星降るワルツと、奪い合われる指先
ハーブティーの清らかな香りが大広間のわだかまりを溶かし終えた頃、楽団が奏でる旋律が静かに転調した。
重厚な導入から、流れるような三拍子の調べへ――冬至祭の夜会を彩る、星降る夜のワルツの始まりだった。
色とりどりのドレスを纏った貴族たちが手を取り合ってフロアの中央へと滑り出していく中、リリアナの前へ最初に進み出たのはレオナルドだった。
「お手を、愛しいリリアナ」
銀の刺繍が施された濃紺の礼服が優雅に翻り、レオナルドが恭しく腰を折る。
差し出された白く長い指先に応えるようにリリアナがおずおずと手を重ねると、彼は慈しむようにその指を絡め、吸い寄せられるようにダンスフロアの中央へと導いた。
「ステップを間違えて、レオさんの足を踏んでしまったらどうしましょう……」
「構わないよ。君の足元なら、喜んでこの身を捧げよう」
低く艶やかな声とともに、レオナルドの長い腕がリリアナの背中へと回された。
彼のリードは驚くほど滑らかで、まるで羽毛に乗って宙を滑っているかのようだった。
カミルの魔導が宿るガラス靴は床に触れる衝撃を完璧に吸収し、裾を揺らす若草色のベルベットが光を浴びて波打つ。
レオナルドはリリアナの瞳をまっすぐに見つめ、周囲の貴族たちの視線など眼中にないかのように、甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「今夜の君は、眩いほどに美しい。……皆が君に魅了されていくのが誇らしくもあり、狂おしいほどに惜しい。今すぐ君を抱き上げて、夜の闇に隠してしまいたいよ」
「レオさんったら……そんな大袈裟なことばかり仰って」
「大袈裟なものか。私の心は、あの日君の茶を口にした瞬間から、すべて君のものなのだから」
耳元に落とされる熱い吐息に心臓が跳ね上がった、その時だった。
旋律の節目で、レオナルドの背後から重々しい気配が割り込んできた。
「閣下、一人占めが長すぎる」
低く掠れた声とともに、リリアナの腰を引き寄せたのはジークハルトだった。
白銀の軍服を纏った逞しい腕がレオナルドの手からリリアナを掠め取るように奪い、そのまま大きな胸板へとすっぽりと抱き寄せる。
「ジークハルトさん……!?」
「驚かせてすまない。だが、これ以上は見過ごせなかった」
ジークハルトの踊りは、レオナルドの流麗さとは対照的に、どこまでも力強く、圧倒的な安心感に満ちていた。
岩山のように頑強な身体でリリアナを包み込み、周囲のどんな令息や令嬢のドレスの裾も近づけさせない鉄壁の盾となっている。
見上げるリリアナの瞳に、ジークハルトの熱烈な琥珀色の瞳が重なる。
刃傷の残る頬が、微かに朱を帯びていた。
「君の小さな手が、私の胸にある……それだけで、どんな戦場よりも激しく血が巡る。リリアナ、私は生涯をかけて君を守る盾となる。君の笑顔を曇らせるものすべてを、この剣で払ってみせる」
「ジークハルトさん……」
無骨な騎士のあまりにも真っ直ぐな誓いに胸を打たれていると、ふわりと軽やかな風が二人の間をすり抜けた。
「はいそこまで! 騎士団長、お堅い誓いは城壁の上だけにしてよね!」
するりとジークハルトの腕の隙間に滑り込んできたのは、紫の王族正装を着崩したカミルだった。
金髪を揺らしたカミルは、ジークハルトの抗議の視線を軽やかに受け流しながら、リリアナの右手を素早く自分の首元へと回させ、その細い腰を無邪気に抱きしめた。
「お姉さん、僕の靴、最高の履き心地でしょ? ほら、くるくる回ってみて!」
カミルはまるで子供のようにステップを弾ませ、リリアナを軽やかにターンさせた。揺れる若草色のスカートが、シャンデリアの光を浴びて淡い虹を描く。
ターンを終えて引き寄せられた瞬間、カミルは上目遣いに青い瞳を潤ませ、リリアナのうなじへ甘えるように顔を寄せた。
「ねぇ、お姉さん。僕を一番好きって言ってよ。僕の魔導のすべては、君を笑顔にするためだけにあるんだよ。今夜は僕の部屋でお茶を淹れてくれるよね?」
「カミルさん、公衆の面前でそんなおねだりは駄目です」
困ったように笑うリリアナの指先を、今度はカミルが愛おしそうに口元へ運び、小さな口づけを落とした。
その周囲には、苦笑しつつも再びリリアナの手を奪い返そうと間合いを詰めるレオナルドと、油断なく背後を警護しながら熱い視線を注ぎ続けるジークハルトの姿があった。
三大巨頭に代わる代わる手を取られ、惜しみない情愛と熱烈な言葉で囲い込まれる平民の娘。
かつて孤独の中で倒れ、誰にも振り返られなかった前世の傷跡は、今、彼らが注ぎ込んでくれる底なしの熱の前に、跡形もなく消え去っていた。
天井から降り注ぐ光と甘美な調べの中、リリアナは胸いっぱいに満ちる幸福感に包まれながら、夢のような星降る夜のステップを踏み続けるのだった。




