第12話 忍び寄る影と想定外の遭遇
王宮の深奥にある宝物庫の廊下。
セシリアは、先日エルネが一瞬で正体を見抜いた古代の『高圧熟成用のスープ壺』を、もう一度確かめに行こうとしていた。
「……ふん、あんな平民の女に手柄を独り占めされたままなんて、わたくしのプライドが許しませんわ。何か見落としがないか、わたくし自身が確かめてやりますの!」
気高く背筋を伸ばして歩いていたセシリアだったが、宝物庫の重々しい扉がわずかに開いていることに気づき、足を止めた。
不審に思って隙間から覗き込む。
そこには黒装束に身を包んだ見知らぬ男たちが数人、あのスープ壺を袋に詰め込もうとしている姿があった。
「よし、この壺を運び出すぞ。手際よくやれ」
(……泥棒!? 王宮の宝物庫に!?)
危険を察したセシリアは、足音を立てずに引き返し、衛兵を呼びに行こうと踵を返した。
しかし、運悪く足元にあった装飾台の脚にドレスの裾が引っかかり、カタンと小さな音を立ててしまう。
男たちはそのほんの小さな音も聞き逃さなかった。
「誰だ! 逃がすな!」
「きゃっ!?」
脱兎のごとく走り出したセシリアだったが、幼い足では大人の男たちにすぐ追いつかれ、廊下の角で腕を掴まれてしまった。
「はなちなさい! わたくしを誰だと思っているのです……んぐっ!?」
男たちは手早い動きでセシリアを拘束。
口を塞がれ、連れ去られそうになったその時——。
「セシリア様……? あ、あなたたち、なにを……っ!?」
廊下の向こうから大量の資料を抱えて歩いてきたエルネが、その光景に出くわした。
捕まったセシリアと目が合った瞬間。
エルネは迷わず叫び声を上げようとしたが、背後に回り込んできた別の男によって首筋を強い力で叩かれ、視界が真っ暗になった。
どさりとエルネが倒れこむ。
セシリアが悲鳴を上げるが、口を塞がれていて音にならない。
そのうちセシリアは袋のようなものに入れられ、意識が遠のいていった。
◇◇◇
暗く湿った地下倉庫の中。
ほこりやすすがたまり、荷物には大きい蜘蛛の巣がついている。
二人が意識を取り戻した時、手首と足首は太い麻縄で強固に縛り上げられていた。
「う、うう……」
「……気づきましたか、セシリア様! お怪我はありませんか!?」
エルネがすぐに隣で顔を顰めるセシリアへ声をかける。
セシリアは一瞬だけ弱気な表情を見せたが、すぐにキッとエルネを睨みつけた。
「わ、わたくしは王女ですわよ! この程度のピンチ、なんてことありませんわ! ……それより、なぜあなたまで捕まっていますの!? 衛兵を呼びに行きなさいと言おうとしたのに!」
「すみません……セシリア様」
申し訳なさそうに縮こまるエルネを見て、セシリアは毒気を抜かれたように息を吐いた。
「ふん……まあいいですわ。じきにアルディス様が異変に気づき、この者たちを全滅させて助けに来てくださいます。それまでじっとしていましょう」
「はい、アルディス様なら絶対に来てくださいます!……でも、それまでにあの男たちが荷物をまとめて逃げ出してしまうかもしれません。それに、あの壺……『高圧熟成用のスープ壺』の扱いを間違えると、大変なことになります!」
「え? どういうことですの?」
エルネは部屋の隅に雑に置かれた窃盗団の荷物へ視線を向けた。
至る所の古いものを集めているようだ。
「あの壺の内側には、数百年分の高圧な魔力ガスが溜まっているんです。無理に蓋をこじ開けたり激しい衝撃を与えたりすると、この地下倉庫ごと吹き飛ぶ大爆発を起こします! 男たちが力任せに開けようとしたら……助けが来る前に私たちが巻き込まれてしまいます!」
「な、なんですって!?」
セシリアの顔から血の気が引いた。だが、ここで折れないのが王女の誇りだった。
「……じゃあ、どうにかして今すぐここを脱出しますわよ! エルネ、何か案はあって!?」
「はい! まずは縄を何とかしないと」
「任せなさい!」
セシリアはかろうじてできる火の魔術を使い、まずエルネの縄を解く。
ジュウ。
音を立てて縄が瞬く間に溶け落ち、エルネの手が自由になる。
エルネはようやく起き上がり、セシリアを縛る縄を解く。
「このあとは? 外には見張りの男たちが二人いますわよ。武器もないのにどうやって倒すの?」
「私のポーチの中身で、簡単な『即効性麻痺毒ガス』を作ります! でも、男たちに確実にそれを吸わせるには、部屋の奥まで引きつけないといけません」
エルネはすぐさまポーチをあけ、中身を床にぶちまけた。
「これとこれと、雷蝙蝠の糞がある……! 大丈夫です! 揮発性が高い麻痺毒がすぐできます!」
エルネが真剣な目で言うと、セシリアは不敵に口元を歪めた。
「ふふ、人を惹きつけるハッタリなら、わたくしの得意分野ですわ。任せなさい!」
2人はとにかく必死で逃げることを考えていた。
今の2人にはもめる暇さえなかった。
「よろしくお願いします!」
小声で話すことも忘れていた2人の声は、近くに待機していた見張りに聞こえてしまった。
