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第2章

 団長のグーリッジの命令を受けて、クレディスは馬に跨った。


 総勢十五名の聖騎士が正門から出立する。


 命令は、


 


 盗賊団に盗まれた王冠の回収と犯人の確保。


 


 クレディスの表情は、硬かった。


 馬の後ろから、副隊長のパルチェスが声をかけた。


「盗賊団が素直に通してくれると思うか?」


「……交渉します」


 戦闘をしに来たわけではない。


 それを、伝える。


 正しく、丁寧に。


「――血は、流したくありません」


「……」


 パルチェスはふうん、と相槌を打って少し下がった。


 


 *




 カーン、カーン、カーン――!




 ガルヴァンの戦闘訓練の最中、突然集落中に、異常を知らせる鐘が鳴り響いた。


 ディアンは長槍を持ったガルヴァンを相手に、腰に差した短剣を引き抜いて距離を詰めるところだった。


 周りの元平民の大人はみんなへっぴり腰だから、尻を蹴飛ばして盾にするのがいい。


 そう結論づけた矢先だった。


「……なんだ?」


 誰か来た。


 それも、望まれていない何者かが。


 鐘の方向は――第五集落。


 街から一番近い場所だ。


 ビュオ、と風を切る音がしたかと思うと、ガルヴァンが疾風のように向かっていく背中が見えた。


 思考より先に身体が動いていた。


 胸に一滴、昨晩の出来事を思い返して気持ち悪いものが広がる。




 どんな奴が来たか、確認するだけだ。


 また、街から追い出された連中だろ。


 ――よくある光景に違いなかった。




 


 第五集落を囲う木の上に登り、飛び移るようにして近づく。


 そろりそろり様子を伺っていると、街に接続できる山道から人影がちらちら見えた。


 白い――制服。


 ディアンの胸に、氷が落ちた。




「――止まれ!」




 広場の正面に立って、迎え撃つ姿勢を整えたガルヴァンが、何名か従えて硬い声を出す。


 聖騎士らは、足を止めた。


 その先頭にいる、淡い金髪の男が、一歩前に出る。


(……あ)


 ディアンの目が釘付けになった。


 昨晩見た、あの聖騎士。


 背筋を伸ばし真っすぐ立つ姿は、大柄なガルヴァンを前にしても堂々としており、隙がない。


 口が動き、何か言っているようだが、風の向きが悪く、聞こえてこなかった。


 ぞくぞくと、広場に団員が集まってくる。


 聖騎士は、退路も塞がれ、囲まれる形になった。


 ディアンももう少し近づこうとしたとき、ガルヴァンの張りのある声が響いて来た。


「交渉だぁ? あいにく、俺たちに交渉って文字はねぇんだよ」


 どきり、と心臓が脈打つ。


 ――ヘマした……?


 でも、


 逃げ切ったはずなのに、いったい、どうして――。


 鼓動が、頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す。


 ディアンは、うまく息が吸えなくなった。




 ガルヴァンが槍を向け、聖騎士に狙いをつける。


 ディアンは、祈る気持ちで成り行きを見守った。


(――ここで、追い払ってくれ……!)


 親父に知られる前に。


 迷惑をかける前に――。




 その時、聖騎士側で動きがあった。


 薄紫色の猫毛を跳ねさせた聖騎士が、剣を落とし、両手を軽く上げガルヴァンに近づく。


 そして槍を雑に除けると同時に肩に手を回し、


 近い距離で何かを言った。


 制服のポケットから紙束を雑に取り出し、握らせる。


 ガルヴァンの目が、歓喜に輝くのを見た。


「――え……?」


 ディアンの目が見開く。


 おちゃらけた態度の聖騎士は満足そうににやりと笑い、金髪の正面に立つと、


 親父のテントの方角を親指で差した。


 ガルヴァンが槍を下げる。


「は……?」


 許可しやがった――?


