店休日の中庭と、三者三様の甘い独占欲
黄金色に色づいた蔦がレンガの壁を彩る、風のない穏やかな昼下がりのことだった。
今日は『緑の天幕亭』の定休日。
表の扉には木製の『本日休業』の札を掲げ、リリアナは裏庭の小さな木製テーブルに手織りのクロスを広げていた。
ハーブのプランターに水をやり、秋の日差しを浴びながらのんびり過ごすはずの休日――だったのだが、目の前の光景はどう見ても穏やかとは言い難い空気を醸し出していた。
裏庭の素朴な木製ベンチに、王国の頂点に君臨するはずの三人の男たちが、ぎゅうぎゅうに肩を並べて腰掛けているのだ。
「……レオナルド閣下。山積みの国政を放り出し、このような下町の片隅で油を売っている暇がおありなのですか」
「それはこちらの台詞だ、ジークハルト卿。王城の警備を司る騎士団長が、非番だからと平民の裏庭に入り浸るとは何事だ。君の厳めしい顔は、ここの穏やかな空気を乱している」
「あーあ、二人ともお堅いなぁ。おじさんたちの小言は城の会議室だけに激論しててよ。リリアナは僕が連れて帰るんだから、邪魔しないでよね」
濃紺の上質な平服を着たレオナルドが氷のような眼差しを向け、私服でも隠しきれない筋躯を誇るジークハルトが眉根を寄せて睨み返し、その二人の間に割り込んだカミルが頬杖をついて退屈そうに唇を尖らせている。
本来であれば王宮の玉座の前でしか顔を合わせないはずの雲の上の貴人たちが、平民の庭先で静かに火花を散らしていた。
厨房から戻ってきたリリアナは、両手にトレイを乗せたまま、思わず苦笑いを零した。
「皆さん、仲良くしてくださいね。今日はせっかくの店休日のお茶会なんですから」
リリアナの柔らかな声が響いた瞬間、張り詰めていた空気が嘘のように霧散した。
三人の視線が一斉にリリアナへと向けられ、険しかった表情が申し合わせたように蕩けるような笑顔へと変わる。
「すまない、リリアナ。君を困らせるつもりはなかったんだ」
レオナルドがすっと立ち上がり、トレイを受け取ろうとリリアナの華奢な手に触れながら、優美に微笑んだ。
「私が持とう。……君に重いものを持たせるわけにはいかない」
ジークハルトが慌てて割って入り、大きな手でトレイを軽々と持ち上げる。
「お姉さん、僕の隣に座って! 早く早く!」
カミルがベンチの端をぽんぽんと叩いて、無邪気に手招きをした。
テーブルに並べられたのは、ほっくりとした甘みを持つ秋の南瓜を練り込み、キャラメルを効かせてじっくり焼き上げたパウンドケーキと、乾燥させたオレンジピールをブレンドした芳醇な紅茶だった。
湯気とともに漂う柑橘の爽やかな香りと、焼き菓子の香ばしさが庭いっぱいに広がる。
「どうぞ、召し上がってください。皆さんいつもお忙しそうですから、たまにはこうしてゆっくり息抜きをしてほしくて」
リリアナが切り分けたケーキを配ると、三人はそれぞれ宝物でも受け取るように恭しくフォークを手に取った。
「……口どけが驚くほど優しく、南瓜の素朴な甘みが疲れた身体に染み渡るようだ」
レオナルドが一口運ぶごとに目を細め、至福のため息をつく。
そして卓の下で、そっとリリアナの空いた指先を引き寄せると、慈しむように己の掌で包み込んだ。
「君の淹れる茶と菓子は、私にとってどんな名薬よりも得難い。……ずっと、こうして私の隣にいてほしい」
銀の瞳に見つめられ、リリアナが思わず頬を赤らめると、すかさず反対側から逞しい腕が伸びてきた。
「閣下、どさくさに紛れて手を取るなど卑怯だぞ」
ジークハルトが低い声で牽制しながら、リリアナの肩を抱くように引き寄せる。
琥珀色の瞳は真剣そのもので、無骨な指先が彼女の髪をそっと払った。
「リリアナ、少し痩せたのではないか? 一人で店を切り盛りして無理をしているのだろう。
何か必要な物資や人手があれば、私がすべて手配する。君が傷つくことなど、私は絶対に許さない」
「ちょ、ちょっと、二人とも抜け駆けはずるい!」
カミルが抗議の声を上げながら、リリアナの腰に抱きつき、その膝の上にすっぽりと自分の頭を乗せてきた。
「お姉さん、僕に食べさせて! ほら、あーんってしてくれないと拗ねちゃうよ?
……週末は僕の天体観測室においでよ。二人きりで星を見ながら、僕を甘やかして?」
子猫のように擦り寄るカミル、過保護に庇護欲を燃やすジークハルト、そして大人の余裕を漂わせながら熱い視線を注ぐレオナルド。
三者三様の熱烈な愛情と独占欲に囲まれ、リリアナの心臓は休まる暇もないほど激しく高鳴っていた。
前世では、誰にも気付かれずに孤独の中で倒れた。評価されることも、労われることもなく、ただ消耗品のように扱われていた日々。
それが今では、国を背負うほどの誇り高い男たちが、平民の自分ひとりの笑顔と温もりを求め、こうして甘い視線を競い合っている。
「……皆さん、本当に過保護なんですから」
困ったように息をつきながらも、リリアナの口元には自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。
秋の柔らかな木漏れ日の下、路地裏の小さな庭は、溢れんばかりの情愛と甘やかな温もりに満たされていた。




