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ユリの淡い決心


ユリはその夜、蒼き山岳を奥へ奥へと魔物を狩りながら歩いていた。暗い山の木々の間を登り、愈々山の中腹を過ぎると、ゴツゴツとした岩肌が所々に見え隠れする。

 そしてユリは思う。


――――私は負けた。皆と一緒に居て少しは強くなったかな、なんて考えてたけど甘かった。

 私は弱い。毎日必死で練習してたけど全然ダメだ。練習は所詮練習でしかないんだ。


「こんなんじゃ...きっと足手まといだよね」

 魔王は強かった。気付いたたら魔王は私の遥か先に居た。初めは初心者なんて思ってたのに、今じゃ私が足を引っ張ってる。

 あんな感じでも本当は魔王様だもんね。なんか普段のあいつ見てると忘れちゃうけど、異世界の魔王様なんだ。

 それでも私は、あいつを...どうなんだろ? 

 わからない、私は別に...ってこんな事考えてる場合じゃないよね。

「はー」

 ため息が出てしまった。私のバカさ加減にだ。

 一体何を考えてるんだろ。私の反省なんてこんなものなのかな、皆の迷惑になんて、足手纏いになんてなりたく無いんじゃなかったの。

 ダメだ。考えを切り替えよう。


「よしっ!!」

 私は強くならなきゃいけない。現実に帰る為に、皆と一緒に戦う為に、誰かの役に立つ為に。

 

 私はそんな事を考え蒼き山岳に居た。技能の神殿でのスキル練習だけでは強くなれないと思ったから。これから私はもっと強い魔物と戦っていく事になる。強い魔物との実戦が一番なのは明らかだった。


――――そして自分に喝を入れると、遠くに歩く魔物に向け魔法を放った。


(フレイムランス!!)

 炎渦巻く槍が直進して飛び、のそのそと歩く魔物にぶつかる。直後、その炎が一瞬にして魔物を包む。

 その魔物は炎に包まれるもギャヒギャヒと鳴きながら私に向かって走ってきた。辺りが炎で明るくなる。

 ただ夜と言っても松明が必要な程暗いわけじゃない。月が二つも有るだけあって、SSSの夜は明るい。森の中でも何とか見えるぐらいに。

 その明るさの中でも、燃える魔物は辺りを見事に照らしていた。


 魔物はオーク。レベルは30程度で、始まりの街周辺では高レベル帯に属する魔物。各エリアには通常よりも強い魔物の出現する地帯が存在していて、 蒼き山岳では頂上付近がそれにあたった。 因みに始まりの草原だけは例外で、そういった場所も魔物も存在しない。


 そのオークの適性討伐レベルは、ソロで26付近、パーティーならば18前後といった所。私のレベルよりも遥かに上。

  弛んだ腹に、鈍重そうな四肢、くすんだ薄ピンクの肌にぶつぶつの出来物。手には鈍い光を放つ手斧を持っている。正直言って酷い見た目。


それが私に向かって、涎を撒き散らしながら怒り駆けてくる。そして体をぼんやりと青く光らせて手斧を振りかぶってきた。


(ハイスウェイ! フォーススタブ!)


 私はオークがそれを振り下ろす前に早めに避ける。ゲーム序盤でのレベル差は、例え僅かな差であっても大きく左右する。悠長に攻撃を待って居ては間に合わない。

 そしてオークの横腹に一度に四回突く剣技を放った。


 剣がオークの横腹に簡単に吸い込まれていく。剣技を放っている時の感覚は、自分で斬るのと、まるで吸い込まれる様に振られるのと半々な感じ。

 オートで動く私を、意思で制御する感覚って言ってもいいのかな。だから吸い込まれる。


剣技を放った直後、私はバックステップを意識する。スウェイは自動で避けてくれるけど、バックステップは私自身が自分で後ろに跳ぶって感覚が強い。勿論跳躍力やスピードは強化されているけど。