 勝手に。


 ギリっと奥歯が音を立てる。


 ディアンは親父に知らせるために、枝を移動し、折りやすいポイントで地面に足を付いた。


 金髪の聖騎士が、軽薄な男の胸倉を掴んで、何か言っている。


 面白がって団員らがわっと湧いたが、ディアンはその光景を見る余裕はなかった。


(――親父に……何て言う?)


 走り出そうとした足が、止まる。


 ヘマをやらかしたから、聖騎士が来た、なんて……言えるはずがない。


 かといって、もう聖騎士らを止めるすべは残ってない。


 知られるのは時間の問題だ。


 数秒立ち止まっていただけで、広場の方から、カチャカチャ音を立てて十人以上の聖騎士が歩いていく姿が見えた。


 ディアンの息が詰まる。


 知らせに行って、なんになる?


 でもこのまま見ていて、いいのか?


 ぐるぐる回る。


 どっちも必要なことだと思うのに、どっちも間違っている気がする。


 足に力が入らず、肺が空気を取り込まない。


 ――苦しい。


 ディアンは、短く息を吐くことしかできなかった。


 聖騎士の部隊は、親父がいるテントの前で止まり、金髪の聖騎士だけが入り口の中に消えた。





 団員らが、聖騎士に石と野次を投げる。


 ディアンは木々の間から抜け出し、聖騎士から見えないようにテントに近づいた。


 分厚い皮で張ったテントに耳を当て、中の会話を伺う。


 くぐもった声が二つ、短くやり取りしているのが分かった。


(……聞こえないな)


 外の騒がしさが邪魔だった。


 『剣は抜くな!』と、外で石を浴びている聖騎士が叫んだ


 その時、テントの内部から、親父の声が低く響く。


「王冠? そんなもの盗み出したおぼえはねぇ」


 ひ、っとディアンの喉がはねた。


 慌てて口を押える。


「――回収とやらは無理だ。なぁ? そうだろう?」


 怒りを含んだ声に、思わずすくみ上った。


 目の前にいるわけでもないのに、親父がどんな目をしているのか、勝手に脳裏に浮かび、その視線に射抜かれる


 ふいに、こつ、と頭に小石が当たった。


 それだけで肩が跳ね上がり、大きく振り返る。


 声を出さないようにするので精いっぱいだった。


 見ると、ゾランが人差し指に手をやって雑草に紛れて身をかがめていた。


 手招きしている。




 ディアンが頷くと、足音を立てないように、そろりそろりと場を後にした。


 ちらりと振り返り、テント正面で待機している聖騎士の様子を見る。


 ちょうどその時、ゴッ、という音を立てて、ひときわ大きな石が聖騎士に当たり、


 わっと歓声が上がった。


 あの賄賂を渡した聖騎士が、頭から血を流してぎらついた目を向ける。


 ディアンは首を傾げた。


(――なんで、剣を抜かないんだ?)


 その時、ゾランに肩を乱雑に掴まれ、森の中に引きずり込まれる。


 カチャン、と、ゾランの腰に下げた麻袋から、音が鳴った。


「……それ――」


 ゾランは短く息で制止を掛け、背を向けて森の奥へ進んだ。


 王冠を遠ざけるのか――。


 ディアンは納得し、ゾランの後を追った。





 辿り着いた場所は、ディアンの秘密基地――木の空洞。


 ゾランは荷を下ろし、出っ張った木の根に腰かけた。


 離れた場所で、ディアンも立ち止まる。


 野鳥の声や、風で揺れる葉の音が、胸の中で大きく鳴り響いた。


「――親父に……迷惑かけた」


 ゾランが短く答える。


「……ああ。そうだな」


 いつもより低くて、突き放すような冷たい響き。


 ディアンは、一度テントの方角を見て――誰もついてきていないか確認した。


 静かだ。


 動物の足音もしない。


 ひとまず、ホッと胸を撫で下ろした。


「お前のヘマ――いや、俺たち末端のヘマは、全部お頭に行く」


「……」


 ゾランの暗い茶色の目が向けられる。


「お前の下手な盗みが、この結果だ。


 ……分かったら、後でお頭に謝っておくんだな」


 ディアンは眉をピクリと動かした。


 盗みは完璧だった。


 運が悪かっただけだ。


「――不満そうだな」


 ゾランの言葉が研がれたナイフのように飛ぶ。


 ディアンはそれを避けるように唾を吐いた。


「……聖騎士があんなに来るんだから、相当価値があるやつ盗んだってことだろ?


