第28章 変わったこと・変わらないこと
「……終わった、か……」
最後の悪魔が討伐される。
グーリッジの屋敷の庭に、何人もの聖騎士が集まり、
レイビスに釣られた悪魔の首を狩った。
周りは聖騎士たちの荒い息と、最悪な悪臭だけになった。
腕の中にいるレイビスの、浅かった呼吸が、少しだけ深くなる。
パルチェスは、月明かりに照らされる悪魔の死体をあまり見せないように、レイビスの頭に手を乗せた。
くらり、めまいに襲われる。
パルチェスは、膝をついた。
「だ……大丈夫、ですか……?」
レイビスが支えるように肩を触ったが、めまいはひどくなる一方だった。
眠気に襲われる。
まだ、終わってねぇ、のに……。
パルチェスは、無理やり口角を上げた。
――決まってんだろ。誰に言ってやがる。
「……」
言葉が出なかった。
意識が、完全に途切れた。
「――いってぇ……」
薬の匂いが強い部屋で、パルチェスは目を覚ました。
頭がぼんやりするのに、背中の痛みだけが鮮明だ。
だけどまた――眠気が襲ってきて。
目覚めるきっかけになったのは、ドアが開く音を聞いたことだった。
*
悪魔の騒動から、三日。
浮足立っていた街が、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
ディアンは薬の匂いが強くする白い病室に入った。
狭い部屋の中心にベッドがあって、紫色の猫毛がうつ伏せに寝ている。
一緒に来たラウジは、パルチェスの顔を覗き込んだ。
パルチェスの頭が動く。
「……お前らか」
ディアンは、ラウジの横に簡易椅子を持って行き、胡坐を掻いて座った。
「しぶとく生きてんだな」
パルチェスは短く息を吐いた。
「は。……そっちは、終わったのかよ」
ディアンの脳裏に、グーリッジの最期の光景が思い出される。
首を斬った――その感触も。
「ああ」
ディアンは、わざと唇を歪めて言った。
「次は……お前らの番だ」
パルチェスの青い目が細くなり、口元に笑みが浮かぶ。
「その気があんなら、一人で来いってんだ」
パルチェスの肩が揺れた。
そして、うぐぐ……と呻く。
ラウジが、持参したリンゴを剥き始めた。
「笑うと傷が開くぞ」
「誰のせいで……こうなってんだよ」
パルチェスは、首を動かして顔を背けた。
「……街は……悪魔は、どうなった……?」
パルチェスが、ぽつりと呟いた。
「街は落ち着いて来た。悪魔は……」
ラウジが少し遠くを見て、肩をすくめる。
「……近くにいた分は、片付いた」
「レイビスは?」
「無事だ」
ラウジは淡々と答えた。
「……そうかよ」
パルチェスが、少し深く息をついたのが分かった。
ディアンは、剥かれたリンゴを手に取った。
「お前、寝てただけだろ? おめでたいやつ」
「バァカ。お前らが召喚した悪魔を退治してたに決まってんだろ」
「は――?」
二個目に手を付けようとしたディアンが、止まる。
そんなわけねぇだろ。
ディアンは、ラウジに視線を投げた。
「雑な作戦と、指揮をしていたな」
「剣を振れなかったんだよ、あー、情けねぇ……」
ディアンはしばらく閉じられなかった口に気が付き、喉をひくつかせた。
「クレディスもバカだと思ったけど……お前も大概だな」
「クレディス……そういや、今どこにいんだよ」
ディアンは親指で壁を差した。
「隣の病室。まだ寝てるんじゃないか?」
パルチェスはそちらに視線を投げて、
少し、口をつぐんだ。
「……さすがに無傷ってわけには、いかなかったみてぇだな」
ディアンの脳裏に、あの時の光景が浮かんでくる。
悪魔の胸に深く剣を突き立てた、クレディス……。
顔を背けていたパルチェスが、青い目をディアンに向けた。
「……あいつが避けてるところ、見たか?」
「……っ」
ディアンは、息を詰めた。
月明かりと、血の赤。
紙一重で舞い避ける――あの光景。
「……見た」
パルチェスが、にやりと笑った。
「俺と同じムジナに落ちんじゃねぇぞ」
「……は。知るかよ……」
ディアンは、変な胸のざわめきのせいで指が震えそうになったのを、
拳を握って誤魔化した。
リンゴを切り終えたラウジが席を立つ。
「長居は傷に響く。
ディアン、そろそろ行くぞ」
「……ああ」
ディアンは、椅子から立ち上がった。
*
教会の慈院の一室に、重い沈黙が落ちていた。
「旅になんて……出ないよ……」
「もちろん今すぐとはいかないけど……、
路銀がたまるまで時間があるから、よく考えてほしい」
ロレンは、すべての荷物を失っていた。
それでも、旅人だった。
「兄さんは、この国が嫌いかもしれないけど……。
僕は、ここで育って……だから……」
レイビスの脳裏に、グーリッジの姿が浮かぶ。
ロレンから、事の顛末を聞かされた。
人違いだ。
そんなこと、ありえない。
誰かに、騙されていたんだ……。
そんな考えで、頭がいっぱいになる。
(兄さんが……そんな嘘をつくなんて思わない、けど……)
そこから先の言葉がなかった。
ロレンが視線を落とし、口をつぐむ。
再び、重い沈黙が降りた。
「……僕は、この国から、差別をなくすんだ」
レイビスは、グーリッジの背中を思い浮かべた。
遠いところに歩いて行ってしまうような、広い背中を。
「グーリッジさんが、差別せずに僕を育ててくれたように、
……今度は僕が教師になって、いろんな壁を無くしていきたい」
「……そう、か」
ロレンは一つだけ頷いて、レイビスを目に映した。
「なら、もう旅には誘わないよ。
レイビスにはレイビスの。
僕には僕の、やるべきことを、やろう」
レイビスは、大きく頷いた。
心の中に、大きく欠けた穴がある。
それを埋めるためにも、今は――勉強。
誰が、どんな噂を立てようと、関係ない。
レイビスの記憶の中のグーリッジは、
歪みを取り除き、正しい形に整える、
――誰よりも、聖騎士らしい人だった。




