第22章 規則
1
執務室に、ノックの音が響く。
入室したのは、第一部隊第三班の隊長だった。
「虎の排除が完了しました」
グーリッジは、ちらりと置き時計を確認し、ふん、と鼻を鳴らす。
報告が遅い。
隊長に目をやり、じっくりと観察する。
肌の具合。
微かな呼吸の興奮。
たしかに、仕事を終えた直後のようだ。
となれば、遊んでいたということか。
グーリッジの眉がピクリと寄った。
「それと――」
小隊長は、少し俯き加減で言うか言うまいか、一瞬の迷いを見せた。
「聖騎士内部に紛れ込んだ部外者を発見しました」
グーリッジの目が細まる。
……部外者か。
小隊長は、緊張した面持ちで続きを言う。
「聖騎士を騙り、任務妨害の現場に立ち会いました。間違いはありません」
正式な職務報告。
十分評価に値する。
だが。
グーリッジは表情を崩すことなく聞く。
「……もちろん、対処したのだよな?」
「いえ……それは……」
小隊長は口ごもった。
デスクの上で組んだ指に、力が入る。
「……そうか」
「……」
小隊長は、自分の首を締めたことに気が付いた様子で、額に汗を滲ませた。
自然にため息が出る。
立て続けの不祥事。
統治・統制の厳しさが、また浮き彫りになった。
「……もうよい。ご苦労だった。下がりなさい」
小隊長が退室する。
グーリッジは顎に手をやり、窓辺に立った。
先日の傷害事件と、今回の部外者は――別人だ。
だが、確実につながっている。
その中心にいるのが――。
コンコン。
思考が遮られる。
グーリッジは、少し間を置いてから入室を許可した。
クレディスが、部屋の中心まで歩き、正しい姿勢を取る。
その手には、錆びて古い剣が握られていた。
2
クレディスは、グーリッジに許可を取り、古剣を手渡した。
一瞬だけ、グーリッジの茶色の目に、愉悦のような光が宿る。
クレディスは目を逸らし、それ以上深く考えないようにした。
距離を取る。
部屋の真ん中で、休めの姿勢をとった。
「……報告を聞こう」
古剣を丁寧にデスクに横たえたグーリッジが口を開いた。
クレディスは一点を見つめながら短く答える。
「対象者を、適切に処罰しました」
「そうか」
グーリッジは満足して頷いた。
そして、問われる。
「どう考えた」
課題の回収。
昔から、グーリッジの指導はここから始まる。
「……結論は、出たか?」
クレディスは、曖昧に頷くしかできなかった。
答えは出した。
だけどそれは、思考の末ではなく。
「……規則に、従いました」
そうせざるを、得なかったから。
「規則に従うことが、正しい。
――そう思うか?」
グーリッジが、クレディスの心の内を正しく代弁するように言った。
「――はい」
それだけは、確かだった。
「そうか」
グーリッジは頷くと、椅子に腰かけた。
デスクに両肘をつき、組む。
そして、たっぷり時間をかけて、口を開く。
「先ほど、お前の班の副隊長が、聖騎士を騙る何者かによって斬られる事件が発生した」
「――……」
クレディスは、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。
副隊長……?
脳裏に、パルチェスの顔が浮かぶ。
簡単に斬られるやつではない。
何かの間違いのはずだ。
クレディスの淡い希望的抵抗は、グーリッジの言葉で完全に否定された。
「第一部隊が、その様子を目撃したと証言を上げた。
……なにか、心当たりはあるか?」
心当たり。
聖騎士を騙る何者か……。
ラウジの顔が浮かぶ。
いや。
そんなはずがない。
クレディスは首を振った。
「……いえ」
クレディスの目が伏せられる。
何かの、間違いだ。
そんなことが、あるはずがない。
グーリッジが、状況をまとめるように冷徹に響いた。
「不祥事が立て続けに起きている。
それも、お前の周りでだ」
「……」
否定できない。
グーリッジの言葉に押され、角に追い詰められるようだ。
「聖騎士の詐称。
殺傷行為。
内部情報漏洩活動。
……お前なら、どうする?」
「……」
脳裏に、処罰の対象、という文字が浮かび上がる。
だが唇を噛んで、否定する。
正しくない、弱い自分がそこにあった。
「クレディス」
グーリッジに名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「――正しくありなさい」
「……っ」
クレディスは溺れたような錯覚に陥った。
心の中にあった柱から、手を放してしまったような感覚。
息が、できない。
「制圧は、不可避だ。
問題は――誰が、執行するか」
グーリッジは、そこで言葉を区切った。
ラウジが、執行される……?
ズキ、と心臓の鼓動に痛みが走った。
……当然だ。
これだけの罪を犯しているのだから。
でも、その役目は。
「……私に、やらせてください」
溺れていたクレディスは、柱を掴む。
ラウジは、聖騎士の服を着ていた。
その時点で内部活動も予測できていたのに、処罰をしなかった。
それが、そもそも間違っていた。
クレディスは、自分の罪を認識した。
正しくあるべきだ。
ラウジを、自分の手で処罰することが、正しい行いで、
同時にそれが、自分への制裁の一つだと感じた。
宣言すると、
呼吸が楽になった。
一本の柱が、明確に立つ感覚があった。
「よろしい」
グーリッジは、満足そうに頷いた。
「内密に済ませなさい」