 俺の盗みは――」


「――最悪にきまってんだろ。全部終わったらお頭に殴られてこい」


 吐き捨てるように言って、ゾランが立ち上がる。


 何も手に持たず、もと来た道を歩き出した。


「おい――王冠は?」


「ここに置いていく。しばらく隠せって命令だ」


 ディアンの口が尖る。


「……最初から言えよ」


 


 本当はもっと長くこの場所にいたかった。


 怠け者のゾランが、こんなにさっさと戻ろうとするのが意外だった。


 まだ日没には時間がある。


 けれど、ここで一人取り残されたら――二度とアジトに戻る勇気が出ないような気がした。


 少し、迷うふりをして、ゾランのあとに続く。


 胸がざわざわして、土を飲み込んだみたいに、重い。


 帰りたくないのに、帰るすべを失いたくなかった。





 森を抜け、広場に着くと、聖騎士らの姿は見当たらなかった。


 親父のテント前の広場で、ガルヴァンに詰め寄る団員と、それを真正面から怒鳴り散らす喧騒が確認できた。


 親父は――いない。


 きっとテントの中だ。


 それにしても――


「は、はは……」


 ディアンの胸が、安堵と同時に優越感に似たくすぐったさが湧き上がる。


 団員が無事。


 聖騎士がいない。


「親父たちに威圧されて、怖くなって帰ったんだ」


 石を投げられても、剣を抜かなかった光景を思い出す。


「要するに、ただの腰抜けだったってことじゃん」


 得意げになって、空を仰いだ。


 やっぱり、親父たちは強い。


 聖騎士を退散させるほどに。


 前を歩いていたゾランが振り返った。


「ディアン、読み違えるな」


 声が、暗い。


 ディアンの肩の震えが止まった。


 読み違え……?


「広場をよく見てみろ。おかしいと思わないのか?」


 ディアンは広場に目を向けた。


 相変わらずガルヴァンらが騒がしい。


 他には――と思考を巡らせた。


「――あ……」


 おかしい。


 親父が、何もしないで帰すわけ……。


 あの金髪の聖騎士一人を残して、制裁をさせてもおかしくないのに。


 ディアンが固まったのを見て、ゾランがため息をついた。


「あいつらが剣を抜けば、間違いなく戦場になってた」


「……」


「特に、お頭と対面したやつ。




 あれは――だめだ」




 ゾランの声が、わずかに掠れる。




「どういうこと?」


 ディアンはまるで理解できなかった。


「とにかく――」


 ゾランは歩き出した。


「聖騎士が剣を抜かなかったから、あいつらは今、ああして喧嘩していられるってことだ」


 ゾランは、広場で騒ぐガルヴァンたちを親指で差した。


 さっきまで殴り合いの喧嘩だったのに、今は少し緩んで笑いの含まれたじゃれ合いのようになっている。


 ゾランが親父のテントの前に立つ。


 ディアンは、まだ顔を合わせる勇気が出ずに、数歩離れた。


 テントの入り口に伸びたゾランの手が、中途半端で止まる。


「ディアン、この前の話、覚えてるか? 盗む、盗めないってやつ」


 ディアンは頷いた。


「今度話そうと思ってとっておいたんだけど、ま、今話しちまうか」


 一人で納得している。


「お前が王冠を取ってきたとき、ここで決定したことだけどな。




 ――お前、十五になったら、ここから追い出すってよ」




「は……?」


「じゃ。話はそんだけ」


 ゾランは中に入っていった。


 

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