 でも後ろへ跳ぶ動作に入る私にオークの手斧が迫ってくる。避けられるかギリギリかも知れないと、一瞬頭に過る。

 そして地面を蹴り後ろへ跳んだ私の身体に斧が触れる。

「っうう!」

 斬られた。早めに避けたのにそれでも斬られた。きっと朔夜ならあっさりと躱していたのに、斬られた瞬間そう思った。

 でも私には出来なかった。恐らくオークは速度上昇系の斧技スキルを使ったんだ。オークやレベルが高いモンスターになるとスキルを使ってくるからきっと間違いない。

 ただそれでも朔夜なら、あっさり躱していた筈だ。


 斬られた左肩辺りがヒリヒリズキズキと熱く痛い。HPが2割も減ってる。たぶん攻撃力だけならエリアボスとそんなに変わらない。


(ッアースウォール!)


 私は背後に飛ぶ最中、目の前に土の壁を出現させる。基本的にスキル使用後のクールタイムはない。まるで雨の様に魔法や剣技を降らせることも可能だ。

 そんな事をすればSPもMPも一瞬で無くなるし、もし避けられたら致命的だからしないけど。


 βテスト時にはそんな浅はかな戦法が流行った。でも魔物のレベルが上がり、耐久力、HP、攻撃力、諸々が上がるにつれ急激に廃れていった。魔法であっても隙は多いし視界も悪くなる。剣技なら反撃を喰らう可能性大だし、敵が複数体いたら只の的だ。

 だから今は攻撃よりも回避に専念しなきゃ。 アースウォールを放った後、そんな事を考え私は着地した。


 その時、突然衝撃と共に土の壁が崩れさり、散らばる欠片が勢い良く飛んできた。オークがアースウォールを破壊したみたいだ。


 土属性強化スキルを入れてない私じゃダメか。     

 息を短く吐きハイスウェイを発動する。

 そこに土壁を乗り越えたオークの手斧が襲う。

 でもハイスウェイなら避けられる。

 

 ブンと風を切り、私の横にオークの巨体と斧が現れる。太った身体のくせに早い。

 でも今回は避けれた。すかさず私は剣技を放つ。

レッグブレイク。

 対象の足を斬りつけ、機動性を下げる効果のある技だ。効果は低いけど無いよりはマシ。


「グヒ!ブヒャヒイイ!!」


 オークが凄い怒り狂ってる。涎とか撒き散らして汚い。こんな時でもウエッってなる。

 でも攻撃の手は緩めない。


(ダッシュ!サードスラッシュ!)


 狂った様に顔をブルブルと振り暴れるオークの背後に走る。ダッシュは一瞬の距離を詰めるのに有効なスキル。

 そして通り過ぎると同時に、私はオークの背中を横に一閃した。すかさず距離を取って振り返る。


オークが悲鳴を上げて駆けていた。さっきと同じぐらいの早さだ。レッグブレイクを使ってなければ、危なかったかもしれない。

 そんな事をその間に考えながら、私はサイドステップを発動する。


――――でも発動が早過ぎた。いや、オークが学習してるっ!!?

 ズバアア!!

「きゃああああッ!!」


まただ、しかも痛い。熱い。何が起こったの。

 たぶん私が避けるのを分かって、剣技を放つ振りをした。しかも速度を一瞬緩めて避ける方向を見極めるまで待った。なんで...ありえない。

 しかも吹き飛んだと思う私に巨体を揺らすオークが迫ってくる。やばい、避けなきゃ!!


「っうダッシュ!! つうあああ」


クラウチングスタートの様に私は迫るオークから横に逃げる。でも身体が信じられないぐらい痛い。私は叫んで無理やり走る。


(精霊の加護ッ!!)

