白銀の大広間と、三大巨頭のエスコート
王宮の車寄せに馬車が滑り込むと、整列した近衛兵たちが一斉に敬礼を捧げた。
扉が開かれ、冷涼な夜気の中にレオナルドが降り立つ。
彼が優雅に振り返り、馬車の中のリリアナへと恭しく右手を差し伸べた。
そのエスコートの所作があまりにも流麗で、出迎えの給仕長が息を呑むのが分かった。
リリアナがそっとその手を取って石段に足を踏み下ろした瞬間、ふわりと温かな空気が足元から立ち上った。
カミルの作ったガラス靴が、冬の冷たさを完全に遮断し、まるで見えない絨毯の上を歩いているかのような心地よさを保ってくれている。
「リリアナ」
低く重厚な声が響き、影を落とすように歩み寄ってきたのは、豪奢な白銀の礼装軍服を身にまとったジークハルトだった。
普段の無骨な革鎧とは一変し、胸元には無数の勲章が整然と輝き、肩からは深紅のマントが翻っている。
歴戦の猛者たる威圧感に、近衛の頂点としての冷徹な覇気が加わり、近寄る者すべてを威圧するような凄絶な美丈夫の姿があった。
だが、若草色のドレスに身を包んだリリアナの姿を捉えた瞬間、その琥珀色の瞳は信じられないほど柔らかく揺らぎ、屈強な頬が微かに赤らんだ。
「……息を呑むほど美しい。見惚れて足が止まりかけた」
「ジークハルトさん……その、礼装がとてもお似合いです」
「君にそう言ってもらえるなら、窮屈な正装に袖を通した甲斐があったというものだ」
ジークハルトは躊躇いなく大股で間合いを詰めると、レオナルドとは反対側、リリアナの左腕をそっと引き寄せて己の太い腕に絡ませた。
手袋越しにも伝わる逞しい熱と力強さに、リリアナの肩の強張りがすっと解けていく。
「ちょっと! 二人だけでお姉さんを独占しないでよ!」
軽やかな足音とともに現れたのは、淡い紫を基調とした王族の正装を纏い、金髪を綺麗に結い上げたカミルだった。
胸元には王位継承権を持つ者だけが許される黄金の首飾りが揺れている。
カミルは左右を塞がれたリリアナの背後へ回り込むと、躊躇することなく背中にぴったりと寄り添い、その細い腰へと後ろから手を回した。
「お姉さん、靴の調子はどう? 痛くない? 寒くない? 疲れたらすぐ僕に言ってね、その場で抱っこして休憩室に連れて行っちゃうから!」
「カミルさん、足も腰も驚くほど軽いです。ありがとうございます。
……でも、大勢の方が見ていますから、抱っこは絶対に駄目ですよ」
「むぅ、残念。でも、今夜のお姉さんは世界で一番可愛いよ。絶対に僕から離れちゃ駄目だからね」
右手に筆頭宰相レオナルド、左手に近衛騎士団長ジークハルト、そして背後に王弟カミル。
王国の政治、軍事、魔術の頂点に君臨する三大巨頭が、平民の娘一人を外界から完全に隔離するように寄り添い、包み込んでいる。
やがて、白銀と黄金で彩られた大広間の重厚な両開き扉が、厳かに開け放たれた。
眩いばかりのシャンデリアの輝きと、色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ貴族たちの熱気が押し寄せてくる。
オーケストラの華やかな調べが響く中、給仕の声が広間いっぱいに通った。
「筆頭宰相レオナルド公爵閣下、近衛騎士団長ジークハルト伯爵閣下、ならびにカミル王弟殿下、ご入場!」
ざわめいていた大広間が、一瞬にして水を打ったように静まり返った。
そして、三人の中心に立つ見慣れぬ令嬢――若草色のドレスを纏い、清らかな佇まいを見せるリリアナの姿が露わになった瞬間、広間に集う貴族たちの間に、激しい動揺の波が広がった。
「あの方はいったいどなただ……? どこかの大公国の姫君か?」
「いや、見覚えがない。だが、あのレオナルド閣下が自ら手を差し伸べ、ジークハルト卿が肩を抱くように寄り添い、カミル殿下があんなにも無防備に甘えているなど……!」
貴族たちの視線には、驚愕と、底知れぬ困惑が混ざり合っていた。
普段であれば氷のように冷徹な宰相が、慈しむようにリリアナの歩幅に合わせて歩を進め、獰猛な狼と恐れられる騎士団長が、触れれば壊れる宝物を守るかのように神経を張り巡らせ、人間嫌いの王弟が、誇らしげに彼女のドレスの裾を気にかけながら微笑んでいるのだ。
それはもはやエスコートという枠組みを遥かに超えた、完全なる「神聖不可侵の陣形」だった。
どんなに高位の貴族であっても、割って入る隙など微塵も存在しない。
平民の娘であるはずのリリアナは、国で最も尊い男たちによる鉄壁の庇護と溺愛の盾によって、誰よりも高く、気高い場所に掲げられていた。
「怖がることはないよ、リリアナ」
レオナルドが周囲の好奇の目を銀の冷光で薙ぎ払いながら、リリアナにだけ極上の甘い笑みを向けた。
「君を品定めするような視線があれば、私がその全てを咎めよう」
「私の傍から離れるな。君に無礼を働く者がいれば、相手が何者であろうと容赦はしない」
ジークハルトが腕の力を少しだけ強め、逞しい身体でリリアナを包み込む。
「お姉さん、みんな君の綺麗さに見惚れてるんだよ。堂々としてていいんだからね」
カミルが背後からリリアナの耳元に甘い息を吹きかけ、得意げに囁く。
三者三様の熱い体温と、惜しみなく注がれる過保護な想い。
前世で孤独に怯え、誰からも庇われることのなかった日々の寒さが、嘘のように溶けていく。
リリアナは胸いっぱいに満ちる安心感の中で、ふっと柔らかく、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。
その無垢な笑顔に、遠巻きに見ていた貴族たちの幾人かが、思わず息を呑んで立ち尽くすのだった。




