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第3章

 クレディスは聖騎士本部の最上階にある団長室の中央に立ち、簡潔に報告した。

 集落を捜索したが、王冠は見つからなかったこと。

 盗賊団の頭から、犯人に関する言質も得られなかったこと。

 グーリッジはクレディスの様子に何度も小さく頷き、少し考えるように顎に手をやった。

 部屋中の空気が押しつぶされるほどに圧迫感を覚える。

 クレディスはピクリとも動かず、ただただ黙って、グーリッジの次の言葉を待っていた。

「……そうか」

 グーリッジは、窓の方に歩みだす。

 背を向けたまま、言葉を続けた。


「本当に、聞き出す手段はなかったのか?」


 ピクリ、と後ろに組んだ指が動いた。

「規則に則り、その範囲内で判断しました」

 

「そうか……」

 グーリッジは、窓の外を向いたまま黙り、反射して映るクレディスを睨み据えた。

 数秒の沈黙が、部屋の温度を確実に冷やしていく。


「だが、結果は伴わなかった」

「……」

「私はね、お前を信頼しているのだよ」

 

 クレディスの薄紫色の目が、少し伏せた。


「次は、良い結果を期待している。……下がりなさい」



 翌日、伝令が走った。

 クレディスは、出立の準備が完了した報告を受けた。

 短く返事をして、整列させた一同を見る。


『盗賊団を殲滅せよ』


 団長であるグーリッジからの正式な命令だった。


 同じ頃、ディアンは生唾を飲み込んで親父がいるテントを開けた。

 中で、ナイフの手入れをしていた頭が、ギロリと目を向ける。

 意を決して中に入り込み、どかりと真正面に座った。

「聖騎士が来たの、俺のせいだ」

 親父の眉が、ピクリと跳ねる。

 ディアンは喉の渇きを覚えながらも、平静を装って続けた。

「聖騎士がわざわざ取り返しに来るほどのお宝を盗んだんだ。

 ……だから、俺は……まだ、やれる」

 親父は、何も言わない。

 使い込まれた古布で、切っ先をぬぐった。

 数秒の沈黙が重くのしかかって、苦しくて――ディアンは口を開くことで呼吸をした。

「親父はさ、俺を……、

 ――追い出したい、のか?」

 

 俯き加減で、

 ちらりと視線を上げて、聞く。

 

 否定してほしくて、

 聞いた。


 また無言の間が開く。

 ディアンの胸に穴が開き、漏れだした言葉を喉で止めることができなくなった。

「次は、もっと……価値のあるやつ盗――」

 ひゅん、とナイフが頬をすり抜け、背後で地面に落ちる音がした。

 父親の手には、何もない。

「……え?」

 頬にピリついた痛みと、何かが流れる感触。

 父親の低い声が、地を這った。

「――出ていけ」

「――っ!」

 ディアンの顔が歪む。

 胸に、大きな亀裂が走った。

「……は、そうかよ」

 立ち上がる。

 そして、湧き上がる痛みのままに吐き捨てて言った。

「出て行ってやるよ! こんなとこ、こっちから願い下げだ!」


 駆け出す。感情のままに。

 山を駆け下り、大声を出す。

 夢中で走っていると、やがて山が途切れ、煩雑な街が、ディアンの姿を飲み込んだ。



 街をぶらぶら歩いていると、ざわめきの中、誰かの囁き声が耳に入ってきた。

「――見ろよ、白い髪だ」

 何気なく、ディアンも見る。

 進行方向の先に、きょろきょろ頭を揺らす少年が見えた。

「白い髪は悪魔を呼ぶって噂、知ってるか?」

「知らん。何だそれ」

 ディアンは少し興味を惹かれ、何気なく歩調を緩めた。

「貴族どもが最近話題に出していてな。白い髪は不幸の象徴なんだそうだ」

「そりゃ、かわいそうなことだ」

 少年は何も気づかず、不安げな足取りで奥に入っていく。

 身なりがよかった。

 ディアンは、なんとなく気になってその子供の背中を追うように、同じ分岐を曲がった。

 子供は、また分岐で足を止める。

 背中越しに、腕で何かを抱えているのが分かった。

 茶色い紙袋がちらりと見える。

(貴族のやつが、迷ったって感じだな)

 少年は、同い年くらいに見えた。

 ディアンの頭に、ピン、と何かがひらめく。

(そうだ。あいつを攫って、身代金を要求すれば、大金が手に入って――)

 

 親父に、認められるんじゃ……?


