第21章 伸びた魔の手
1
背中に強烈な熱さを覚えたパルチェスは、
唐突に薄れた意識の中で、走馬灯のように記憶が走った。
――警戒、してたんだけどな……。
記憶がフラッシュバックする。
ディアンを逃がしたあと――
休暇を申し出て、馬鹿正直に記録をつけちまったのが悪かったか……。
*
記録通り、パルチェスは一度実家に戻った。
ディアンには召喚は不可能だと言ったが、そう思いたかったのは自分だったから。
うろ覚えなんかじゃなく、神話を確かめに行く必要があった。
道すがら、チッと舌打ちが出る。
(あんとき見てればよかったな)
邪魔な親父のせいで、赤髪ともあまり話せなかった。
時間と情報が足りない。
(あのクソガキ、ちょっとくらい大人しくしてろっての)
盤上が狂う。
だが、これが絶好の機会なのが、余計に苛つく原因だった。
裏口から入り、書庫へ向かう。
案の定、助祭や親父に咎められたが、すべて適当にあしらった。
十年前の記録は、かつて親父が調査したもの。
処罰される前の、悪魔崇拝者の聞き取りと、実際の見聞。
双環の像の紛失。
それ自体は問題ない。
パルチェスは、神話を開いた。
天使の像の破壊。
かつての、祈りの象徴――それを壊すことで、悪魔が召喚された。
これが二百年前の出来事だ。
今、祈りの象徴は――。
「白いポルルージュ――になるよな」
花言葉は――祈り。
クソがつく親父からの手紙にも毎回添えられているし、
一般にも広く使われている。
十年前は、壊しやすいように像に括り付けられていた可能性が高い。
あるいは、形式を守っていたためか――。
パタン、と本を閉じた。
妖精の本を取り出す。
黒くキラキラした目を持つ可愛らしい妖精の絵が描かれたページに、開き癖がまだついていた。
もう見飽きたんだ。
こんなもの。
祈ったって、奇跡は起こらなかった。
自分の足で動いたら、少しマシになった。
祈りなんかじゃ、誰も、救えない。
聖騎士見習いになる前に気づいたことだった。
妖精なんて。
奇跡なんて。
「くそくらえ」
強めに本を閉じ、書庫を後にした。
昼の出勤まで、寝ればいい。
かつての部屋に入り、木箱を適度に広げて横になった。
――嫌な感じだ。
昼の出勤。
パルチェスは、後ろにいる巡回中の聖騎士の視線が気になった。
巡回コースを外れるように、細い路地を曲がる。
「……あ?」
前からも、二人聖騎士が来た。
後ろには三人。
見回りだった聖騎士が距離を詰める。
通りを半分過ぎたあたりで、挟まれた。
パルチェスは、舌打ちした。
「――んだよ。なんか用か?」
前にいた聖騎士の一人が口元に笑みを作って言う。
「お前が、パルチェス、だな。今から罪状を言う。大人しくしていれば、ことを荒げずに済むはずだ」
「罪状ぉ?」
パルチェスは眉を上げた。
男は気にせず、罪状をそらんじた。
「一、貴族に対する不敬発言。公的秩序を乱したこと。
一、上官の制止を無視した職務継続。命令違反。
一、秩序を乱す言動による現場の混乱。不用意な発言。
よって、お前を拘束、場合によっては投獄する」
パルチェスは、頭を掻いた。
「全く心当たりがねぇな。貴族に対する不敬発言くらいか。
ところであんたら――第一部隊の連中だろ?
皇族貴族のお相手をせず、第二部隊の真似事たぁ、どういう命令系統だ?」
パルチェスは男に詰め寄った。
「団長の差し金か? 言え」
男は口元に余裕の笑みを浮かべて言った。
「言葉に気を付けるんだな。お前は罪人。
抵抗すれば、教会に甚大な被害が及ぶぞ?」
パルチェスの頭に親父が浮かんだ。
「くそが」
パルチェスは目の前の男を睨みつけた。
後ろから来た聖騎士に両脇をロックされる。
文字通り、抵抗はしなかった。
男の拳が、鳩尾に入る。
「ガ――ッ!」
続けて肘鉄、膝蹴り、剣の柄。
人の痛みを知り尽くした暴力が、容赦なく浴びせられる。
男らのシナリオは、すでに決まっていた。
――パルチェスの激しい抵抗にあい、やむを得ず斬り捨てた。
最初から、拘束、投獄など、ぬるくやるつもりはない。
そんなこと、最初から分かり切っていた。
「――げほ」
力なく口から血の塊を吐き出す。
何発殴られたか、分からない。
建物の壁にもたれかかるように腰をつき、荒い息で胸を上下させた。
「おいおい。まだ、話しはこれからだぜ?」
パルチェスの胸倉が掴まれ、膝が浮き、つま先でぶら下がるような恰好にさせられる。
抵抗はしない。
そのつもりだった。
(――ああ、でも……)
やっぱ……無理だ……。
十分殴られた。
この現場で、この五人を殺すとして。
証言者がいない。
正当防衛、と判断される可能性は、残念ながら、ほぼない。
だけど、このまま黙ってなぶり殺しになるのは、性に合わない。
最後まで親父に、くそが付くほど迷惑をかけることになっても。
――選択肢は自分で掴む。
パルチェスの手が、ゆっくりと動いた。
胸倉を掴む手を、握る。
「お? いいのか? 抵抗したら――」
パルチェスの目がギロリと力を持ち、腰の剣を抜きざまに首を斬る――
これで、戻れなくなる。
自分も、向こうも。
……その、はずだった。