さらに自分に称号スキルを放つ。身体が軽くなり、不思議と痛みも和らぐ。すかさずアイテムボックスから回復薬を取り出し飲む。


 走りながら後ろを振り向くと、オークが身体を光らせ私を追っていた。

――――そして斧を投げつけてきた。


(なんでっ!!?)


 ありえない。そう思いながらも勢いよく飛ぶ斧が背中に刺さる。抉られる様な痛みが走り衝撃に前へと倒れる。

 でもこのままじゃやられるっ。


「ッアースニードルッ!!」


 倒れながらも後ろに土の槍を放つ。そしてオークは悲鳴を上げ、走る身体にそれが刺さる。

なんとか助かった。痛い。でも立たなきゃ。

 私は懸命に身体を起こしまた走る。


 斧が背中に刺さったままでHPが徐々に減っていく。抜かなきゃいけない。でも走りながらじゃ力が入らない。それに痛い。背中からグリグリと刃物で刺されてるみたいな痛み。


(ッフレイムランス!!)


 まだ私を追うオークに放つ。オークが炎に包まれる。でも足音は止まない。

 やばい、でもこんな時、魔王だったらッ...


 不意に魔王の事を思いだした。魔王なら、魔王ならきっと逃げない。私も戦う。戦わなきゃいけないっ!!


 振り返る為に足を前に出し横向きに地に刺す。急に止まった衝撃が痛みが走る。耐える。歯を食いしばって剣を思いっきり握りしめて。


 そして私はUターンして駆ける。オークは身体を焦がし炎に包まれながらも私に迫ってくる。


 (アースニードルッ!! クイックスウィングッ)

迫るオークの胴に槍を減り込ませ、私が持つ最速の剣技を放つ。威力が低く普段は使わない技。でも止めない。

(クイックスウィングッ! クイックスウィング!)

 私の腕だけがあり得ない速度で動き暴れる。SPはたぶんもう殆ど残ってない。それでも私はそれを使い続ける。魔王の連続技の様に。


 さっき自分で浅はかなんて言った戦術を私は使う。でも私が今出来るのは力の限り敵を斬るだけ。朔夜の様に私は出来ない。なら私はっ!!


「クイックスウィングッ!! クイッ...」

 その時、私のSPが切れた。それでも私は斬り続ける。躱しもせず、避けもせず。

 オークの拳が私にめり込む。身体が衝撃に浮く。痛みに身体が止まる。膝を地に突く。

 でも止めない。止める訳にはいかないっ!! 私はまだ生きていたい、みんなと一緒に魔王と一緒に戦いたいっ!!


ズバア!! ドガッ!!ザシュ!! ズバア!!...


――――そして私が息も荒れ苦しくなり、腕も重くなり、身体も愈々限界に達した時、気付けばオークは死んでいた。


 背中の斧はいつの間にか抜けていた。恐らくオークに殴られた衝撃で外れてくれたんだ...

 アイテムボックスから回復薬を取り出し、意識が霞むなか回復薬を飲む。

 

 勝った。私は自分だけで戦って勝った...

 そう思った。でももう少しで死んじゃう所だった。不意にそう思った。

 

 私が死んだら、皆悲しむのかな...?

 私が死んだら、迷惑かけるかな...

 私が死んだら魔王はどんな顔...


 何故だか凄く、心がズキズキと、締め付けらる様に私は痛んだ。


 私は生きていたい。強くなりたいけど、生きていたい。でも魔王やみんなと一緒戦いたい。

 皆が傷付くのを見たくない。皆が死ぬのを見たくない。もし魔王が死んじゃったら...ズキッ


 痛たい。たぶん私が死んだら魔王は悲しむ...思い上がりかも知れないけどそう思った。魔王が死んじゃうのをイメージしたら、悲しくて怖くて恐ろしくて胸が痛んだ。


 私は死んじゃいけない。皆も死なせちゃいけない。誰かが悲しむ姿なんて、思いなんてさせたくない。

 そう思い、ある事を決心して蒼き山岳を逃げる様に去った。


 

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