表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第1章

 雨に濡れた服が乾いた頃、少年はアジトに着いた。


 険しい坂と獣道を抜け、街から一時間ほど。


 アジトは、ラグージュ王国を見下ろす山の中腹にあった。


 親父は、いつものテントかな。


 少年は、いくつかに分かれている集落の中心に向かった。




(またなんか話してる……)


 広場に、普通の団員はいるのに、幹部の姿が見えない。


 少年は迷わずテントに近づき、


 ばっ、と入口の布を勢いよく開けた。


 その瞬間、


 テントの中にいた幹部たちが武器へ手を伸ばし、鋭い視線を侵入者に向ける。


(う……)


 圧に押され、密かに息を詰めた時、


 中央に座る男が低く声を出した。


「おかえり、ディアン」


 緊張が解ける。 半立ちになっていた男たちは、武器を下ろさぬまま一歩引いた。


「――ただいま、親父」


 ディアンは仲間の間を抜け、親父の前に座ると、麻袋を自慢げに差し出した。


 親父は短く合図を送り、会議はそこで終わった。仲間たちは無言で外へ出ていく。




 金色の瞳が、袋に注がれる。


 白いバンダナ。 白い肌着の上から、濃い青のストール。


 ディアンが似たのは、その瞳の色だけだった。


「今日は――すげぇの獲ってきた」


 貴族が噂していた、古びた王冠。


 ディアンが袋から出すと、親父の目が少し見開き、視線が王冠とディアンを一往復した。


(――親父が、驚いた……?)


 ディアンの胸に痺れが走る。


 宝石は失われ、金色の表面も剥がれて欠けた王冠。


 これに、いったいどんな値がつけられるのか――今から楽しみで、胡坐を掻いたディアンの上体が左右に揺れた。


「簡単だった」


 貴族の屋敷に忍び込んで、倉庫から取り出しただけ。


 楽勝だ――こんなもの。


「……そうか」


 地の底から響くような低い声。


 ディアンは、この声が好きだった。


 王冠を手渡すと、親父はじっとそれを眺め、丁寧に横に置いた。


 そして、親父の大きな手が伸びてきて――ディアンは反射的に肩をすくめた。


 殴られるわけでもないのに。


 その手は、ぽんと頭に乗せられ、髪に沿って後ろに流れる。


「……よくやった。さすが、俺の息子だ」


「――っ!」


 ディアンの大きな目がさらに見開かれ、喉が詰まるほど熱いものがこみ上げる。


 どうしようもないくらい激しい勢いで胸が騒ぎ、言葉にならなかったものが唇を震わせた。


「――親父」


 虎のように鋭い目が向けられる。


「またすげぇお宝があったら、獲って来てやるよ。


 ――今度は、もっとうまく……!」


 親父に、見てもらえるなら。


 その言葉は、胸の中に仕舞った。


 気がついたら、喉に水っぽいものが降りてきて、鼻をすする。


 ディアンの頬に、熱い雫が滑り落ちた。


 親父は用が済んだとばかりにディアンから目を逸らし、


 つまらなさそうにしっしと手で追い払う仕草をした。




 ――話は終わりだ。




 親父は立ち上がると、王冠を持って奥へ歩き出す。


 もうディアンを見ることはなかった。


 ディアンも立ち上がり、テントの出口へ向かった。


 テントの下の地面に、円状に彫られている溝を飛び越え、布を捲る。




 テントを出ると、幹部の一人が話しかけてきた。


「ようディアン! なに盗んできたんだ?」


 ゾランがディアンの肩に腕を回した。体重を乗せられる。


「やめろよ重てぇな! お前になんか、言うもんか」


 べーっと舌を出してやる。


 ゾランは、予想通りの反応に口を大きく開けて笑った。


「つれねぇなぁ。せっかくさっき決まった話、聞かせてやろうと思ったのによ」


「さっき決まった話?」


 ディアンの脳裏に、さきほどの大人たちの会議の風景がよぎった。


 足を止めて振り返ると、ニタニタしたゾランと目が合った。


「ゲームしないか?」


「しない」


 どうせろくなことにならない。


 ディアンが横目で睨んでいても、ゾランは構わず続けた。


「お頭のテントの中にある『双環の像』、あれを盗み出すことが出来たら、お前の勝ち。できなかったら、俺の勝ち」


「は?」


 ディアンは眉を寄せた。


「ゲームになってないじゃん。俺が盗めるか、試したいってことか?」


「お頭から認められたんだろ?」


 ディアンの肩が、ピクリと跳ねた。


 ゾランの目が、きらりと輝く。


「どうだ? やるか?」


 ディアンの胸にふつふつと怒りがこみ上げる。


 できない、と思われている?


