春の果実タルトと、三人からの求愛合戦
春の光が柔らかく降り注ぐ昼下がり、『緑の天幕亭』の厨房は、甘酸っぱく芳しい香りで満たされていた。
今朝の朝市で仕入れてきたのは、郊外の農園で採れたばかりの春の恵みたち。
露を宿した深紅の野苺に、艶やかな木苺、そして朝摘みの甘美なブルーベリー。
リリアナは丁寧に焼き上げたタルト生地に、バニラビーンズと乾燥カモミールの粉末を練り込んだ特製カスタードクリームを敷き詰め、その上に色とりどりのベリーを零れ落ちそうなほど山盛りに敷き詰めた。
仕上げに、艶出しのアプリコットジャムと、裏庭で摘んだばかりの柔らかなミントの葉を添える。
「……うん、我ながら完璧な焼き上がりね」
満足げに息をついた瞬間、カランと軽やかなドアベルが鳴り響いた。
扉を開けて入ってきたのは、まるで時間を計っていたかのように足並みを揃えた三人だった。
「良い香りに誘われて来てみれば……見事なタルトだね、リリアナ」
書類鞄を手放したレオナルドが、知的な銀の瞳を甘く細めて歩み寄る。
「外まで果実の甘い匂いが届いていた。……見回りの足が、無意識に速くなってしまったよ」
ジークハルトが胸当てを外し、逞しい体躯を屈めてリリアナの横に寄り添う。
「お姉さーん! 僕、一番大きなピースが食べたい!」
カミルが弾む足取りで駆け寄り、エプロン越しにリリアナの腰へすっぽりと抱きついた。
「ふふ、皆さんいらっしゃい。ちょうど切り分けるところですよ。奥の丸テーブルに座ってお待ちくださいね」
四人で囲んだテーブルの中央に、大皿に乗った春の果実タルトと、ハイビスカスとローズヒップを合わせたルビー色の春茶が運ばれる。
フォークを入れると、サクッと心地よい音を立てて香ばしい生地が崩れ、濃厚なクリームと果汁が舌の上で弾けた。
「……美味いな。野苺の鮮烈な酸味と、クリームの優しい甘みが舌の上で溶け合う。君の料理は、いつも疲弊した身体に命の灯火を点けてくれるようだ」
ジークハルトが琥珀色の瞳を熱く濡らし、噛み締めるように呟く。
「単に美味しいという言葉では足りないね。
君が丹精込めて仕込んだ時間と、私たちへの慈しみがその一口一口に宿っている。
……これほど満たされる美味を、私は宮廷のいかなる晩餐会でも知らなかった」
レオナルドが至福のため息を零し、リリアナを見つめる。
「お姉さんの作ったタルト、世界でいっちばん美味しい! 毎日これでお腹いっぱいになりたいし、お姉さんにずっと食べさせてほしい!」
カミルが口の端にクリームをつけながら、満面の笑顔で歓声を上げた。
「お口に合って良かったです」とリリアナが胸を撫で下ろした、その時だった。
「リリアナ」
レオナルドが静かにフォークを置き、真剣そのものの眼差しでリリアナを見据えた。
銀の瞳の奥に宿る熱量に、リリアナの心臓がトクンと跳ねる。
「もう、誤魔化すのはやめにしよう。……私は、君を心から愛している」
低く艶やかな美声が、静まり返った店内に響いた。
レオナルドはテーブル越しにリリアナの手を取ると、白く長い指を絡ませ、自らの唇へと引き寄せた。
「我が公爵家の全財産も、筆頭宰相としての権力も、君の隣にいられる権利に比べれば些末なものだ。
君が望むなら、私はすべてを君に捧げる。……どうか、私の生涯の伴侶になってほしい」
「レ、レオさん……!?」
息を呑むリリアナの手を、今度は反対側から無骨で熱い大きな掌が引き戻すように包み込んだ。
「閣下、抜け駆けは許さん」
ジークハルトだった。椅子から立ち上がり、リリアナのすぐ隣に膝をついた歴戦の騎士団長は、自らの胸元にある勲章を指先で外し、リリアナの手のひらへと押し当てた。
琥珀色の瞳には、命を懸けた誓いが燃え盛っている。
「リリアナ。私は不器用で、気の利いた言葉など持たない。
だが、この身に宿るすべての力、この心臓の一拍に至るまで、生涯君ひとりを守るためにある。
……君を他の誰にも渡したくない。私の妻として、私の腕の中に永遠にいてくれ」
「ジ、ジークハルトさんまで……っ!」
あまりの熱量に頭が真っ白になりかけたリリアナの首筋に、ふわりと柔らかな温もりが飛びついてきた。
「二人ともずるい! 僕だって、誰よりもお姉さんを愛してるのに!」
カミルがリリアナの背中に両腕を回し、その細い首元に顔を埋めながら、涙声交じりに叫んだ。
「僕の魔導の才能も、王弟の身分も、全部お姉さんを幸せにするためだけにあるんだよ!
お姉さんがいない世界なんて、息もしたくない!
ねぇ、僕を一番にして……僕と結婚して、一生僕だけを抱きしめて!」
右手をレオナルドに口づけられ、左手をジークハルトの広い胸に押し当てられ、背中からカミルに全身で抱きすくめられる。
逃げ場のない求愛の嵐。
かつての前世で、「誰からも選ばれない」「誰の特別にもなれない」と独り冷たい部屋で泣いていた元オフィスワーカーにとって、それはあまりにも過剰で、目眩がするほど甘やかな奇跡だった。
「あ、あの……皆さん、落ち着いてください……! 私、ただの平民の喫茶店主ですよ!? そんな、一度にそんなことを仰られても……っ!」
耳まで真っ赤に染め上げ、湯気を立てるように狼狽えるリリアナ。
その愛らしい姿を目にした男たちは、一歩も引く気配のない熱狂的な独占欲を露わにしながら、互いを鋭く睨み合った。
「退くつもりはないよ。君の愛を得るためなら、私はどんな手段でも使う」
レオナルドが銀の瞳に危険な光を宿して微笑む。
「私もだ。剣を抜いてでも、君の隣の席は譲らん」
ジークハルトが低く唸るように宣言する。
「僕だって絶対諦めないもん! 三分割でもいいから、お姉さんの全部が欲しい!」
カミルが頬を膨らませながら、さらにぎゅっと抱きついて離さない。
春の柔らかな日差しの中、甘酸っぱいベリーのタルトを囲みながら繰り広げられる、最高峰の殿方たちによる熱烈すぎる求愛の火花。
困り果てながらも、胸の奥を満たす愛しさと幸福感に、リリアナの心臓はいつまでも激しく高鳴り続けるのだった。




