エピローグ
クレディスが目覚めてから、数日が経過した。
ラウジは、買い出しから帰り、厨房に篭る親父と食材を仕込んだ。
突然の聖騎士団長の失踪。
満月の前夜に流した情報が功を奏し、クレディスの不在は、証拠のない団長殺しの噂と、ある任務の一環、または全く関係のないものに派生した。
当のクレディスが口を閉ざすうちは、しばらく問題はない。
追及される前に次のシナリオを作っておこう。
嘘が下手な友人のために。
店の前を、白い髪の二人組が歩き――
――カタン。
裏にあるポストに、次の仕事の依頼書が届いた。
*
レイビスは、ロレンと平民街と山の境界に立った。
ここまで無言で来た二人が、顔を見合う。
言いたいことが、たくさんあるのに、
言葉にすると、安っぽくて、言えなかった。
荷物を抱え直したロレンが、口を開く。
「――じゃ。お互い元気で」
それだけ……?
レイビスは、胸に湧いた言葉を飲み込んだ。
「兄さん……」
忘れないで。
とか、
悪魔が襲ってきても……ちゃんと、生き延びてよ。
とか。
もっと、気の利いた言葉を、ずっと探していたのに。
結局、最後の最後まで、言葉にしなかった。
でも――このままなんて……嫌だ。
「……今度、また本買うから。絶対、この探検記……書いてよ?」
ロレンは頭を掻いた。
「たはは……書かないつもりだったけど……。
じゃ、約束しようか」
「うん。約束」
指を絡める。
胸の内側に熱を留めるように、強く。
指が離れると、ロレンは林道に入った。
もう、振り返ってくれなかった。
*
パルチェスは、ベッドの上にうつ伏せになり、首だけを動かした。
隣で、父親がミサで言う文言を諳んじている。
パルチェスは、苦い顔を隠さずため息をついた。
「――では次、言ってみなさい」
「言うわけねぇだろ。何が妖精信仰だ。
目に見えねぇのに、どうやって祈れってんだ!」
少し声を上げるだけで、背中が痛む。
パルチェスは、うぐぐ、と呻いた。
「無理をするからだ。それに妖精は、目に見えなくとも、存在する。
祈りは、最後まで選択を放棄しなかったものにだけ、奇跡を起こすと言われている」
パルチェスは耳にタコができるほど聞いた文言に、けっと返事をした。
「何が奇跡だ。なら祈るから、早くこの怪我を治してみろってんだ」
父親がため息をつく。
「奇跡を願えば叶わない。お前にも、そのうち分かるときが来るだろう……」
父親は聖書と共に部屋を出て行った。
ぱたんと扉が閉められる。
足音が遠ざかった。
パルチェスはやっと一人になり、ふっと息を吐く。
そして、部屋に反響しないように、小さな声で呟いた。
「来ねぇよんなもん。こんなクソみてぇな、俺んとこに……」
これからも、祈ることはしないだろう。
形式上必要だったら、形だけ真似てやる。
だが、それだけだ。
奇跡なんて、願ったら、叶わないのだから――。
*
ディアンとクレディスは、アジト跡に来ていた。
ディアンは、仲間達の墓を作り、感謝を意味する緑と、白のポルルージュをリング状に編み、突き刺した木に掛ける。
クレディスはグーリッジの墓を作った。
中身は何もない。
悪魔が死んだときに跡形もなく消滅し、完全に失踪の状態になった。
クレディスは白いポルルージュの束を置き、跪いて、祈る。
ディアンはその様子を後ろから見ていた。
秩序と統制に狂い、悪魔に飲まれた。
コマとして使われても、クレディスにとっては大きな存在だったことは、その背中を見れば容易に理解できた。
クレディスが顔を上げる。
互いに用は済んだのに、しばらくその場を動かなかった。
静かだった。
仲間たちの声や、薪を割る音もなく。
平民街の喧騒や貴族街の匂いもない。
ここにいるのは、ただのクレディスと、ただのディアンだけ。
柔らかな日差しを受けて、クレディスの髪が風にさらさら揺れた。
背中越しに、ディアンが口を開く。
「――お前、団長になれよ」
クレディスは振り向かず言う。
「簡単に言わないでください。平民出身の私じゃ、なるのは、難しいでしょうね」
「あ、そっか。お前、人を動かすの下手だもんな」
「……」
クレディスが振り向き、睨む。
ディアンはふいっと目を逸らした。
「事実だし」
クレディスは何も言わず、二人の間に再び沈黙が降りた。
ディアンはため息をつき、山を降りるために歩き出した。
どうせ、クレディスもついてくるだろうと思った。
「――あなたは、これからどうするのですか?」
後ろからクレディスが聞く。
ディアンは立ち止まり、少し考えた。
頭の後ろに腕を回す。
答えは、見つからない。
だからこそ。
「この国を出る。旅をしてさ。海でも見に行こうかな」
「聖騎士になりませんか?」
ディアンは目を見開き、振り返った。
頭に回した手が落ちる。
「あなたの年齢なら、見習いから始められます」
――ちょっと、待てよ。
クレディスを見た。
――似合わねぇだろ。そんなもの……。
クレディスは、真面目一辺倒の目をしていた。
答えに詰まる。
喉まできた言葉を一度かみ殺し、早足で歩き出す。
後ろから、クレディスの足音がした。
地面に視線を落とす。
ディアンは、妙に落ち着かない気分のまま深呼吸をした。
そして、振り返る。
「考えておく」




