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第19章 この処罰は、正しい

 ディアンが屋敷から出て行ったことを、執事が律儀に報告してから、少し経った。

 背の高い振り子時計が、カチ、カチと時を刻む音が、やけに大きく聞こえる。

 一通り話し終えたアルトゥールが、酒の並べられた棚を開けた。

 選んだ瓶と、ガラス製のグラスを手に取り、踊りだしそうな足取りでテーブルに持ってくる。

「――君もどうだい?」

「……いえ、僕は……」

 カーペットの外側に立ったままのロレンは、ゆるく首を振った。

「――十年前のことだったかな。

 私は、とある山奥の開けた場所で、悪魔の召喚に立ち会ったことがあるんだ」

「え……?」

 グラスに液体を注ぎ、水で割ったアルトゥールが、急に話し始めた。

「すべての宝が揃い、あと一つというところで、邪魔が入った。

 聖騎士と、影のような何者かが割り込み――乱闘になった」

 グラスを傾け、喉が上下する。

 ロレンは、目が離せなかった。

「幸いなことに私は遠い場所にいたのでね。斬られたり殴られたりしなくて済んだが……。

 ひと悶着終えると、像が紛失していたんだ」

「……」

 立ち会っていた、というのは、ただの薄っぺらい見栄じゃないか。

 ロレンの胸に粘ついたものが張り付き、気分が悪くなる。

 アルトゥールは酒に濡れた唇を持ち上げた。

「最近になって、その像を盗賊団の頭が持っていることを知ったんだ。

 そして――十年前の試みと同じ場所に、アジトがあった」

「アルトゥールさん……いったい、何が言いたいんですか」

 ロレンの足が、勝手に一歩引いた。

 聞きたくない。

 これ以上……この部屋にいたくない。

「私は思いついたんだよ。

 血の祭壇の再利用をね。

 それが見事にうまくいったとき、この日が現実になることを確信した」

 アルトゥールは残りの酒を一気に飲み干し、

 ぎらついた目をロレンに向けた。

「ロレン君」

 ぞわ……っ!

 ざらざらした舌で背中を舐められたように、悪寒が走る。

「悪いが君には、明日までここにいてもらうよ」

 ――悪魔だ。

 欲にまみれた、黒い悪魔。

 ロレンは、潰れそうになった喉を必死に動かして、

 予測通りの言葉を真っ向から反論した。

「……僕は、必要ない、と思います……」

 アルトゥールの目が細くなる。

 ひ、とひくついた喉を叱責し、次の言葉を言う。

「――血……っ! 血があれば、成立するはずですので。

 今から僕の血を取って、それで、終わりです……!」

 足が震える。

 声が裏返った。

 だけど、これでいい。

 伝承にもあった。

 必要なのは、命じゃない。

 ただの血だ。

 だから――。

「ああ、そうか……」

 アルトゥールの納得した言葉で、腰が抜けそうなほど安堵した。

「それはつまり――君をここに閉じ込めていたら、何度だって呼べるということだね?」

「え……――」

 頭が、真っ白になった。

(な、何を、言って……)

 唇が震える。

 アルトゥールがベルを鳴らすと、すぐに執事がドアを開けた。

「部屋に連れて行きなさい」

「ま――待ってください! そんな、強引な……!」

「やはり、君を選んでよかったよ」

 ロレンの腕が後ろに回され、電撃が走ったように痛みが駆け抜ける。

 その時――。


「旦那様、大変です――」

 若い執事が血相を変えて転がり込むように部屋に入った。

 アルトゥールが顔をしかめる。

「いったい何事だ」

 若い執事が説明する前に、廊下から複数人の気配が近づいてくる。

 いや、かちゃかちゃと、硬いものが触れるような金属の音。

 曲がり角から現れた金髪の聖騎士は、ロレンを見るや否や、サッと表情を変えて、

ロレンを拘束している執事を鋭く見た。

「――何をしているのですか!」

「あ……いや、これは……」

 執事がアルトゥールに助けを求めるかのように視線を投げる。

 ロレンの腕が自由になった。

 聖騎士が、連れている部下に視線を投げて命じる。

「保護してください。あとで事情を聴きます」

 ロレンは数名の聖騎士を見て、パルチェスを探した。

 ……いない。

 安堵するような、逆に心細いような、もやもやしたものが湧く。

 金髪の聖騎士は、アルトゥールを真っすぐ見た。

「あなたが、アルトゥール・レインハルトですね?」

 アルトゥールは聖騎士を睨み、嫌悪感を露にするように口元を歪めた。

「私は屋敷に上がる許可を出していないが、どういうつもりだ?」

「あなたには罪状があります。従わない場合は、処罰の対象になります」

 聖騎士は部下に罪状を渡し、読み上げるように言った。


 一、脅迫・強要行為

 一、盗品関与の疑い

 一、違法取引の嫌疑

 一、故意による治安悪化の扇動


 アルトゥールの眉に皺が寄る。

「以上の罪状により、

 身柄の拘束および、司法判断までの隔離を命じます」

 部下は紙を丁寧に丸めると、形式ばって聖騎士に返納した。

 アルトゥールは目に憎悪を湛えてクレディスを睨む。

「……よくもまあこんなでたらめばかり、でっちあげられますね」

「……確保してください」

 クレディスの言葉で、後ろに控えていた部下が動き出す。

 アルトゥールは取り押さえられまいと、部下の手を振り払った。

 大声で喚く。

「やめろ! 薄汚い手で触るな! こんな冤罪あってたまるか!」

 聖騎士は、まるで公的手順を確認するかのように冷たい声で言った。

「従ってください」


 警告の言葉は、アルトゥールの大声に搔き消された。

 暴れる、

 と言っても過言でないほど大きい身振りで、唾が飛び散る。


「グーリッジを呼べ!

 お前らが間違っていることを――」

 そこから先の言葉は、アルトゥールの喉から出ることはなかった。


 鎖骨から胸、腹にかけて、斜めに一本赤い筋がスーツを濡らす。

 金色の刺繍が見る間に赤く染まっていった。

 

 一歩。

 二歩。

 

 歩いて、

 前のめりで倒れた。


 聖騎士は剣先の血を振り払い、鞘に収める。

 地面に広がる血が聖騎士と、後ろで青ざめるロレンの姿を反射した。

「……あ……あ……」

 ロレンの喉が、勝手に震える。

 目の前で行われたことが、なにも理解が追い付かなかった。

 青白い光を宿した聖騎士が、部下に伝える。

「さらなる公的執行の妨害と逃走・扇動行為が認められたため、執行しました」

 記録係のペンが走る。

 金髪の聖騎士は部屋の中に入り、壁にかかっている古剣を手に取った。

 ロレンに視線を一切向けずに部屋を出た聖騎士が、廊下を引き返す。

「この処罰は――正しい」

 誰にも聞こえないほどの微かな声で呟かれた言葉が、なぜかロレンの鼓膜を揺らし、

 動けないでいるロレンを、近くにいる聖騎士がつついて歩かせた。


 助かった……? 

 いや……。


 ロレンが振り返り、血だまりに伏せるアルトゥールを目に映す。

 屋敷の執事も、聖騎士らに連行されていた。


(この国は……本当に、嫌いだ)


 気持ち悪い……。

 国も、人も、信仰も――、


 全部。


 嫌いだ。



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