民地を解放する為の戦い』だ。
そう言うと、『それはあくまで建前に過ぎない』と言う人がいる。
確かにそれを建前に戦争を始めたのは事実だろう。
しかし建前は嘘ではない。
何故なら、実際に解放する為に戦ったのだから。
当初の予定は無視し、解放する為に色々な国へと攻め入った。
そうでなければ、あんなクソ戦略を採用する訳がない。
あのような戦いをすれば負けるのは目に見えていた。
建前だけれどやる。
その為に日本は負けたのだ。
日本人ってさ、自分の正義には嘘がつけない人種なんだよね。
正しいと思える事の為にしか戦えない。
それはある意味、自らに枷を掛けて戦うようなもの‥‥。
闇の中、テレビカメラでは状況が見えない。
辺りの街灯は全て破壊され、常人の視力ではただ闇のみが存在する。
そんな中で、ただ蜂の羽音だけが鳴り響いていた。
これなら狛里の強さが公にされる事はないだろう。
魔力セーブの為に光る狛里だけれど、一瞬ならフラッシュだ。
最近は魔力コントロール技術もだいぶ向上してきていた。
光るのは攻撃の一瞬だけ。
存分に戦える。
ただ問題は、殺さないという制約。
蘇生できるから殺しても良いと考えていても、何処かで歯止めがかかるだろう。
そんな狛里が何処までやれるか。
なんてね。
カナダの新女王の強さは確認した。
おそらくハチ公がそれ以上に強いとは思えない。
ならば狛里がやられる可能性はゼロ。
今の狛里なら問題ないはずだ。
一応冥凛も狛里のセーブポイントを使って送っておいた。
第二次世界大戦時の大日本帝国に現在のアメリカのような戦力があれば、アジア植民地の解放を目的として戦う枷があったとしても余裕で勝てていたのだろうな。
俺はなんとなくそんな事を思った。
戦闘が始まった。
狛里は二人、アーニャンが一人を相手にする。
倒した後にアーニャンと冥凛で下僕化するので、とりあえず狛里は適当に遊んで時間稼ぎだ。
アーニャンには素早く勝ってもらいたい所だけれど、レベルはおそらく相手が上。
魔力を持っているアーニャンの方が魔力パワーでは上回っているけれど、身体能力では敵に圧倒的な分がある。
俺の見た所、アーニャンが若干不利か。
僅かの差だけれど、アーニャンが女性である分戦闘に不利。
「久しぶりに本気で戦うよ。ウインバリアでは手に入れられずにいたのよね」
アーニャンはそう言って、アイテムボックスからペットボトルのようなものを取り出した。
そしてそれを飲み始める。
エナジードリンクか何かだろうか。
漂ってくる臭いから、一寸神である俺はそれが何かを理解した。
ガソリンか?
「僕の主食はこれなんだよね。ハイオクの次は軽油もいっておくわ!」
そう言って二本目も飲み干す。
おいおい、アーニャンは人間だよな?
能力の一つと言うなら納得もできるけれど、他の能力との方向性が違うから、マジでよく分からない子だ。
「それじゃあ、行くわよ!」
アーニャンは武器のハープを具現化した。
相変わらずでかいな。
これで斬れるのだから不思議だ。
アーニャンは軽々とそれを振り回し、ハチ公へと向かってゆく。
速い。
魔力パワーも上がっているようだ。
ガソリンや軽油で強くなるとか、なんと表現して良いのか。
ハープがハチ公を捉えた。
しかしそれを受け止めるハチ公。
「あら?斬れない?」
ハチ公は体を強化しているな。
鋼の体と言った所か。
あの核ミサイルにも耐えたのだ。
こういった能力を持っていても不思議ではない。
「でも今は僕の敵じゃない!」
アーニャンはハープを振り抜き、ハチ公を吹き飛ばした。
強い。
本当にガソリンで強くなってやがる。
これがアーニャンの本当の強さなのか。
ハチ公が反撃してくるけれど、どんな攻撃も軽々とかわす。
動きが今までと段違いだ。
これではハチ公も勝てないだろう。
アーニャンはハープを金槌のようにして、ハチ公を地面に打ち付けた。
体の硬くなったハチ公は、釘のように地面にめり込む。
そして地面から出ている顔面を左右からハープで殴打した。
全ては一瞬の出来事。
ハチ公ほどの強さがあれば、こんな状況から脱するのは容易いはずだ。
