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ユリの淡い決意

 

 薄暗い山道を降りて、どんよりとした冷たい空気が漂う閑散とした街の中を歩いた。


 疎らに人影もあったけど出来るだけ近づかない様に、下を向いて足早に歩く。

 正直こんな時間に歩いている人達とは、あまり関わりたくなかった。それに誰かと話したい気分でも無かった。


 私はそんなひっそりとした、薄暗い中世の街並みの中を一人歩きながら考えていた。


 私は死ぬのが怖かったんだ。今も少し足が震える。だからあれ以上、戦えなかった。

 きっとそれぐらい、私の強くなりたい気持ちは弱かったんだと思う...


 魔王とも朔夜とも雷帝さんとも。私は同じになれない。皆みたいに強くもなれないし、一人で戦う事もできない。

 戦い方だっていつも誰かの真似事ばかりで、戦う理由だって現実に帰りたいなんて取って付けた様なものだけ。

 そんな私に、皆を助ける資格なんて無いんだ。


 10分ぐらいして、私は街の中央付近を少し過ぎ技能の神殿に着いた。人の多い日中だったら30分近くかかる、でも考えながら歩く私にとっては、それが一瞬の様に感じた。

 今も半ば無意識に神殿の部屋のドアノブを手に掛けながら、私の頭には色んな思いが渦めいていく。


 魔王や皆と一緒に居たい。皆が死んじゃうのだけは絶対に嫌だ。そう思った。

 冷静になって考える今でも、心臓が締め付けらて火に炙られて、氷漬けにされたみたいに凄く怖くなる。それを考えるだけで、身体が熱くなって冷汗が吹き出て胸がギュッってなる。


 部屋の中は、まるで太陽が出てるみたいに明るい。蛍光灯の様な青白い光じゃなくて、自然な暖かい光。それが急に私を照らす。

  今の私には、それすらも嫌だった。蛍光灯の冷たい光の方が何倍もありがたかった。その暖かい光が私の影を一層強くさせる。


 私は臆病者だ。死ぬのが怖い、でも皆を危険に晒すのだけは絶対に嫌。それに一緒に居れないのが怖い。そう思った。

 一人になりたくない。でも戦わずに皆にだけ任せるなんてできない。きっとそれは私が役立たずになるのが怖いから...

 だから皆と一緒に戦う為に考えた。私にできるのは皆のサポートをする事。私には精霊の加護があるから、みんなと居られる。


 そんな事しなくても、皆が一緒に居てくれるのは分かってるけど...でも皆の役に立つことで皆と一緒に居る事を、私自身が許されたいんだ。

それが私の存在価値。

 危険を侵さず、迷惑を掛けず、相手を守る方法。都合の良い方に逃げただけの結論。


 それでも私は、それにすがる事しかできなかった。そして部屋の入り口にあるパネルに指が触れる。


 <スキルを変更しますか?>


 目の前に、そんな文字が出てくる。

 もう剣はいらない。私に必要なのは皆を守る盾。剣になれないのなら私は盾になるしかなかった。


パネルを操作して一つスキルを外す。

<片手剣熟練度強化を外しますか?> 

<YES>


また一つスキルを外す。

<片手剣剣技を外しますか?>

<YES>


また外す。

<右腕強化を外しますか?>

<炎魔法強化を外しますか?>

<ダッシュを外しますか?>


<YES> <YES> <YES>


 そうして私は攻撃する手段を全て捨てた。

 変わりに持ったのは、皆を援護するためのスキル。


<保護魔法強化>

<補助魔法強化>

<防具魔法付与>

<全体化>

<平和の心得>



 <補助魔法強化>で皆のステータスを底上げして、<保護魔法強化>で状態異常の耐性を上げたり、被ダメージの軽減をする。

 二つは治癒魔法と同じで<魔法>を持ってるだけじゃ使えない。皆は各魔法強化を付ける余裕ないし、これなら私が居る意味になるよね。


 防具魔法付与もあるから、敵が属性攻撃とか魔法を使っても大丈夫だし。全体化で魔法は皆に掛けられるし、私達は人数も少ないから効果は落ちない。

 うん、これならきっと役に立てる...大丈夫、私にはまだやれる事がある。うん、皆が危険な状況にならない様に、私がサポートするんだ。


 後はスキルレベルを上げるだけ。皆に追いつくために。足手まといにならない為に。


(アタックアップ! ディフェンスアップ! スピードアップ! ガードシールド! マジックシールド! レジストアップ! 火属性付与! 土属性付与! 水属性付与! )


 必死に唱え続けた。

 今までの全部を無駄にしたんだ。死に物狂いで追い付かなきゃ、皆に置いてかれちゃう...

