贅沢なお昼寝と、愛に満ちた休日
特製の朝食を終えた後、食器の片付けからテーブルの拭き掃除に至るまで、三人はリリアナに一切の手出しを許さなかった。
「お皿洗いなら私にもできますよ」と立ち上がろうとしたリリアナを、ジークハルトが太い腕でふわりと抱き上げ、店の奥にある柔らかな長椅子へと連行してしまったのだ。
「君の役目は、ただそこに座って寛ぐことだ」
「そうだよ、リリアナ。今日は私たちの言う通りにして、贅沢に時間を浪費する悦びを覚えてもらわなければ困る」
「お姉さんは何もしちゃダメ! 全部僕たちに任せて!」
前世の記憶が胸をかすめる。
有給休暇を取得したはずの平日、鳴り止まない社用携帯の着信音に怯え、自室でパソコンを開いて取引先への謝罪メールを打っていたあの日々。
「休むことは周囲への迷惑であり、悪である」という強迫観念に縛られ、息を吸うことすらどこか後ろめたかった。
そんなリリアナの心を察したかのように、三人はそれぞれに寄り添い、彼女を甘やかすためだけの時間を紡ぎ始めた。
「髪を梳かしてあげるね、お姉さん」
カミルが空間収納から取り出したのは、透き通る白銀の細工が施された木櫛と、甘い野薔薇の香りがする特製のヘアオイルだった。
長椅子の背後に回ったカミルは、リリアナの艶やかな栗色の髪にそっとオイルを馴染ませ、一本一本慈しむように丁寧に櫛を通していく。
指先が頭皮を優しく刺激するたび、張り詰めていた神経がふわりと弛緩していく。
「お姉さんの髪、すっごく柔らかくていい匂い……。僕、ずっとこうしてお姉さんの髪を触っていたかったんだ」
少年のように愛らしく囁くカミルの吐息が、頭頂部に優しく触れる。
リリアナの右隣には、レオナルドが腰を下ろした。
普段の隙のない三つ揃えを脱ぎ、胸元のボタンを緩めた薄手のリネンシャツ姿。
彼は公爵家の私設図書館から持参したという、美しい色彩の挿絵が描かれた東方の薬草誌を膝の上に広げた。
「昨夜、君が気にしていた異国のハーブについて書かれた古書だよ。目が疲れるだろうから、私が読んで聞かせよう」
レオナルドはリリアナの細い肩を引き寄せ、自らの身体へと預けさせると、耳元で落ち着いた美声を響かせ始めた。
低く艶やかな声が、心地よいリズムで物語を紡いでいく。
耳朶をくすぐる吐息の温もりと、知的な宰相の滑らかな声色に、リリアナの瞼が自然と重くなっていく。
そして、リリアナの正面――足元側の絨毯の上には、ジークハルトが胡座をかいて座っていた。
大柄な騎士団長は、カミルが魔法で適温に整えた薄手のブランケットをリリアナの膝から爪先まできちんと掛け直すと、その布越しにリリアナの足を自らの太ももの上へと乗せた。
「ジ、ジークハルトさん……?」
「まだ足の強張り配が完全に抜けていない。……こうしていれば、冷えも防げる」
ジークハルトは無骨な大きな掌で、ブランケットの上からリリアナの足首を包み込み、ゆっくりと温めるように撫でさすった。
タコだらけの掌から伝わる確かな熱気と、琥珀色の瞳に宿る痛々しいほどの過保護な情愛。
触れられている足先から、じんわりと心地よい痺れが全身へ広がっていく。
窓の外からは、初夏の爽やかな青空の下、下町の人々が交わす朗らかな声がかすかに届いていた。
「今日はお嬢ちゃんの店は休みだからな、静かに歩けよ」
「いつも頑張ってるんだ、うんと寝かせてやんなきゃな」
路地を行き交う人々が、店先を気遣って足音を忍ばせているのが分かる。
誰もリリアナを責めない。
誰からも急かされない。
世界中が、ただ彼女の休息を祝福してくれている。
「……なんだか、本当に……身体が溶けてしまいそう」
リリアナがぽつりと零すと、レオナルドが朗読を止め、愛おしさに目を細めて彼女の額へとそっと唇を落とした。
「溶けてしまえばいい。私たちがいくらでも拾い上げて、腕の中に抱きとめるから」
「君が背負ってきた重荷は、すべて私たちが肩代わりする。……リリアナ、君はただ、笑って生きていてくれればいいのだ」
ジークハルトがブランケットから覗いたリリアナの小さな手を取り、甲へと深い口づけを落とす。
「お姉さん、大好き……僕の心臓の音、聞いててね……」
カミルが背後からリリアナの首筋に腕を回し、すりすりと頬を寄せて甘えた声を出す。
三者三様の熱い体温と、尽きることのない情愛の波。
前世で孤独に凍えていた心が、完全に融解していくのを感じながら、リリアナは長椅子の背に身を委ね、吸い込まれるように深い、甘やかな微睡みの中へと落ちていった。
四人の重なり合う影を初夏の柔らかな木漏れ日が優しく包み込み、小さな路地裏の休日は、どこまでも穏やかに、満ち足りた静寂の中で流れていくのだった。