「――が……は……っ」
ぽたり。
ぽたり。
赤い血が足元を濡らす。
パルチェスの剣は、男の首の皮を薄く切っただけで、
――カラン……
手からすり抜け、乾いた音を立てた。
急速に身体から力が抜ける。
背中に、嫌な違和感を感じた。
ぱっくり割れているような。
「……」
意識が、途切れる。
それに、抗う。
走馬灯が白く濁り、息が、浅くなる。
(死ぬかもなぁ、これ……)
地面に倒れ伏す前に、誰かの手が身体を支えたのが分かった。
寝かされる。
それ以外のことは、分からなくなった。
2
力の抜けたパルチェスの身体を丁寧に支え、ゆっくりと寝かせたラウジは、実行犯である五人の聖騎士を見た。
パルチェスに首を薄く斬られた聖騎士が、混乱し、言葉にならない声を上げる。
「だ、だ……、おま……なんの、つもりで……」
ラウジは、怒りを抑えながら感情を排除して言った。
「俺は、第二部隊長の命令を受けて、執行補佐としてきました。罪人が抵抗の意思を示した場合、斬って良いと言われています」
「だ……第二……? 部隊長命令……?」
第一の五人は口々にラウジの言葉を繰り返した。
ラウジは、早くパルチェスを治療院に運びたかった。
「あなた方の目的は、達成されましたよね。
こいつは、俺が責任をもって運びます」
「待て。どこへ運ぶつもりだ? まず、お前は誰だ。所属名と、名を答えろ」
ラウジは、ため息を一つついた。
「俺の素性を聞いて何になる?
第二部隊長に確認を取るのか?
その場合、この私刑も当然白日の下にさらされることになるが、いいのか?」
五人の顔に力が入った。
エリートコースを歩んでいると疑わない貴族は、リスクを拒むことをラウジは知っていた。
「俺は、一向にかまわない。この件も、報告しなければならない。
……団長の耳に入るのも、時間の問題だな」
「ま……待て」
男の顔が青ざめた。
ラウジがすかさず距離を詰める。
「――嫌なら、こうしよう。
適正に処理し、目的は達成できた。
トラブルはなく、目撃者もいない。……そうだよな?」
男が頷く。
ラウジはふ、と薄く笑った。
「お前らの顔に傷がつくことは無い。互いに、良い判断をした」
それから顎で聖騎士本部を差し、短く言う。
「時間がない。行け」
聖騎士らは腑に落ちない様子だったが、反論できずにぞろぞろと歩いて行った。
遠くで、負け惜しみのように唾を吐く音が聞こえた。
「……やるじゃ……ねぇか……」
パルチェスのかすれた声が聞こえた。
ラウジは駆け寄った。
「……すまない。もっと、浅く斬るつもりだった」
パルチェスが男の首を落とす寸前、苦肉の策で、こうするしかなかった。
もし間に合わず首が落ちていたら、穏便に済むはずがなく。
聖騎士殺しとして、団長主導のもとで粛清されていたのだから。
*
「俺が通りを出た時、お前に会った。
それからは、お前が知っている通りだ」
自室のベッドに腰を下ろしたラウジは、淡々と語った。
横にいるディアンは、何も口を挟めず、ただ黙って聞いていた。
時折、ラウジの拳が震えるのを、目に映していた。
助けるために、斬るとか――バカだろ、こいつ……。
それでも、心のどこかで、それが最善手だということも、理解していた。
クレディスなら――もっとうまく斬れてたんだろうな。
ラウジは、一通り話し終えたらしく、しばらく口をつぐんで壁を見た。
「じゃあ、潜入は、もうしないのか?」
話題を逸らす。
パルチェスの話は、もう、終わりだ。
ラウジは一度だけ頷いた。
「ああ。お前の一件もあるし――目立ち過ぎた」
「……そっか」
言葉が続かない。
ラウジは一度大きく息を吐き、ふらりと立ち上がった。
「もうすぐ開店だ。何かしていた方が、気がまぎれる」
「でも、手、震えてんぞ?」
ラウジは大きな手をディアンの頭に乗せた。
「お前が聞いてくれたから、かなりマシになった。
――お前も手伝え」
いつものラウジのトーンに似せてる。
人を斬るって、そんなに重荷なのか……。
なら――
「なぁ、クレディスの弱点とか、知ってる?」
階段を降りるラウジの動きが止まった。
「――弱点? あいつにまた勝負を挑むのなら、やめておいた方がいい。
お前じゃ、天地がひっくり返っても勝てないぞ」
「いいから。なんかある?」
疲弊させて、弱点を突けばいい。
ディアンは真っすぐにラウジを見た。
ラウジの視線が下がる。
考える時の癖だ。
そして、少し間をおいてから答えた。
「あいつは、迷うとダメだな」
「迷い?」
なんだそりゃ。
迷わせればいいってことか?
ディアンの胸中を察したようにラウジが付け足した。
「あいつは迷っても、太刀筋だけは迷わない。
バカなことを考えてないで、働け、居候」
「……」
いつもの調子を取り戻したように見えた。
店が開店すると、すぐに客でいっぱいになった。
ラウジが料理を持って行った常連客は、少し手を付けてすぐに帰る。
逆に、騒ぐだけのやつは長く居座った。
――ああ。
ディアンは、パズルのピースがカチッとはまったような音を聞いた。
情報を流してるのか。
ここは――
情報屋の巣窟ってわけだ。




