張り詰めた貴族たちと、薫り高い祝祭茶
豪奢を極めた宮中の大広間は、幾重にも重なる弦楽四重奏の調べと、シャンデリアの眩い煌めきに満たされていた。
しかし、その華やかさの裏で、リリアナの鋭い観察眼は貴族たちの隠しきれない「限界」を捉えていた。
(……皆さん、お顔の色がちっとも優れないわ)
前世の記憶が鮮明に呼び起こされる。
それは、連日の忘年会と接待続きで肝臓と胃腸を痛めつけられ、笑顔の裏で胃薬を手放せなかった十二月のオフィス街の光景そのものだった。
冬至祭の祝祭期間は、毎晩のようにどこかの貴族邸で重厚な晩餐会が開かれる。
脂っこい肉料理に甘美な強い葡萄酒、そして張り詰めた派閥争いの腹の探り合い。
笑みを張り付かせた貴婦人の額には脂汗が滲み、老貴族は胸元を押さえて浅い呼吸を繰り返している。
会場全体に、過労と消化不良による息苦しい澱みが立ち込めていたのだ。
そんな中、三大巨頭に守られたリリアナに対し、一部の貴族たちから刺々しい小声が漏れ始めた。
「平民の小娘が、あのような破格の寵愛を受けるなど……」
「身の程知らずめ。宮中の社交の何が分かるというのだ」
向けられる冷ややかな視線と陰口。ジークハルトが即座に剣の柄へと手をかけ、レオナルドの銀の瞳が氷点下の冷気を帯び、カミルが魔力を立ち上らせようとしたその時、リリアナはそっと三人の腕や服の袖に触れて押しとどめた。
「大丈夫ですから。……それよりも、あの方々、とてもお辛そうです」
リリアナが静かに給仕頭へと視線を送ると、心得たように数名の給仕たちが銀のトレイを掲げて会場へと散らばっていった。
トレイの上に乗せられているのは、リリアナが事前に国王夫妻の許可を得て、宮廷厨房で仕込んでおいた特製の『祝祭ハーブティー』だった。
薄紫と黄金色が混ざり合った透明感のあるそのお茶からは、湯気とともに清涼感に満ちた香りが立ち上っていた。
消化を助け胃もたれを散らすペパーミントと乾燥レモングラス、張り詰めた神経を優しく鎮めるカモミール、そして冷えた内臓を底から温めるシナモンとオレンジピールを繊細に調合した一杯だ。
「毒見も通さぬ平民の茶など……」
躊躇う貴族たちの前に、一人の高官が進み出た。王室監察官のバルトロ伯爵だった。
「何を躊躇っておいでか。そのお茶こそ、我が長年の胃痛を救い、魂を清めてくださった至高の霊薬だ」
厳格さで知られる監察官が恭しく一礼してカップを干すと、周囲の老貴族たちもおずおずと口をつけた。
その瞬間、大広間のあちこちから、息を呑むような微かな声が漏れ始めた。
「……あぁ、重たく塞がっていた胃の腑が、すっと軽くなる……」
「頭の奥を締め付けていた頭痛が、霧が晴れるように消えていくわ……」
脂っこい料理で麻痺していた舌の上に広がる、爽やかで優しい甘み。
熱い雫が喉を滑り落ちるたび、張り詰めていた交感神経がふわりと解け、強張っていた表情がみるみるうちに穏やかなものへと変わっていく。
会場を支配していたトゲトゲしい嫉妬や探り合いの空気は、爽やかなハーブの湯気の中に溶け去るように消えていった。
気がつけば、あれほど冷たい目を向けていた貴族たちが、救われたような顔でリリアナへと感嘆の眼差しを向けていたのである。
「……ふふ、少しは楽になっていただけたかしら」
ほっと胸を撫で下ろして微笑むリリアナの腰を、背後からレオナルドの腕が優雅に引き寄せた。
「まったく、君という人は……。敵意すら、その優しさと一杯の茶で無力化してしまうのだから」
レオナルドは銀の瞳を熱く細め、リリアナの耳元に唇を寄せて低く囁いた。
「だが、周囲に見惚れる者が増えすぎて、私の独占欲が限界を迎えそうだ。今すぐ誰の目も届かない場所へ連れ去りたい」
「閣下の言う通りだ。これ以上、君の価値を他人に知らしめるのは危険すぎる」
ジークハルトが反対側から逞しい身体を滑り込ませ、リリアナの肩を大きな掌で抱き寄せた。琥珀色の瞳には、守るべき番を見つめるような情熱が灯っている。
「君のその温もりは、私たちが独り占めするべきものだ」
「二人ともずるい! お姉さん、僕のガラスの靴のおかげで全然疲れてないでしょ? 褒めて、僕を一番に抱きしめて!」
カミルが無邪気を装いながら、リリアナの細い指先を絡め取り、上目遣いで甘えるように口づけを落とす。
三大巨頭からの熱烈すぎる寵愛と過保護な視線に包まれ、リリアナの頬はドレスの若草色とは対照的な林檎色に染まり上がっていた。
大広間を満たす清らかなハーブの香りの下で、身分の壁など跡形もなく溶け去り、四人の甘やかな夜会が静かに幕を開けようとしていた。




