第3章
1
クレディスは聖騎士本部の最上階にある団長室の中央に立ち、簡潔に報告した。
集落を捜索したが、王冠は見つからなかったこと。
盗賊団の頭から、犯人に関する言質も得られなかったこと。
グーリッジはクレディスの様子に何度も小さく頷き、少し考えるように顎に手をやった。
部屋中の空気が押しつぶされるほどに圧迫感を覚える。
クレディスはピクリとも動かず、ただただ黙って、グーリッジの次の言葉を待っていた。
「……そうか」
グーリッジは、窓の方に歩みだす。
背を向けたまま、言葉を続けた。
「本当に、聞き出す手段はなかったのか?」
ピクリ、と後ろに組んだ指が動いた。
「規則に則り、その範囲内で判断しました」
「そうか……」
グーリッジは、窓の外を向いたまま黙り、反射して映るクレディスを睨み据えた。
数秒の沈黙が、部屋の温度を確実に冷やしていく。
「だが、結果は伴わなかった」
「……」
「私はね、お前を信頼しているのだよ」
クレディスの薄紫色の目が、少し伏せた。
「次は、良い結果を期待している。……下がりなさい」
翌日、伝令が走った。
クレディスは、出立の準備が完了した報告を受けた。
短く返事をして、整列させた一同を見る。
『盗賊団を殲滅せよ』
団長であるグーリッジからの正式な命令だった。
2
同じ頃、ディアンは生唾を飲み込んで親父がいるテントを開けた。
中で、ナイフの手入れをしていた頭が、ギロリと目を向ける。
意を決して中に入り込み、どかりと真正面に座った。
「聖騎士が来たの、俺のせいだ」
親父の眉が、ピクリと跳ねる。
ディアンは喉の渇きを覚えながらも、平静を装って続けた。
「聖騎士がわざわざ取り返しに来るほどのお宝を盗んだんだ。
……だから、俺は……まだ、やれる」
親父は、何も言わない。
使い込まれた古布で、切っ先をぬぐった。
数秒の沈黙が重くのしかかって、苦しくて――ディアンは口を開くことで呼吸をした。
「親父はさ、俺を……、
――追い出したい、のか?」
俯き加減で、
ちらりと視線を上げて、聞く。
否定してほしくて、
聞いた。
また無言の間が開く。
ディアンの胸に穴が開き、漏れだした言葉を喉で止めることができなくなった。
「次は、もっと……価値のあるやつ盗――」
ひゅん、とナイフが頬をすり抜け、背後で地面に落ちる音がした。
父親の手には、何もない。
「……え?」
頬にピリついた痛みと、何かが流れる感触。
父親の低い声が、地を這った。
「――出ていけ」
「――っ!」
ディアンの顔が歪む。
胸に、大きな亀裂が走った。
「……は、そうかよ」
立ち上がる。
そして、湧き上がる痛みのままに吐き捨てて言った。
「出て行ってやるよ! こんなとこ、こっちから願い下げだ!」
駆け出す。感情のままに。
山を駆け下り、大声を出す。
夢中で走っていると、やがて山が途切れ、煩雑な街が、ディアンの姿を飲み込んだ。
街をぶらぶら歩いていると、ざわめきの中、誰かの囁き声が耳に入ってきた。
「――見ろよ、白い髪だ」
何気なく、ディアンも見る。
進行方向の先に、きょろきょろ頭を揺らす少年が見えた。
「白い髪は悪魔を呼ぶって噂、知ってるか?」
「知らん。何だそれ」
ディアンは少し興味を惹かれ、何気なく歩調を緩めた。
「貴族どもが最近話題に出していてな。白い髪は不幸の象徴なんだそうだ」
「そりゃ、かわいそうなことだ」
少年は何も気づかず、不安げな足取りで奥に入っていく。
身なりがよかった。
ディアンは、なんとなく気になってその子供の背中を追うように、同じ分岐を曲がった。
子供は、また分岐で足を止める。
背中越しに、腕で何かを抱えているのが分かった。
茶色い紙袋がちらりと見える。
(貴族のやつが、迷ったって感じだな)
少年は、同い年くらいに見えた。
ディアンの頭に、ピン、と何かがひらめく。
(そうだ。あいつを攫って、身代金を要求すれば、大金が手に入って――)
親父に、認められるんじゃ……?
