第11話 王都への進発とそれぞれの思惑
「エルネの鑑定能力が本物であることを、陛下へ直接証明しに行ってくる」
魔物騒動が収束して数日後、アルディスはガルドに宣言していた。
アビス・スパイダーの討伐報告と、封印を破り事態を引き起こしたシエルカの処罰案件。
そして何よりエルネの持つ超絶的な鑑定眼の真実を国王オズワルドへ報告するため。
アルディスはエルネを伴って王都へ登城することとなったのだ。
「まあこれを機にお前の立場も少しは変わるだろうよ」
改めてガルドに呼び出されたエルネは、ひどく狼狽している。
傍らに当然のようにいるアルディス。
彼の休暇も残りわずか。
その間に少しでもエルネを囲い込みたいのだろうと気が付いているのは、オズワルド、ガルド、そしてアルディスの側近たちくらいだろう。
「ええっ、王様とお会いするんですか……!? 私みたいなただの雑用係が、そんな雲の上の人とお話しするなんて……」
「大丈夫だ、エルネ。君の才能は国家の至宝に匹敵する。俺が誇りを持って陛下にお見せするよ。……それに、君の素晴らしさを一番に理解しているのは俺だということを、王宮の者たちにも知らせておきたい」
「最後の一言、必要ですか……!?」
真っ赤になるエルネの手を優しく握り締めながら、アルディスは満面の笑みを浮かべる。
泣き崩れた騒動以来、二人の距離は急速に縮まり、アルディスのエルネに対する甘やかしぶりは歯止めが効かなくなっていた。
こうして二人は馬車に乗り込み、王都の白亜の城へと向かったのである。
「なんだかあの二人の変な夫婦漫才も見慣れてきたな……」
ガルドはしばらく嵐が遠ざかると、少しだけ安心していた。
◇◇◇
王城の深奥、絢爛豪華な謁見の間に通されたエルネは、その荘厳な雰囲気に飲まれそうになっていた。
玉座に鎮座するのは、威厳溢れる君主、国王オズワルド。
その傍らには、穏やかな笑みを浮かべる王妃エレノアと、腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす第一王女セシリアが控えていた。
「よくぞ参った、アルディス。そして……彼が噂のエルネだな」
オズワルドの力強い声が響く。
「はっ、陛下。こちらが私の命を救い、先日の魔物騒動でもその超絶的な鑑定眼によって被害を最小限に抑えたエルネにございます」
アルディスは恭しく一礼すると、国王へ力強く言った。
「陛下、私は彼女の鑑定能力を王家お抱えとして正式に認め、その正当な評価を賜りたく存じます」
オズワルドは面白そうに口元を歪めた。
「ふむ。あの冷酷な男として有名なお前がそこまで推すのだ、無条件で信じたいところだが……宮廷の者たちを納得させるには、相応の成果を見せてもらわねばならん。宮廷鑑定士たちが束になっても解明できなかった『あの品』を用意してある。エルネよ、見るか?」
オズワルドの合図で、侍従が恭しく一つの宝箱を運んできた。
中に収められていたのは、黒くくすんだ異形の壺であった。
「これは古代遺跡から発掘された品でな。どんな鑑定魔法を使っても『詳細不明の呪いの道具』としか判別できず、処分に困っていたのだ。娘よ、これの正体が見抜けるか?」
エルネは緊張しながらも、静かに壺へと近づいた。
深く息を吐き、自らの『鑑定眼』を集中させる。
「これは……」
数秒後、エルネの顔に驚きと、かすかな呆れが浮かんだ。
「陛下、これは『呪いの道具』ではありません。古代の調理器具……今でいう『高圧熟成用のスープ壺』のようです」
「な……何だと!?」
「表面の黒い皮膜は呪いではなく、極上の薬草オイルが長年かけて乾燥・固化した保護膜です。内側に刻まれた魔導陣は、中の食材の旨味を何倍にも引き出すための魔法で……側面の小さな突起を押しながら魔力を通せば、簡単に蓋が開きます」
エルネが解説したとおりに傍らにいたアルディスが突起を押し、軽く魔力を流す。
ポコッ。
心地よい音とともに壺の蓋が開いた。
中からは、数百年経過しているとは思えないほど豊潤で芳醇な、極上のスパイスの香りが広がった。
「な、なにぃぃぃっ!?」
謁見の間にいた宮廷鑑定士たちが「バカな! 我々が何ヶ月も解明できなかったものを一瞬で!?」とひっくり返り、オズワルドは手を叩いて大爆笑した。
「ハッハッハ! 見事だ! 宮廷鑑定士どもの鼻をあかしてくれたわ! アルディス、お前の言った通り、この娘の能力は本物だな!」
「えっと、これはカレーのようです。誰かが実験で何年持つかを研究して、忘れていたものとあります」
「それでは食べてみないと」
「誰かカレーの研究をしていた記録を見つけていたな?」
「照らし合わせてみよう」
だが、その賞賛の嵐を打ち破るように、黄色い叫び声が響き渡った。
「認めませんわ! そんなもの、ただの偶然に決まっていますわ!!」
立ち上がったのは、第一王女セシリアだった。
