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第5章

 パルチェスは横たわる少年の顔についている砂を軽く払い落とし、立ち上がった。

 あたりを見渡す。

 逃げる間もなく斬られた者。

 意味もなく長引く苦痛を与えられ、終わらせてやった者。

 風に乗って運ばれてくる、血の匂い。


 ――終わった。

 少なくとも、この集落は。


 パルチェスはディアンから離れ、集合のホイッスルを鳴らした。

 部下に帰還命令を出す。

「集合地点へ戻り、次の指示を待っていろ」

 部下の短い返事を聞く。

 ディアンを、どう扱おうか悩んでいた。

 盗賊団の一味であり、王冠を盗んだ犯人。

 しかし今回の命令は、殲滅。

 

「……どうしたもんかねぇ」

 

 その時、集落の広場に足音が響いた。

 見ると、淡い金髪のリーダーが、どこか焦点の合わない目でこちらにやってくる。

 手には、薄汚れた袋を下げていた。

「クレディス」

 クレディスが立ち止まる。

 アジトの頭や幹部が集まる集落を斬ってきたようだった。

 クレディスはパルチェスを認めた瞬間に、少しだけ、表情を崩した。

 陰った目が、手にある袋を見る。

「ありました。王冠……」

「……」

 パルチェスは何も言えなかった。

 続けて、クレディスが話す。

「あの時……私が見つけられていたのなら……。こんなことには……ならなかった、ん、ですよね……」

「クレディス……」

 頬に返り血をぬぐった痕。

 袖や裾の端はところどころ切れているが、クレディスに傷は見受けられなかった。

 パルチェスの背筋がぞくっと粟立つ。

 クレディスは、パルチェスの足元で眠るディアンを見た。

「……その子は?」

 胸が上下しているのを見る。

 クレディスの目が、再び陰った。

「死んでねぇ」

「どうしてですか? 命令は殲滅ですよ」

 クレディスは歩きながら剣を触った。

「まぁまて。こいつは俺が生かした」

「なぜ」

 クレディスの眉が動く。

 なぜ……?

 んなもん……。

 パルチェスは答えを探そうとして、やめた。

 斬られた胸の傷が、ズキンと痛んだ。

 極力したり顔に見えるように口角を上げ、ディアンが持っていた剣を見せる。

 クレディスの目が見開かれた。

「こいつ、面白れぇモンもってんだろ」

「これは……私の……」

 使い込まれた刃の表面には薄く油が残り、青白い光が静かに流れる。

 ディアンが手にしていた剣は、確かにクレディスの所有物だった。

 スペア。

 でも――

「……一体、なぜ?」

 額に手をやり、眉に皺を寄せたクレディスは、うわごとの様に呟いた。

 静かな声なのに、隈ができた藤色の目だけは異様に鋭い光を消していない。

 逡巡するような短い沈黙の後、結局答えに辿りつかなかったクレディスは、

ふっと息を吐いて視線を上げた。

「……生かす理由になりません」

 クレディスは再び鞘に収まっている剣に手を掛けた。

「……」

 ――まずいな。

 パルチェスはちらりと地面に横たわるディアンを見た。


 クレディスは――やる。

 殲滅するなら、最後までやり遂げる。


(この人の振るう剣は――迷いがねぇ)


 だから、

 迷わせろ。

 例外を――作れ。


「……ん?」

 クレディスの左手にある麻袋を見て、パルチェスの頭の芯に、ピンと閃きが走った。

 これならいける――簡単だ。

 胸の内から湧き上がるピースが填まるような快感のまま、

 くく、とパルチェスは喉を鳴らした。

「理由なら、あるじゃねぇか」

「……どういうことですか?」

 クレディスの反応がいつもよりも遅い。

 パルチェスは気づかないふりをして顎でしゃくって示した。

「その王冠の奪取は、今回の命令にはねぇ。

 ――でも王冠の『ついで』に、こいつも捕えりゃいいじゃねぇか」

 ぴくっとクレディスの指先が反応した。

 王冠と実行犯の確保。

 前回の未達成の命令。

「……」

 クレディスの目が手に持つ袋とディアンを交互に見た。

 剣の柄を握った状態で、数秒沈黙する。

(……生かす理由なんて、どうでもいい――)

 パルチェスは、心の内で舌打ちした。

 今回の殲滅命令は――何かが間違っている。

(気に食わねぇな)

 パルチェスの脳裏に、団長の顔が浮かんだ。

 クレディスの忠誠を試そうとしているのか、

 ――それ以外の目的もあるのか。

 クレディスが、柄から手を離し、片膝を折ってディアンの前髪をそっと払った。

「――本当に、この子が犯人なんですか?」

「ああ。お前も見ただろ?」

 クレディスが首を横に振る。

「私はただ通りがかっただけです。この麻袋だって、今日……」

 誰かの血が付いた袋に目を落とす。

 パルチェスは、それ以上何も言えなくなった。

 

 その時、広場で動きがあった。

 ゆらりと気配を絶って歩み寄る、聖騎士姿の男だ。

 見覚えがない――いや……どこかで……。

 動けないパルチェスとは反対に、

 クレディスは、はっと息を大きく吸い、掴みかかる勢いで動いた。

「ラウジ、その恰好――どういうつもりですか!」

 首の襟を掴まれたラウジは表情を変えず、現場を少し見渡す。

 そして、クレディスを見て、少し眉を下げた。

「正直に言うと、怒るだろ?」

「当たり前です! どんな理由でも怒りが湧いてきますから」

「じゃあ言えない」

 目を逸らしたラウジは、さらりと流した。

 腰に何も下げていない。

「お前がコイツに剣を?」

「そうですね。この服も借りてます」

「貸した覚えはありません」

 クレディスの言葉を無視する。

 パルチェスは目を細めた。

「お前、いつかの夜、こいつ追ってただろ」

 平民街で、不自然に足を止めた聖騎士と、立ち方が同じだった。

「わざと見逃したな?」

「あなたに保護されると思ったからです。結果は、違いましたけどね」

 ラウジは、眠っている少年を抱き上げた。

「おい、勝手なマネするな」

 パルチェスが睨むと、ラウジは大げさに肩をすくませ、深緑色の瞳を愁いに染めた。

「この子どもは希望。俺たち平民にとって必要な存在。

 だから失うわけにはいかないのです」

 クレディスにも負けない頑固さを秘めた口調は、キッパリと二人を拒絶していた。


 ――待てよ……?


 パルチェスの頭が働きだす。

 ディアンを目に映しながら、顎に手をやった。

(団長に引き渡すより――マシかもな)

 生かしても、牢屋にぶち込まれるか――何かに利用されるだけだ。

 それに、『王冠』にまつわる貴族の噂に、良くない心当たりがある。


(隠すことは簡単だ――けどな……)


 パルチェスは、憔悴を隠しきれていない、石頭の金髪を目に映した。

 

 ――どう、説得するか、だな。


 パルチェスは、いつの間にか歯を噛んでいたのに気が付き、

 胸にわだかまっているものが、怒り、だと気が付いた。


 この歪み切った組織の中――、

 クレディスの、まっすぐ立つ姿が好きだった。


 それをいいコマだと思ってる組織に、心の中で宣戦布告する。


(絶対――ぶっ潰してやる)


 だがそれを、表に出すことはしない。

 噛みつくのは――


(……盤上が揃ってからだ)





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