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第22章 規則

 執務室に、ノックの音が響く。

 入室したのは、第一部隊第三班の隊長だった。

「虎の排除が完了しました」

 グーリッジは、ちらりと置き時計を確認し、ふん、と鼻を鳴らす。

 報告が遅い。

 隊長に目をやり、じっくりと観察する。

 肌の具合。

 微かな呼吸の興奮。

 たしかに、仕事を終えた直後のようだ。

 となれば、遊んでいたということか。

 グーリッジの眉がピクリと寄った。


「それと――」

 小隊長は、少し俯き加減で言うか言うまいか、一瞬の迷いを見せた。

「聖騎士内部に紛れ込んだ部外者を発見しました」

 グーリッジの目が細まる。

 ……部外者か。

 小隊長は、緊張した面持ちで続きを言う。

「聖騎士を騙り、任務妨害の現場に立ち会いました。間違いはありません」

 正式な職務報告。

 十分評価に値する。

 だが。

 グーリッジは表情を崩すことなく聞く。

「……もちろん、対処したのだよな?」

「いえ……それは……」

 小隊長は口ごもった。

 デスクの上で組んだ指に、力が入る。

「……そうか」

「……」

 小隊長は、自分の首を締めたことに気が付いた様子で、額に汗を滲ませた。

 自然にため息が出る。

 立て続けの不祥事。

 統治・統制の厳しさが、また浮き彫りになった。

「……もうよい。ご苦労だった。下がりなさい」

 小隊長が退室する。

 グーリッジは顎に手をやり、窓辺に立った。


 先日の傷害事件と、今回の部外者は――別人だ。

 だが、確実につながっている。

 その中心にいるのが――。


 コンコン。

 思考が遮られる。

 グーリッジは、少し間を置いてから入室を許可した。


 クレディスが、部屋の中心まで歩き、正しい姿勢を取る。

 その手には、錆びて古い剣が握られていた。


 クレディスは、グーリッジに許可を取り、古剣を手渡した。

 一瞬だけ、グーリッジの茶色の目に、愉悦のような光が宿る。

 クレディスは目を逸らし、それ以上深く考えないようにした。

 距離を取る。

 部屋の真ん中で、休めの姿勢をとった。

 

「……報告を聞こう」

 古剣を丁寧にデスクに横たえたグーリッジが口を開いた。

 クレディスは一点を見つめながら短く答える。

「対象者を、適切に処罰しました」

「そうか」

 グーリッジは満足して頷いた。

 そして、問われる。

「どう考えた」

 課題の回収。

 昔から、グーリッジの指導はここから始まる。

「……結論は、出たか?」

 クレディスは、曖昧に頷くしかできなかった。

 答えは出した。

 だけどそれは、思考の末ではなく。


「……規則に、従いました」

 そうせざるを、得なかったから。


「規則に従うことが、正しい。

 ――そう思うか?」


 グーリッジが、クレディスの心の内を正しく代弁するように言った。


「――はい」


 それだけは、確かだった。

「そうか」


 グーリッジは頷くと、椅子に腰かけた。

 デスクに両肘をつき、組む。

 そして、たっぷり時間をかけて、口を開く。

「先ほど、お前の班の副隊長が、聖騎士を騙る何者かによって斬られる事件が発生した」

「――……」

 クレディスは、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。

 副隊長……?

 脳裏に、パルチェスの顔が浮かぶ。

 簡単に斬られるやつではない。

 何かの間違いのはずだ。

 クレディスの淡い希望的抵抗は、グーリッジの言葉で完全に否定された。


「第一部隊が、その様子を目撃したと証言を上げた。

 ……なにか、心当たりはあるか?」

 心当たり。

 聖騎士を騙る何者か……。

 ラウジの顔が浮かぶ。

 いや。

 そんなはずがない。

 クレディスは首を振った。


「……いえ」


 クレディスの目が伏せられる。

 何かの、間違いだ。

 そんなことが、あるはずがない。

 グーリッジが、状況をまとめるように冷徹に響いた。


「不祥事が立て続けに起きている。

 それも、お前の周りでだ」

「……」

 否定できない。

 グーリッジの言葉に押され、角に追い詰められるようだ。


「聖騎士の詐称。

 殺傷行為。

 内部情報漏洩活動。

 ……お前なら、どうする?」


「……」


 脳裏に、処罰の対象、という文字が浮かび上がる。

 だが唇を噛んで、否定する。


 正しくない、弱い自分がそこにあった。


「クレディス」


 グーリッジに名を呼ばれ、はっと顔を上げる。


「――正しくありなさい」


「……っ」

 クレディスは溺れたような錯覚に陥った。

 心の中にあった柱から、手を放してしまったような感覚。

 息が、できない。

  

「制圧は、不可避だ。

 問題は――誰が、執行するか」

 

 グーリッジは、そこで言葉を区切った。

 ラウジが、執行される……?

 ズキ、と心臓の鼓動に痛みが走った。

 

 ……当然だ。

 これだけの罪を犯しているのだから。

 

 でも、その役目は。


「……私に、やらせてください」

 

 溺れていたクレディスは、柱を掴む。


 ラウジは、聖騎士の服を着ていた。

 その時点で内部活動も予測できていたのに、処罰をしなかった。


 それが、そもそも間違っていた。

 

 クレディスは、自分の罪を認識した。

 正しくあるべきだ。

 ラウジを、自分の手で処罰することが、正しい行いで、

 同時にそれが、自分への制裁の一つだと感じた。

 

 

 宣言すると、

 呼吸が楽になった。

 一本の柱が、明確に立つ感覚があった。



「よろしい」

 グーリッジは、満足そうに頷いた。

「内密に済ませなさい」


 


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