しかしアーニャンのスピードとパワーが圧倒的に上回っていた。
弱りゆくハチ公。
もう一秒で死ぬ。
そう思った時、アーニャンは心臓を抜き取っていた。
「心臓ゲットよ!冥凛よろしくね!」
「ん‥‥愛の小石」
あ、冥凛が喋った。
愛の小石が発動し、魂が浄化される。
それを見たアーニャンは卒業を発動した。
「あなたは卒業よ」
手にあった心臓は消え、おそらく元の場所へと戻った。
ハチ公は直ぐに地面から飛び出してきた。
「アーニャン様、これからよろしくお願いします」
問題なさそうだな。
アーニャンは軽々とハチ公をゲットした。
さてこれでまずは一人。
あと二人残っている。
狛里はアーニャンの様子を見て、ギアを一つ上げていた。
魔力を下げる為の光が小さくなっている。
「それじゃ‥‥そろそろ遊びは終わりなの‥‥」
狛里のパンチがハチ公に向かう。
しかしそれをハチ公は煙となってかわしていた。
煙化の能力か。
これは少し厄介かもな。
物理攻撃がほぼほぼ通らない。
つかあのアニメにもこんな人いたよなぁ。
「だったらもう一人の方を先に倒すの‥‥」
狛里は別のハチ公にパンチを放つ。
顔面を殴られ吹き飛ばされるハチ公。
やったか?
しかし直ぐに変形していた顔が元に戻り、何事もなかったかのように立ち上がった。
こっちは超回復力といった所か。
煙の方は、ロイガーツアールなら瞬殺できるだろう。
だけれど殺してしまうから狛里は使わない。
「仕方ないの‥‥。ちょっとだけ本気を出すの‥‥」
「おいっ!本気は駄目だぞ!」
狛里が本気になったら、この星ごとみんなおさらばだ。
「大丈夫なの‥‥。これを使うだけなの‥‥」
そう言ってセーラー服の一部を変化させた。
リビングバンテージか。
これはインテリジェンスアイテムだから、魔力を持ってはいる。
しかしどっちにしてもそれじゃ通用しないのでは‥‥。
そう思ったのもつかの間、刃と化したリビングバンテージに全属性が付与される。
そうだったな。
狛里はもう全属性付与が可能。
どれかは煙にも効くだろう。
次の瞬間、斬られた煙は傷ついた瀕死のハチ公に変わっていた。
「ぐっ‥‥」
素早くアーニャンが心臓を抜き取る。
「冥凛!」
「ん‥‥。愛の小石!」
こちらも問題なくハチ公を下僕にする事に成功した。
残すは一人。
逃げようとするハチ公。
それを先回りして止める狛里。
「回復よりも早く連続攻撃するの‥‥」
左手で動きを封じられ、体中殴られまくるハチ公。
ただのサンドバック状態だ。
回復はしているものの、それ以上にダメージが蓄積してゆく。
そして直ぐに瀕死の状態になった。
「もう大丈夫よ」
アーニャンはそう言って心臓を抜き取る。
「ん‥‥愛の小石!」
そして魂は浄化され、心臓はアーニャンの手から消えた。
「これでみんな卒業したわ」
全て予定通り下僕化に成功した。
あとは辺りの働き蜂を一掃する。
ここまでは良い。
しかしこのままだと、ハチ公が倒されたのかどうか、世間に伝える事ができない。
下僕化したと言っても納得されない可能性は高いからね。
倒された証拠がいるのだ。
カナダの方は、新女王の亡骸とハチ公の食べ残しをデンジャー協会に渡して、後の対応を頼んでおいた。
こちらは亡骸を渡せないから、倒した映像か何かを証拠にするしかないだろう。
それと新女王の駆除も必要だ。
「あの、策也。深淵の闇を作ってもらってもいい?ハチ公はきっとこの世界じゃ生きてはいけないわ。だから普段はリセットワールドにいてもらって、必要な時だけ召喚するようにしたいの」
俺がどうするか考えていると、アーニャンがそんなお願いをしてきた。
なるほど。
ならばこれは使えるかな。
「分かった。だったら、ハチ公たちには死んだふりをしてもらってくれるか。それをアーニャンが深淵の闇に放り込んでくれ。倒した証拠映像にする」
「うん。分かったわ」
一寸神の俺は深淵の闇を発動し、そこに闇の穴を作った。
その前にハチ公たちは倒れてゆく。
そしてそれを無造作に掴み、アーニャンは闇へと放り込んでいった。
この映像を見せて、ハチ公たちはブラックホール的な何かに捨てて処分した事にしよう。