にやりっと、ディアンの口元が上がった。
ディアンが一歩踏み出した時。
「――うわ!」
白髪の少年の足が、大人の手によって地面から離れた。
ばさり、と音を立てて、少年が持っていた紙袋が落ち、中から絵の具が飛び出す。
担がれて、離れていく。
少年と、目が合った。
「た――助けて!」
角に消える。
ディアンは、呆気にとられて立っていた。
攫われた。
大金の成る木を。
横取りされた。
「……っ」
ギリっと歯を噛む。
(邪魔なんだよ……どいつもこいつも)
――獲物を、盗み出してやる。
*
髪の白い少年――レイビスは、自分の浅はかな行動を後悔した。
どうして、一人で平民街へ来てしまったのだろう。
ことの発端は、絵の具。
数年前に、保護者であるグーリッジに連れられて、画材を買いに行った店。
少し、買ってくるだけだった。
ずっと屋敷に籠りっぱなしで、息がつまっていた。
後悔している。
そして――怖い。
レイビスが震えているのを見て、男は卑しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。ちょっと金と交換するだけさ。大人しくしてたら何もしねぇ」
そう言って、部屋から出て行った。
カチャっと鍵の閉まる音。
窓もない。
物置のような部屋。
壁伝いに、男たちの声がした。
一人、どうすることもできずに、ただただ膝を抱える。
その時、ドアの向こうの部屋から微かに窓が開く音がした。
男たちの声は相変わらず、外から聞こえる。
レイビスが動けないでいると、
――カチャ。
と鍵が開く音がして、ドアが開いた。
光が部屋に届く。
「……」
見上げると、金色の目をした少年が、口元に人差し指を立てながらそっとドアを開けていた。
*
ディアンは、小さく手招きをした。
物置に監禁されていた少年は、目を丸くしたまま動かず固まっている。
ディアンは舌打ちしたい衝動を抑え、大きく口を開けて声を出さずに言った。
は や く こ い
やっと状況を理解した少年は、弾かれたように立ち上がった。
足音がでかい。
ディアンはもう一度唇に手を当てて静かにするように伝え、入ってきた窓を飛び越える。
手招きすると、白髪の少年が慣れない様子で窓から外に飛び降りた。
――これで良し。
ディアンは少年から顔を背けてほくそ笑んだ。
足が遅い少年の手首を掴み、右へ左へ分岐を進む。
やがて、平民街と貴族街を隔てる境界の大通りにたどり着いた。
少年が、安心したようにほっと息をついたのが分かった。
ディアンは、ポケットから拾っておいた絵の具を差し出した。
少年が目を見開いて、ぱああと表情を明るくする。
「――あ、ありがとう」
少年の手が伸びると同時に、ひょいっと避けてやった。
ポカンと固まり、驚いた様子の少年に、ディアンは口端を歪ませる。
「返してほしければ、金」
当然だ。
ただで働いてやるわけがない。
それは少年も納得したようで、どこか寂しげに眉を下げた後、小さく頷いた。
「分かったよ。いくら?」
――よし。
ディアンは心の中で確かな手ごたえを噛みしめた。
こんな請求、序の口だ。
本番は、これから。
「お前の身柄分も――」
その時、蹄の音を高鳴らせて、遠くの通りから聖騎士たちが現れた。
ディアンたちには見向きもせず、ただ真っすぐ、山の方へ向かっていく。
かなりの数だった。
馬の先頭にいる淡い金髪が、視界の端で揺れた。
「――っ!」
心臓が握り潰されるほど悲鳴を上げる。
まさかな。
でも――
身体が勝手に、弾かれたように山へ走った。
嫌な予感が――確信のような重さを持って足にへばりつく。
角から出てきた人を押し退け、ただ一心に、山へ駆ける。
――逃げろ、親父。
肺が酸素を求めるが、そんなものいらない。
もっと早く――。
早く――。
気持ちばかりが前に行って、ちっとも山は近づいてくれなかった。