 魔法のスキルレベルはあるけど、まだ序盤だから間に合う筈だけど。それでも置いてかれるのが怖くて、皆が私を必要としていない気がして、必死に。必死に。私は足掻き続けた。



どれくらい経っただろう。


自分が何を考えているかも分からず、ただ反復して言葉を唱える。魔法が出なくなったらMP回復薬を飲む。そしてまた作業の様にただただ繰り返す。休む間もなく、永遠に。


 ダミー人形を設置して、魔法を掛ける。技能の神殿のシュミレーション機能を使って、人形に擬似戦闘をさせる。

 ステータスや状態が私の視界に表示されている。保護魔法や補助魔法で、元の1.5倍ぐらいには強くなっている。それに<精霊の加護>のお陰で、ダミーが3倍ぐらいには強くなっていた。


 <全体化>は<精霊の加護>にも効いてくれたみたいだ。一人に掛ける時よりも効果は落ちたけど、他の魔法と足せば一緒ぐらいにはなった。


 これなら少しは役立てる。

私が前で戦うよりもずっと。


 それが少し心強くて、悲しかった。私は皆の様になれない。私自身の力では誰かを救う事が出来ない。それが悔しかった。

 でもこれが現実。私の役目はこっちだった。これは只のゲームじゃない、人の命が掛かってるんだ。だから私は間違ってない。そう言い聞かせる。


 そうして私は部屋を出た。

 メニュー画面で時間を確認すると、朝の5時だった。体感では昼過ぎかと思ったけど、思ったより時間が経っていなかった。


「まだ全然じゃない...」


 私は自分に愚痴って、また部屋に戻ろうとした。その時。

「おーユリちゃん、お疲れ様」

 そんな事を言う雷帝さんの声がした。


 なんでこんな時間に雷帝さんが居るの。意外と早起きなのかな。そう思った。

 でも正直、今は少し会いたくなかったな。

「おはようございます、朝早いんですね」

 でもそれは私の問題。できるだけ普通に挨拶した。


「おう、おはよー。でも朝早いんじゃなくて寝てないだけだけどなっ、くはは」

 雷帝さんは笑ってそう言った。寝ないで何してたんだろう。練習かな。最強のソロプレイヤーなんて言われる雷帝さんでも、毎日遅くまで練習してたんだ。こんな時間まで、私はやっぱり全然ダメだ。


「んっ? どうしたんだ...ああそっか昨日の、でもユリちゃんは頑張り屋さんだからなーえらいっ」

 雷帝さんはやっぱり笑って、私を褒めてくれた。でも私は褒められる様な事してない。


「全然です、雷帝さんだって毎日こんな遅くまで頑張ってるのに、私昨日の事があってこれですから」

 できるだけ笑ってそう答えた。

「くはは、俺だって毎日こんな時間まで練習してないよ、てか初めて。昨日の事があったから少しは強くなんなきゃな、ってな」

 雷帝さんはちゃんと勝ったのに、それでももっと強くなりたいって頑張ってるんだ。当たり前だけど私なんかとはやっぱり違う。


「それでも凄いです! 私なんか負けたのに、凄い頑張って昼過ぎまで練習したつもりなのに、こんな時間でした」

「んーそんな事ないと思うけどな。練習時間が長ければ良いってもんじゃないんだぜ。俺は現実でも弓をやってたんだけど、集中してる時程短い練習時間で十分だったりするからな」

 雷帝さんはそう言って野暮ったく頭を掻いていた。癖みたいだけど、何故かその姿がしっくりくる。

「それにしても、スキルを変えに来てみればユリちゃんと会うなんてすげー偶然」

「そうですね、私もびっくりしました。でも雷帝さんもスキルを変えに来てたんですね」

 「ん? ああ、俺もって事はユリちゃんもスキルを変えたのか。スキルどういう感じにしたの?」

 知られてしまった。でもどうせバレる事だし、特に話さない理由もなかった。むしろちゃんと言わなきゃ。

「ええと、攻撃系のスキルを全部外して、サポートスキルにしました。少しは役に立てるかなと思って....」

「...」

「えっマジ!? どうしたの、俺らの所為だった...? ごめん、そりゃ気にするのも当然だよね...本当にごめん」

 「いえっ!! 違いますよっ、たださっきモンスターと戦って私は...それは私が強くなりたいって...そしたら怖くなって...」


 そうして私は結局、全てを話してしまった。急に落ち込んで申し訳なさそうにする雷帝さんの誤解を解くために。

 雷帝さんが本当に何処か捨てられた子犬みたいに申し訳なさそうにしていたから、私は落ち込んでいたのも忘れて焦って必死に話した。


「あーなるほど、そういう事だったかー。なんか元気ないなと思ったら、落ち込んでみて正解だったな、くはは」

 どうやら私は乗せられていたみたいだ。落ち込んでいたのは演技だったみたい...これが大人のずるさって謂うやつね。


「狡いです。雷帝さんってそうゆう事するんですねっ」

 不意に軽い口調で拗ねてしまった。やっぱり私は子供だ。

「くはは、ごめんごめん。でも申し訳ないって思ってるのは本当だよ、ユリちゃんが悩んでそんな危険な目に遭ってたのに俺らは気付けなかった。負けて落ち込んでるぐらいに軽く思ってたんだ...ごめんな」