「しかし召喚して使ったら、ハチ公が復活したと思われるよな」
「そうね。だからこれから、姿を変える能力でも身につけてもらわないとね」
「だな」
とにかくこれでハチ公は片付いた。
後は新女王を‥‥。
先程ハチ公が逃げようとした方向から、狛里がやってきた。
何処かに行っていたようだな。
「新女王は駆除したの‥‥」
狛里の手には三匹の新女王がいた。
「おお!流石は狛里。早いな」
「当然なの‥‥。私は仕事ができる子なの‥‥」
一寸神の俺は狛里の頭を自然に撫でていた。
狛里は嬉そうだった。
辺りを探索しても、もう蜂の気配はない。
これでミッションコンプリートかな。
しかし新女王は三匹だったか。
となると、ハチ公がまだ一人残されている可能性はありそうだ。
「ところで新女王は何処にいたんだ?」
俺は狛里に尋ねた。
「あの壊れた建物なの‥‥」
狛里の指し示す先には、壊れた建物が見える。
当然真っ暗なので、俺たちのような暗闇でも見える目がないと見えないけれど、ハッキリと『武漢生物研究所』と書かれた看板が見えた。
そういう事ね。
中国はこれを生物兵器とする為に研究材料として確保していたのか。
それでハチ公に襲われたと。
俺たちは中国を助けた形になってしまった訳だな。
この情報は‥‥、公開するべきなのだろうか。
全てはデンジャー協会に丸投げしよう。
下手に対立を煽って、この世界で世界大戦が始まってもよろしくない。
俺はなるべく神の仕事だけやればいいのだ。
とはいえ、未だに倒すべき神がどうなっているのか分からないんだけどさ。
まあ気長にやるしかない。
「それじゃ一旦日本に戻って、全ての情報をデンジャー協会に持っていこう」
「余裕だったの‥‥」
「お疲れ様。僕は楽しかったわよ」
「ん‥‥」
目的を達成した狛里たちは、セーブポイントを使って日本へと戻った。
デンジャー協会日本支部は東京にある。
俺は直ぐにアーニャンに自動車で送ってもらい、新女王の死骸や映像をその支部へと持っていった。
後はデンジャー協会が良きに計らってくれるだろう。
これでおそらく蜂騒動は収まると俺は思っていた。
俺たちがキマイラBを駆除してから一週間程が過ぎた。
あれから蜂は一匹も確認されていない。
アマゾンエリアもブラジル政府やデンジャー協会が探索しているけれど、生物は何も生き残ってはいなかったようだ。
デンジャー協会は、中国が新女王を三匹持っていた事を公表しなかった。
おそらく裏で何か話し合いがあったのだろう。
アマゾンへの核攻撃に対する批判も、直ぐに収まりを見せていたから。
やっぱり政治の事はふさわしい人たちに任せるべきだよね。
俺たちが全てを公表していたら、今頃世界は別の形で混乱していたはずだ。
正直俺たちは手柄なんてほしくない。
まあ提供した映像にアーニャンだけは映っていたので、彼女だけは世界に名を轟かせていたけれど。
その流れで日本のデンジャーは多少評価が上がっていた。
本当なら爆上がりでもおかしくはない成果だけれど、世間では『手柄を奪った』という声も結構多かった。
それでも分かっている人には分かっている。
デンジャー協会の力はかなり増しているようだった。
そんなデンジャー協会から萬屋に電話がかかってきたのは、更に一週間後だった。
『テヘペロじゃ』
『どうかしたんですか?』
なんか改まって会長から電話があると敬語になってしまう。
つかもうどっちで喋っていたのかすら忘れるよ。
『お主、わしに敬語なぞ使っておったかの?気持ち悪い』
‥‥。
俺もこの世界に来て自分でそう思っているわ。
『ああ、だったら普通に喋るよ。一応上司になった訳だから少しは立ててやろうと思っただけだ』
『立場はあくまで役割分担じゃ。デンジャーに上も下も無いわい』
確かにその通りだな。
これからこの世界でもできるだけ気にしないでいく事にしよう。
『それで?なんの用なんだ?』
テヘペロ会長自ら電話を掛けてくるなんて、かなり重要な話かもしれない。
『デンジャーだからといって、役職の無い者が協会に奉仕貢献する必要がないのは分かるじゃろ?』
そう言われても知らねーよ。