 ディアンは歯を食いしばった。


「なんでそんなのが欲しいのか知らねぇけど、獲って来てほしかったらそう言えよ」


「バカだな。欲しくて言ってるわけねぇだろ? いわば、一人前になる前の試練ってやつだ」


「意味わからねぇ」


「まぁ要するに――」


 その声は、妙に弾んでいた。


「お頭の包囲網を潜り抜けて獲ってきたら、本当に一人前ってことだよ」


 一人前……。


 確かにそうだ。


 親父から、まだ言ってもらえてない言葉。


「――わかった。いいぜ」


 ゾランの目がスッと細くなった。


 


 絶対に獲ってやる。


 まずは、時間帯。


 親父が寝静まるまで待つことにした。


 




 やがて、焚火が集落の隅を囲うように点々と灯され、森との境界を揺らめかせた。


 雲が流れ、陰っていた三日月が、ゆっくりと顔を出す。


 騒がしかった広場が静まり返っていた。


 酔いつぶれた人のいびきや、喧嘩のような大声が時々風にのって聞こえるが、ほとんどの団員は割り当てられたテントに引っ込み、一日を終える。


 親父のテントの横にも焚火があり、夜の見張りが二人、少し離れた場所で雑談していた。


「……」


 見張りの視線が外れた瞬間を狙って、静かに入った。


 親父は奥で寝ているようで、気づかれた気配はない。


 ディアンはそろりそろり奥へ進んでいき、親父の背を見た。


 寝そべる親父の奥に様々な品が仕舞われた棚があった。


 今回狙うのは、棚の中ではない。ディアンも何度も目にしたことがある、置物。


 それはすぐに目に入った。


 棚の上。飾ってある金の双環。


 幸福の象徴。


 ディアンの金色の目が輝いた。


 親父の身体を避け、手を伸ばす。


 寝ている親父の息遣いが変わった――次の瞬間。


「――っ!」


 ディアンの襟首が乱暴に掴まれ引き倒された。


 馬乗りになり左手のナイフを振り上げる父の金の目が、光る。


 ディアンは咄嗟に頭をずらした。


 ザクッ!


 と音がし、耳のすぐ横に、銀の刃が突き刺さっているのが分かる。


「お、おやじ――」


 謝ろうとした瞬間に、親父は再びナイフを振り上げたので身体をよじってその拘束から逃れた。


 ザクッ!


 と背中から音がしたが、立ち上がり、テントの出口を目指す。


 ヒュンっと風が斬られる音がしたと同時に、目線の高さに親父の銀のナイフがテントに突き刺さって揺れており、ディアンの顔から血の気が失せた。


 バッと獣皮の布を開いて外へ飛び出す。


 本気で殺されるところだった。


 見張り二人が異変に気付き、顔を向けたが、その横を全力で走り抜け、暗闇の森の中に逃げ込む。


 ガキの頃からの、避難場所。


 木の根が風洞になっている、『秘密基地』に身を隠した。


 膝を抱える。


 震えが止まらない。


 寝込みを襲う敵と、同じに見えたのかもしれない。




(褒められたのに……最悪だ)




 しばらくじっとしていると、眠気が襲ってきた。




「……」


 気が付くと土の上に寝そべっており、ちゅんちゅんと軽い鳥の鳴き声が森の中に響いていた。


 木の根から見える空は晴れており、背の高い木が、風に揺れている光景を、ぼんやり見つめていた。




(――朝、か……)




 身体が冷えている。


 腹も減った。


 それでも、すぐにアジトへ戻る気にはなれなかった。





 昼になってから、重い足でアジトへ戻った。


 第三集落の入り口で、ゾランが腕を組んで立っていた。


「ようディアン。待ってたぜ」


 待ち構えていたようだ。


「残念だったなぁ。ってことで、お前はまだ半人前だ」


 ばんばん背中を叩かれ、ディアンの口がへの字に曲がった。


 逃げるように走り出す。


「おい、落ち込むなって、ディアン」


 面白がって、ゾランが追ってきた。


 広場を横切る。


 その横で幹部のガルヴァンが、元平民の流れ者数名を相手に、実戦形式の指導を行っていた。


 鬼教官。


 いや、生き残るすべを容赦なく叩きこむ救済者、てとこか


「――ディアン」


 低い声が地を這う。


 ガルヴァンは背を向けたままだった。


 ディアンは反射的に足を止めた。


「お頭からの伝言だ。しばらく、仕事はしなくていい」


「……」


 視界が一瞬ぐらつく。


 心臓に痛みが走った。


「暇だろう? こいつらと一緒に、()るか?」


 ごつい顔が、ちらりと向けられる。


 ディアンは、何でもありの戦闘訓練に加わることにした。


 ガルヴァンの指導は、とても分かりやすい。


「勝て。手段は選ぶな。


 弱いやつは死ぬだけだということを全身に染み込ませろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