 まただ、反省してますって顔で見られると、やっぱり分かっていても困る。でもきっと本当に気にしてくれていたんだって思った。

 本当にみんな優しくて、こんな私が申し訳なくなる。


「あーでもな、一人でそんな事したのは感心出来ないな。もしユリちゃんが死んじゃったら、魔王や俺達がどんだけ悲しむと思う? それにPKだって彷徨いてるかも知れないんだぞ、今回は無事だったから...ってユリちゃんもそんな事分かってるか」

「はい...ごめんなさい」

 その通りだ。私の軽い気持ちで皆を悲しませる所だったんだ。本当に私は何をやってるんだろう。


「でも必死に一人で頑張ったり、スキルまで変えて皆の役に立とうとしたり良く頑張ったよ。それにユリちゃんがサポートに回ろうって考えたのだって、俺は凄いと思うよ。」

「そんなことっ」

「あるさ」

 私の言葉は雷帝さんの言葉に塞がれた。全然凄くなんかない。私のそれは、只の逃げただけの答え。本当に頑張っても凄くもない。

「ユリちゃんは自分の実力をちゃんと認めて、それでも戦う事を辞めないで、諦めて逃げ出す事もせずに自分の役割を必死に探したんだ」

「でもそれは私のわがままで、皆と一緒に居る為の狡い考えなんです」

 そう、強い皆に頼って戦う事から私は逃げた。

 でも雷帝さんは、それでも私を悪くみない。それが居た堪れない。


 「わがままなんかじゃないさ。きっとユリちゃんの事だから俺達にだけ危ない所を押し付けるって、申し訳なく思ってるんだろうけどそんなことは無い。身を守る手段を捨ててでも命懸けで皆の為に戦おうとする方が、前線で戦うだけよりよっぽど誇れる事だよ」

「それに、戦う理由なんて自分勝手で良いんだ。ユリちゃんが魔王と皆と一緒に居たいって思って、その為に今の自分が出来る手段を選ぶのは狡くも逃げでもない。たとえ理由に死の恐怖が混じってても、劣等感が入ってても、間違いなんかじゃない。

 俺なんか今まで逃げ続けて、俺の心の弱さや劣等感から目を逸らし続けて、昨日やっと戦う理由が出来たんだぜ。だからこんな事謂う資格すら持ってないぐらいの悩んで弱い一人の大人だ。大の男の俺がこんなにダメなんだから、悩んでも逃げずにちゃんと進もうとしてるユリちゃんは間違ってなんか無いんだよ」

 それを聞いて、私は雷帝さんがそんな風に考えてた事にびっくりした。私の答えは間違えじゃないのかな、そう思った。...ううん、ダメ。私また直ぐに流されてる。でも雷帝さんでも悩んで、劣等感を持っていた事に少し安心してしまった。


「いいか? ユリちゃんはちゃんと自分に自信を持つ! 決めた事は全力でやる! ぐだぐだ決めた事を悩まない! 落ち込んでても何の役にも立たない事ぐらい、ユリちゃんなら分かってるだろ。さあ顔上げて、今やれる事をしっかりやる」


 確かに、私がこうやって悩んでもどうしようもないんだ。皆に心配を掛けるだけ。今だって雷帝さんが本気で私の為に言ってくれてる。それなのに私はウダウダと子供みたいに...

「返事はっ!!」

「は、はい!」

 雷帝さんの叱咤にびっくりして、返事をしてしまった。でも本当にその通りだった。今は悩んでないでやれる事をちゃんとやらなきゃ。

「よろしいっ」

  悪戯っ子みたいにニカっと笑って、態とらしく親指を立てキメていた。本当に優しい人なんだと思った。

「ふー年取ると説教臭くて嫌になるな、くはは」

「そんな事ないですよ。雷帝さんは若いし説教臭くもないです」

「はははっ、ユリちゃんにそう謂われると自信つくな。まだ若いかー、よしっ! 俺もユリちゃん見習ってもっと頑張るか」

「雷帝さんは私は見習わなくていいですよっ」

「やーだよー、てか『さん付け』しなくて良いのに。いや、さん付けるの禁止!」

「えっ無理です、そんなこと」

「ダメ? そっか、でも俺だけさん付けで距離感感じるんだよな...俺の事嫌いなの」

「もう演技には騙されませんよっ、尊敬してるからさん付けなだけです!」

「うわ、もう暴露たか、くはは」

「バレバレですっ」


 そうして私達は話しながら、皆の居る宿に戻った。でも朔夜や魔王も何処かで訓練してるみたいで宿には居なかった。雷帝さんが「折角だし皆戻って来るまで待とーぜ、めんどくせーけど」と言って、結局その日は皆と昼まで語り明かした。


 魔王や朔夜も色々と話してくれた。皆、もっと強くなりたいって思って戦っていた。

 私だけじゃなくて、皆も同じだった事が嬉しかったのは此処だけの話。


 

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