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第20章 友達

 ディアンは、ポケットに手を突っ込みながら黄色の道を歩いていた。

 酒場に向かう。

 その後ろや横を、本を抱えたレイビスが、ちょろちょろしてついてきていた。

 ……ああ、うぜぇ……。

「今からどこいくの?」

「……別に」

 レイビスはディアンの顔を覗き込み、大きな目を瞬かせた。

「なんか、元気ない?」

 うるせぇよ。

 眉に皺が寄るのが分かった。

 ふん、とレイビスから顔を逸らす。

 通りかかった高級な時計店のショーケースが目に入った。

 さらに歩くと、スーツの仕立て屋、婦人服店、と続く。

 その中に、風に乗って、小麦の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 小麦と砂糖が溶けあった匂い。

 くんくん、と鼻が反応する。

 腹の奥が空っぽで、そこからぐぅと音が鳴った。

 こんなのは日常茶飯事なのに、間の悪いことに、隣にいたレイビスに音を聞かれてしまった。

「ディアン君、パン、食べる?」

「――え?」

 レイビスが急に走り出し、店に入った。

 ディアンは、ベーカリーの看板がかかった店の前で足を止める。

 中にいる人が、レイビスを見て一瞬眉を顰めた。

 レイビスは気にしていないようにパンを選び、カウンターに持って行く。

 すぐに出てきた。

「――じゃ、向こうで座って、一緒に食べよう?」

 不幸の子。

 そう思われているのは、本当のようだった。

 その作り物の笑顔を、ディアンはあまり直視できなかった。


 通りを移動して、噴水のある公園のベンチに座る。

 ここは、香水や貴族の匂いが薄く、無意識に深くため息が出た。

 レイビスが、買ったパンを取り出す。

 顔くらいある、大きなメロンパンだった。

 甘い香り。

「ディアン君、ちょっと、持っててくれる? 半分に分けてほしいんだ」

 レイビスがパンを渡した。開いた手で、鞄を探っている。


 ――分ける?


 ディアンは立ちこめる香りに誘われて、一口、齧った。


 ――甘い。


 続いて、二口目。

「あー! ちょっと、分けてって言ったじゃん!」

 気づいたレイビスが待ったをかける。

 ディアンは、齧りついたまま視線だけを向けた。

(……分ける?)

 ディアンの動きが固まった隙に、レイビスは下半分を千切った。

 そして、大きく口を開け、ディアンと同じように齧りつく。

「美味しいね!」

 今度は、屈託なく笑った。

「――あ……うん」

 もう一度齧る。

 なぜか、一口目より、少し美味しく感じた。


「……ねぇディアン君、その……」

 レイビスが口ごもる。

 風が木々を揺らし、木陰から漏れた光が、レイビスの髪を鮮やかに照らした。

「この前は、ごめんね」

「……」

 ディアンは、食べるのをやめ、俯いた。

「でも、本当に友達になりたいんだ。……やっぱ、だめ……かな?」

 友達。

 ディアンも、ずっと欲しかったもの。

 だけど、それが、どんなものなのか、よく分からなかった。 


「――ディアン君?」

 不安そうなレイビスの声で意識が戻る。

 ディアンは、口を開いた。

「――友達って、何するんだ?」

 ディアンの問いかけに、レイビスは、うーん、と考える。

「一緒に会話して、一緒にご飯食べて……そんだけ」

「そんだけ?」

「……そんだけ」

 レイビスも自信がなさそうだった。


 ディアンが噴き出す。

「――じゃ、こういうのが、友達ってことか?」

 レイビスも、つられて笑った。

「うん。こういうのが、友達」

 胸の奥が、なんだかくすぐったい。

 二人は、しばらくの間、肩を震わせた。



「お前、なんで普通に出歩いてんだよ」

「なんでって?」

 レイビスは、首を傾げてディアンを見た。

 そして、鞄に仕舞った本を取り出し、袋を開ける。

「今日は兄さんの探検記がないか探しに来たんだよ。

 これがそう」

 ディアンは探検記を受け取った。

 広い海。

 遺跡。

 大きな街。

 手書きの絵と、説明。

 二人は、目を丸くしてページを捲った。

「……すごい……!」

 目を輝かせるレイビスに顔を向ける。

「お前、明日ロレンと一緒に国を出ろ」

「え……?」

「旅に出て、いろんなとこに行ってこいよ」

 正直、少しだけ羨ましかった。

 国を出て、

 異国の地で過ごす。

 またどこかに旅をして、

 ――自由だ。

「ロレンも、明日、お前を連れて出て行くって言ってるぜ」

「えっ」

 レイビスは本から顔を上げて、口をあんぐりとあけた。

「よかったじゃねぇか。兄弟なんだろ?