豪華なドレスを揺らしながらエルネの前へと突進してくると、幼い顔を真っ赤にして指をさした。
「アルディス様! なぜこのような田舎の泥臭い女を連れて城へいらっしゃったのですか!? このセシリアこそが、将来アルディス様の妻となるべき高貴な身分! このような詐欺師のような女に騙されてはなりませぬ!」
「セシリア姫……」
アルディスの雰囲気が一瞬で氷点下に下がった。
だが、セシリアは止まらない。
「だいたい、このような不躾な平民が王宮に上がるなど無礼千万! アルディス様、今すぐこの女を追い出し、わたくしと一緒にお茶会を……」
「お黙りなさい、セシリア」
セシリアの言葉を遮ったのは、今まで静観していた王妃エレノアだった。
優雅な足取りで壇上から降りてきたエレノアは、エルネをまじまじと見つめた。
その瞳には、ロマンス好きな王妃特有の「怪しい光」が宿っていた。
「あなた、エルネさんとおっしゃるのね? ……アルディスがどのような想いであなたを護り、どのような顔であなたを見つめているか、ご自身で分かっていらっしゃいますの?」
「え……? あ、あの……」
「アルディスはね、幼い頃から感情を表に出さない氷のような子でしたわ。それが今や、あなたの隣にいるだけで『私触ったら溶けますの』と言わんばかりの甘いオーラを振り撒いている……! これぞまさに、運命の身分差ロマンス……!」
「母上!? 何をおっしゃっているのですか!?」
セシリアが驚愕の声を上げるが、エレノアはエルネの手を優しく握りしめた。
「エルネさん。セシリアの無礼は謝罪します。わたくしはあなたの味方ですわ! さあ、王宮のサロンで、アルディスとの出会いから初キスまでの詳細をじっくり聞かせてくださらない?」
「母上ぇぇぇっ! 邪魔をしないでくださいませ! わたくしのアルディス様ですのよ! その泥棒猫から離れなさい!」
「これセシリア、みっともない振る舞いはやめなさい。真実の愛を前にして身分などちっぽけなものよ!」
「違います! アルディス様はわたくしの騎士様ですのーっ!」
突如始まった、王妃と王女によるエルネを挟んだ大喧嘩。
エルネはおろおろするばかり。
「静かにしろ、セシリア、エレノア!」
オズワルドが頭を押さえて叫ぶが、二人のヒートアップした議論(と初恋の主張)は止まらない。
ついに、セシリアがエルネの手を払いのけようと腕を振り上げた、その瞬間——。
ドオンッ……!
謁見の間全体の空気が凍りついた。
アルディスが、エルネとセシリアの間に割り込み、絶対零度の冷気と圧倒的な威圧感を放ったのだ。
「そこまでにしましょう、セシリア殿下」
その金色の瞳には、一切の情も容赦もなかった。
「……っ! ア、アルディス……様……?」
「エルネは私の命の恩人であり、私の最愛の人だ。たとえ王女殿下であろうと、彼女を傷つける言動は一切許さない。これ以上彼女を辱めるのであれば……私は騎士団長の職を辞し、この国を出てエルネと二人だけで暮らす所存です」
「な……ッ!?」
オズワルドが真っ青になって慌て始める。
「おい待てアルディス! それは困る!」
身を乗り出し、セシリアは衝撃に目を見開いた。
「わ、わたくしより、この女を選ぶというのですか……!?」
「選ぶのではない。最初からエルネしかいないのだ」
アルディスは断言すると、呆然とするセシリアを置き去りにし、エルネを優しく引き寄せた。
「行きましょう、エルネ。陛下への報告は済みました」
「えっ!? あ、でも王妃様や王女様が……!」
「心配いらない。いいからいけ」
オズワルドと側近たちが王妃と王女の制止に係る。
泣き出すセシリアの悲鳴と、興奮する王妃の声を背に受けながら、アルディスはエルネの手を引き、堂々と謁見の間を後にした。
城を出て、馬車に乗り込んだ二人。
「……大変なことになってしまいましたね、アルディス様」
「すまない、エルネ。我が国の王族が騒がしくて……。王妃様は昔からああなんだ。まさか娘にまであのように遺伝するとは。嫌な思いをさせたね」
申し訳なさそうに眉をひそめるアルディスに、エルネはくすりと笑った。
「ううん、大丈夫です。王妃様は少し変わったお方でしたけど、温かい方でしたし……セシリア様も、アルディス様のことが本当に大好きなんですね」
「君以外の女性に興味はないよ。……それに」
アルディスはエルネの手に自分の手を重ねる。
「『辞職して二人で暮らす』というのは、あながち冗談でもないんだ。君が望むなら、俺はいつでもすべてを捨てて、君の薬草採取についていくよ」
「〜〜〜っ! もう、アルディス様ったらまたそういう過激なことを……!」
真っ赤になるエルネを愛おしそうに抱きしめ、アルディスは幸せそうに目を細めるのだった。
王宮にひと騒動を巻き起こしたこの珍事件。
のちにカレー大事件として、この後さらに大きく展開していくことになるとは誰も思っていなかった。