 にやりっと、ディアンの口元が上がった。

 

 ディアンが一歩踏み出した時。

「――うわ!」

 白髪の少年の足が、大人の手によって地面から離れた。

 ばさり、と音を立てて、少年が持っていた紙袋が落ち、中から絵の具が飛び出す。

 担がれて、離れていく。

 少年と、目が合った。

「た――助けて!」

 角に消える。


 ディアンは、呆気にとられて立っていた。

 攫われた。

 大金の成る木を。

 横取りされた。

「……っ」

 ギリっと歯を噛む。


(邪魔なんだよ……どいつもこいつも)


 ――獲物を、盗み出してやる。

  

 *


 髪の白い少年――レイビスは、自分の浅はかな行動を後悔した。

 どうして、一人で平民街へ来てしまったのだろう。

 ことの発端は、絵の具。

 数年前に、保護者であるグーリッジに連れられて、画材を買いに行った店。

 少し、買ってくるだけだった。

 ずっと屋敷に籠りっぱなしで、息がつまっていた。

 後悔している。

 そして――怖い。

 レイビスが震えているのを見て、男は卑しげな笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。ちょっと金と交換するだけさ。大人しくしてたら何もしねぇ」

 そう言って、部屋から出て行った。

 カチャっと鍵の閉まる音。

 窓もない。

 物置のような部屋。

 壁伝いに、男たちの声がした。

 一人、どうすることもできずに、ただただ膝を抱える。


 その時、ドアの向こうの部屋から微かに窓が開く音がした。

 男たちの声は相変わらず、外から聞こえる。

 レイビスが動けないでいると、  


 ――カチャ。  


 と鍵が開く音がして、ドアが開いた。

 光が部屋に届く。

「……」

 見上げると、金色の目をした少年が、口元に人差し指を立てながらそっとドアを開けていた。


 *


 ディアンは、小さく手招きをした。

 物置に監禁されていた少年は、目を丸くしたまま動かず固まっている。

 ディアンは舌打ちしたい衝動を抑え、大きく口を開けて声を出さずに言った。


 は や く こ い


 やっと状況を理解した少年は、弾かれたように立ち上がった。

 足音がでかい。

 ディアンはもう一度唇に手を当てて静かにするように伝え、入ってきた窓を飛び越える。

 手招きすると、白髪の少年が慣れない様子で窓から外に飛び降りた。

 ――これで良し。

 ディアンは少年から顔を背けてほくそ笑んだ。

 足が遅い少年の手首を掴み、右へ左へ分岐を進む。

 やがて、平民街と貴族街を隔てる境界の大通りにたどり着いた。

 少年が、安心したようにほっと息をついたのが分かった。

 ディアンは、ポケットから拾っておいた絵の具を差し出した。

 少年が目を見開いて、ぱああと表情を明るくする。

「――あ、ありがとう」

 少年の手が伸びると同時に、ひょいっと避けてやった。

 ポカンと固まり、驚いた様子の少年に、ディアンは口端を歪ませる。

「返してほしければ、金」

 当然だ。

 ただで働いてやるわけがない。

 それは少年も納得したようで、どこか寂しげに眉を下げた後、小さく頷いた。

「分かったよ。いくら?」

 ――よし。

 ディアンは心の中で確かな手ごたえを噛みしめた。

 こんな請求、序の口だ。

 本番は、これから。

「お前の身柄分も――」

 その時、蹄の音を高鳴らせて、遠くの通りから聖騎士たちが現れた。

 ディアンたちには見向きもせず、ただ真っすぐ、山の方へ向かっていく。

 かなりの数だった。

 馬の先頭にいる淡い金髪が、視界の端で揺れた。

「――っ!」

 心臓が握り潰されるほど悲鳴を上げる。

 まさかな。

 でも――

 身体が勝手に、弾かれたように山へ走った。

 嫌な予感が――確信のような重さを持って足にへばりつく。

 角から出てきた人を押し退け、ただ一心に、山へ駆ける。

 

 ――逃げろ、親父。

 肺が酸素を求めるが、そんなものいらない。

 もっと早く――。

 早く――。

 

 気持ちばかりが前に行って、ちっとも山は近づいてくれなかった。




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