二人が起きていると判断した見張りは、部屋の中へ入ってくる。
「急ぎます」
エルネはさっそく調合にかかる。
セシリアは緊張した顔のエルネを見て、震える自分の手を握りしめる。
「最初で最後のチャンスね」
見張りの二人が、室内からの高飛車な大声に怪しんで扉を開けた。
「おい、静かにしろ! 」
そこにいたのは、縄を自力でほどき、毅然とした態度で立ち尽くす10歳の王女・セシリアだった。
「身の程を知りなさい、盗人ども! わたくしを誰だと思っているのです! この国の第一王女、セシリア・ディル・レグラリアですわよ!」
「な、なんだと……!? 縄をどうやって……」
男2人はあたりをきょろきょろと見まわす。
刺客がいるかもしれない。
実は護衛がいて、自分たちのアジトを特定したのかもしれない。
見張りたちの頭の中は、セシリアを見ている余裕がない。
「ふん、わたくしほどの高貴な存在になれば、手下どもがすでにこの城を包囲しておりますわ! あなたたちが盗んだあの壺……ふふふ、あれが何だか分かっていて手を触れていますの? あれは我が王家に代々伝わる『古代の殲滅兵器』! 無理に開ければ、あなたたちの肉体は一瞬で灰と化しますわ!」
「なっ……殲滅兵器だと!?」
セシリアの圧倒的な気迫と堂々としたハッタリに、男たちは一瞬で呑まれ、恐怖で顔を見合わせた。
「う、嘘だ! たかがガキの脅しに……」
「嘘だと思うなら、その壺の底を見てみなさい! 赤い魔導陣が不気味に明滅しているでしょう!? 今にも起動しそうですわよ!」
しばらく城で鑑定されていた壺は、セシリアも遊びつくしていた。
その見目はほとんど記憶していた。
「ひっ!? 本当だ、光ってるぞ!?」
男たちが動揺して壺に目を奪われ、部屋の奥へ一歩踏み込んだ、その瞬間。
「セシリア様、息を止めてください!」
物陰に隠れていたエルネが飛び出し、調合したばかりの粉末を詰めた小袋を男たちの足元へ叩きつけた。
パァンっ!
白い煙が爆発的に広がる。
「うぐっ!? な、なんだこの煙は……っ! め、目が……身体が痺れて……っ!?」
「ひ、ひぇぇぇ……っ!」
エルネの特製麻痺毒をまともに吸い込んだ見張りたち。
白目を剥いてその場にバタリと崩れ落ち、動かなくなった。
エルネはセシリアを置くまで引っ張り、身を守る。
エルネの脱いだエプロンで覆い隠せるセシリアの顔だけは守った。
しばらく待ってみるが、男たちはそのまま動かない。
エルネとセシリアはようやく息を吸い、体に異常が出ないことを確かめた。
「やった……! やりました、セシリア様!」
「見事ですわ、エルネ!」
二人は顔を見合わせ、思わず手をを取り合って跳ね上がった。
エルネの知識と技術、そしてセシリアの誇り高きハッタリが見事に噛み合った完全なる勝利だった。
「エルネッ!! セシリア殿下っ!?」
その直後。
凄まじい破壊音とともに壁が吹き飛び、剣を抜いたアルディスが雪崩れ込んできた。
その顔は焦燥と殺気で恐ろしいことになっていたが、無事に立ち尽くす二人の姿を見て足を止めた。
「アルディス様!」
「アルディス様……っ!」
アルディスは安堵のあまり膝をつきそうになりながら、二人へ駆け寄った。
「無事だったか……! 盗賊どもに連れ去られたと聞いて、生きた心地がしなかった……二人とも、怪我はないかい!?」
「はい、大丈夫です! セシリア様が凄まじいハッタリで男たちを動転させてくださって、その隙に私が麻痺毒で……」
「わ、わたくしも、エルネの作ったすごい毒のおかげで助かりましたのよ! エルネはとっても勇敢でしたわ!」
お互いを称え合う二人の様子に、アルディスはポカンと目を丸くした。
つい先刻まで「泥棒猫」と叫んでいたはずのセシリア。
よくわからす困っていたエル。
まるで長年連れ添った相棒のように息を合わせているのだから無理もない。
その後、追いついた警衛兵たちによって残りの窃盗団も一網打尽にされ、誘拐窃盗事件は無事に解決した。
城の庭園へ戻り、ようやく一息ついた。
夕暮れ時の優しい光が差し込む。
セシリアは腕を組み、少し照れくさそうにエルネを見上げた。
「……エルネ。今回ばかりは、あなたの知識と機転を認めてあげますわ」
「ふふ、ありがとうございます、セシリア様。セシリア様の堂々としたお姿、本当に格好良かったです!」
「と、当然ですわ! わたくしは王女ですもの! ……でも、まあ」
セシリアはふいっと顔を背けながら、小さな声でつぶやいた。
「……あなたとなら、悪くありませんわね。これからは、わたくしの『最高の相棒』として、お茶会への参加を許可して差し上げますわ!」
「えっ……! 嬉しいです、セシリア様!」
顔を輝かせるエルネと、誇らしげに胸を張るセシリア。
少し離れた場所でその様子を見守っていたアルディスは、優しく目元を緩めながら、二人の微笑ましい友情の芽生えに深く微笑むのだった。