『つまり、キマイラB討伐の手柄をデンジャー協会に譲ったのが気に食わないと?』
『気に食わないとは言っとらん。お主らはお主らなりに協会を利用したんじゃろうから、それはそれでええと思っておる』
目立ちたくはないからな。
『それで?』
『借りの貸し借りを精算しておこうと思うての』
『既に手柄は協会が得て、俺たちは利用させてもらった。それでいいんじゃないのか?』
『それはお主らが決めた貸し借りじゃろ?じゃったらこちらからもそうさせてもらわないと不公平じゃ』
『何か俺たちにメリットとなるものを与えるから、願いを聞いてほしい。そんな所か?』
だったら普通に依頼するか。
『そんな所じゃが、別にお願いをするつもりはないの。お主らがこちらに渡したのは、キマイラBを駆除した情報だけじゃったはずじゃ』
『だな。で?どんな情報を俺たちに伝えたいんだ?それだけで俺たちが動くとは限らないけどな』
聞いたら何かとんでもない厄介事に巻き込まれるんじゃないだろうな。
『まだ残っているキマイラBの情報じゃ』
『えっ?残りのハチ公が見つかったのか?』
『それは分からん。じゃが、新女王がまだオーストラリアに一匹残っている可能性が高いという話じゃ』
まだ新女王が残っていたのか。
それを見つけて駆除しなければ、キマイラBが再び脅威になる可能性は残る。
そしてもしもまだハチ公が生きていたら‥‥。
『俺たちに探して駆除してほしいと?』
『別にそんな事は言っておらんよ。ただ一応借りを返す為に情報を提供しただけじゃ』
糞タヌキ親父だな。
そんなの聞いたら探さずにはいられない。
テヘペロ会長が電話を掛けてくる時点で、おそらく探したけれど見つからなかったという事だろう。
或いは他にやる事があって忙しいか。
放置していたら、みたまの創ったこのエルドラールが蜂の世界になってしまう。
かもしれない‥‥。
『了解した。善処はするよ』
『期待しておるぞい。キマイラBについて詳しい事が知りたければ、デンジャーサイトを使ってくれ。お主たちには無料で解放しておるからの』
やっぱり探させる気満々じゃないか。
しかしデンジャーサイトが無料で使えるのは助かるかもな。
デンジャーサイトは、ほぼデンジャー限定の有料サイトだ。
プロのデンジャーが集めた情報を見られるサイトで、デンジャー証又は相応のカードがないと閲覧できない。
生前の世界で言えばICレコーダーのような機能がパソコンには標準搭載されていて、カードをそれで読み取れるようになっている。
ちなみにデンジャー証は、大容量記憶媒体としても使える優れモノだ。
『新人デンジャーに無料解放とか大丈夫なのか?』
俺たちにとっては良いけれど、デンジャーサイトには各国の機密情報レベルだってあると云われている。
信用してくれているのだろうけれど、何がそうさせたのか。
力だけでは信用はできない。
いや、力があるのに私利私欲に使っていないのは、十分信用する理由にはなるのかもな。
或いは日本のデンジャーという辺りで判断している可能性も。
生前の世界でも、日本は世界一信用される国だった。
日本のパスポートは世界一ってね。
『お主たちはもうすぐ二つ星デンジャーになる予定じゃ。もしかした三つ星になるかものぉ』
それだけこのキマイラBの駆除は重要って事か。
そして残る一匹の新女王とハチ公を見つけて駆除すれば、三つ星に昇格と。
いやいやいや、そんな事になれば目立つじゃないか。
『星はもういらないよ』
『ふむ。そう言えばお主とは、何でも一つ願い事を聞く約束があったの。それをここで精算する形でええかの?』
そう言えばデンジャー試験の時にそんな約束もしたな。
でもこの程度の事でその約束を使って良いものだろうか。
‥‥。
何か嫌な予感がする。
『今回のは単なる要望だ。約束はいずれ果たしてもらうよ』
『ふむそうか。残念じゃの』
絶対今後、更に目立つような何かがある気がする。
その時まで取っておくのが吉だろう。
『それじゃ、もう用はないな?切るぞ』
『ツー、ツー、ツー‥‥』
既に電話は切られていた。
なんか負けたような気がした。




