6.波乱のパーティー
殿下に手を取られ、ホールの真ん中の階段から堂々と降りていく。
なんて辱めだろう…。帰りたい、むしろ今この場から消えたい…。
私は元々人前が苦手なのだ。ものぐさな性格のせいでまともにお茶会やパーティーなどに顔をほとんど出さなかったため、人前に出ることに慣れていない。
周りの貴族たちからほぅ…と歓声が上がる。
この歓声は殿下が美しいからだと納得し、私はひたすら空気になろうと努力する。
確かに今日の殿下はいつにも増して美しい。ベルベット生地の高級感溢れる紺のジャケットに、金の刺繍があしらわれた白いパンツ。
その姿は、王子様そのものだ。私も殿下に興味は無いが美しいと素直に思う。殿下に迫られたら女の子達はひとたまりもないだろうとどこか客観的に構えていると、
「皆が君を見てるよ。私以外が君のことを見ているなんて妬けちゃうな。」
と、とろけるような笑みで殿下が言った。
とても失礼ながらに、何言ってるんだ?と呆気に取られてしまった。意味がわからない。
「皆さんは殿下のことを見ていらっしゃるのですよ。私はその辺に生えてる草程度です。」
私は少しムッとしながら答えた。間違ってはいないだろう。所詮殿下に比べたら私は草程度だ。
「…っはは。草は言い過ぎだ。アンネルが美しいことを自分で自覚してないんだな。可愛らしい…。」
私は驚きすぎて、息の仕方を忘れそうになった。あの殿下の口調が崩れるなんて…。しかも、至極愉快そうに笑っている…。何故か胸が暖かくなって、動悸が速くなる。なんだこれは…。今までにない感情で対処が出来ない。困った…。
私が慌てる素振りを見て殿下は楽しそうに続ける。
「顔が真っ赤だよ?大丈夫?」
うそ!?私は自分でも顔が赤いことに気付いてなかったため、頬を触る。確かにとても熱い。
殿下は意地悪だ、と初めて気付き恨みがましくじとっと見つめる。
「別に問題はありません。少し動揺しただけです。」
そう言って落ち着いた素振りを見せたが、顔の赤みが引く気配はない。
殿下はクスクスと笑っていたものの、宰相や貴族たちに話しかけられたため離れていった。
そのタイミングを見計らったようにミリアが近付いてくる。
「お姉様!今日は本当に美しいわ…。」
ミリアはうっとりとした顔で私を眺め、褒めてくれる。
今日のドレスは、ベルベット生地の青色のドレスで、金の刺繍が施されており殿下とお揃いになるように仕立てあげられていた。自分でも気に入っていたため素直に嬉しいが、殿下とお揃いは嬉しくない。何となく嫌だ。
「ありがとうミリア。殿下のこと、頼んだわ。」
そう告げると、ミリアはキラキラとした顔で
「もちろん!任せておいて!」
と声高に言った。あぁ、なんて頼もしい妹なのだろう…。ミリアは、淡い黄色のふわふわとした、ところどころにリボンが付いているドレスを着ている。
どこからどう見ても天使だ。ミリアから好きだと言われたら断る男の人はまずいないだろう。
今もミリアに声をかけようと男女問わずチラチラとこちらを見ている。
殿下のことはミリアに任せて、私は端の方にいよう…そう思いバルコニーへ行くと
「あれ?珍しいな。今日は出席なさっていたんですね。」
1人の青年に微笑みながら話しかけられた。白銀の髪に、蜂蜜のような黄色の瞳。間違いなく殿下の弟のシリウス王子だ。シリウス王子は殿下より2歳下で、可愛らしい顔立ちをしている。
「お久しぶりです、シリウス王子。今日は殿下との婚約が正式に決まったことに対するパーティーなので…」
言葉の最後は濁した。出席するつもりはありませんでしたよ、なんて続けたら出席したくないことをおおっぴらに言ってしまうことになる。誰が聞いているか分からないため、なるべく慎重に言葉を選んだつもりだ。
「あははっ、素直だね。出席したくなかったことがバレバレだよ?でも、久しぶりに会ったけれどアンネル嬢は相変わらず美しいね。」
声をあげて笑うと、すっと目を細め私の髪に手を伸ばす。その時、
「シリウス駄目だよ。アンネルは僕の婚約者なのだから。手を触れたら、シリウスが僕の婚約者を誘惑してると見られてしまうよ?」
殿下が現れた。顔は笑っているが、声の低さが尋常ではない。一瞬、おぉ魔王っぽいな…なんて考えると殿下に頬を撫でられる。
「今失礼なことを考えただろう?」
クスッと笑いながら私の頬を撫で続けている。怖い…。
「兄上は、アンネル嬢のことになると厳しいなぁ。でも、兄上の余裕の無い表情が見られたから面白かったよ。また後でね。」
そう言って、シリウス王子はホールへと戻って言ってしまった。
気まずい…。ただでさえ苦手な殿下に未だに頬を撫で続けられている…。
「あ、あのう…。そろそろ手を離して貰えないでしょうか…?」
おずおずと聞くと、
「仕方ないね。」
そっと手を離し、ふわりと私の髪を撫でて殿下は離れた。
なんだったんだ…。そう思いつつ、自分の頬がまた赤くなっていることに気付いた。
もしかしたら、体調が悪いのかも知れない…。
そんなことを考えていた私は、殿下が甘い瞳でこちらを見つめていることに気付かなかった。