 こんな国なんかより、もっと広い世界を――」

「僕は嫌だよ!」

 ディアンの言葉を遮り、レイビスが叫んだ。

 立ち上がった拍子に、膝にあった本がぱさりと落ちる。

「勝手に、何言ってるのさ。

 僕はこの国から出て行く気なんてないし、

 教師になる夢だってあるんだ!」

「……教師?」

 ディアンは首を傾げ、レイビスの言葉を繰り返すことしかできなかった。

 頭に思い浮かべたのは、教官として剣を教えていたクレディスで、

 ——いや。

 違うか。

 レイビスが目指してるのは、もっと普通の、子どもに教える教師、だろう。

 レイビスは、落ちた本を拾い、ぱんぱんと土を払った。

「僕、もう帰って、勉強しないと」

 ディアンは、グーリッジの屋敷を思い浮かべ、

 ……どうしてか、胸が鋸で引かれるような、ぎりっとした痛みを感じた。

「――だめだ」

 レイビスの腕を掴んで、首を左右に振る。

「は? だめって?」

「グーリッジに利用される」

 レイビスの眉が寄り、ぱっと腕を引いた。

「……どういうこと?」

 ディアンは、全部を話そうと口を開いた。

 満月の夜。

 宝。

 神話。

 だけど、それぞれが頭の中でごちゃごちゃと混ざり合っていて、

 うまく説明ができない。

 レイビスは目を怒らせて、口をへの字に曲げた。

「――グーリッジさんがそんなことするわけないでしょ!

 恨みがある誰かが勝手にでっちあげた噂なんかに流されないでよ!」

 その勢いに乗せられ、頭に熱がこみ上げる。

「噂じゃない! 事実だ!」

「そんなの信じるわけないでしょ! 僕はもう帰るから!」

 レイビスは、肩を怒らせて、風を切るように歩いて行った。

 ――何だあいつ。

 面白くなくて、ベンチにどかりと座る。

 関係ないんだ。

 どうなろうと。

 なにが起きようと。

 グーリッジさえ、誘き出せれば。

 そのはず……なのに。


 風が髪を揺らし、噴水の音が頭を冷やす。

 胸に篭った熱のはけ口が、塞がってしまった。

 もやもやと、ギザギザした何かが、ずっと中にある。

 ディアンは、ぐしゃぐしゃと髪を掻いた。

「あー、もう……っ!」

 ベンチから勢いよく立つ。

 何勝手に出歩いてんだ。バカが。

 貴族に狙われててもおかしくねぇのに。

 そんなことを悶々と考え、グーリッジの屋敷の方面――赤の通りに向かう。

 少し早足で歩いていると――路地に抜ける横道から、白い制服の男が、

 血相を変えて出てきた。

「――あ」

 ラウジだ。

 そう言うより先に、ラウジがディアンを見つけ、両肩に手を置いた。

「ディアン、教会へ走れ!」

「……教会?」

 事態が読み込めず、首を傾げる。

 建物の間にある細い通路で、誰かが地面に伏せていた。

 近くに落ちている剣。

 白い制服。

 明るめの紫の猫毛――

「ディアン!」

 叫ばれるように名を呼ばれ、意識が向く。

 ラウジの頬や、制服に、赤い染みがついていた。

「早く行け!」

「――っ!」

 叱責するように強い口調だった。

 身体が、意図せずに動く。

 白の通りへ――教会へ。

 馬車の荷台に乗り継いで、全力で――。

 

(……なんでだ……?)


 敵のはずだ。

 いなくなれば、いいはずだ。

 なのになんで、走っている……?


 なんで、嬉しくないんだろう……?

 分からない。

 明日、必要だから……。

 そうだ。

 ――……違う。

 

 教会に転がり込んだディアンは、法衣を纏う誰かに縋りつき、

 言葉がごちゃまぜになりながら、伝えた。


 ピクリ、と法衣が震えた。

 


 担架に乗せられたパルチェスは、まだしぶとく息があった。

 その時にはラウジはいなくて――。

 首を回すと、

 一般人に紛れて、黒っぽい服装で遠巻きに見ているのが目に入った。


 何があった……?

 どうして……。


 問い詰める勢いで、ラウジのもとへ走った。



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