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第18章 成金貴族

「ディアン君、朝ですよ」

 肩を揺らされる。

 ディアンは、瞼を震わせて、むくりと起き上がった。

 ここは……宿か。

 はっと目が覚める。

 古剣。

 満月。

 明日。

 断片的な記憶が次々に現れる。

 ディアンは、荷物をまとめているロレンの背中に声を掛けた。

「今日、貴族の家に行くんだよな?」

「ええ」

「俺も行く」

 ロレンは、予測していたようにため息をつき、渋々首を縦に振った。


 馬車に乗り込む。

 動き出した後、ディアンはロレンの隣に座り直し、肩にかけている鞄の近くに移動した。

「なぁ、昨日の紙、もう一度見せてくれよ」

「ちょっと、勝手に手を突っ込まないでください!」

 返事を待つ、なんて悠長に構えてられるか。

 ディアンは四つ折りになった用紙を取り出し、昨日の続きに目を通し始めた。

 代用。

 双環の像。

 このあたりだ。

「……ん?」

 血の祭壇に、宝を正しい位置に置くことで召喚条件が達成。

 後は像を壊せばいいのに。

 《悪魔についての記載なし。失敗か》

「なあ、なんで失敗したんだ?」

 ディアンは紙から顔を上げ、ロレンを見上げた。

「ええと――」

 ロレンは鞄から手帳を取り出した。

 こまかなメモ書きがびっしり書かれている。

「かつての教会の方がこの記事を書いたときには、宝はそろっていたのに、像だけがなかったそうですよ。壊された跡も」

「……」

 ディアンは、親父のテントにあった像を思い浮かべた。

 ……どこも、欠けていなかった。

(どういうことだ――?)

 正解がそこにあるのに、思考が流れ落ちていく。

 親父が……持ち出したってことか……?

 一拍遅れて、やっと思考が一歩進む。

 ディアンはおでこに手を当てて唸った。

(関係ねぇ。……今は、明日貴族とグーリッジが動けばいいんだ)

 そのためにも、古剣の在処を突き止めるのが先だ。

「――なぁ、古剣は、どこにあるのか知ってるか?」

 ロレンはディアンの手から用紙を回収しながら、そっけなく言った。

「知りません。それに、悪魔の召喚なんて……これ以上協力するつもりはありませんので」

「もう十分やってんだろ」

「仕事でしたので。でも僕は明日、レイビスを連れてこの国を出て行きます」

 ディアンはふぅんと窓の外を見てしばらく黙った。

 明日。

 満月の夜。

 すべてが終わる。

 

 馬車が、貴族の屋敷に着いた。

 

「やあロレン君」

 アルトゥールが上機嫌で迎え入れ、応接間に通された。

 壁際に置かれたいくつもの置物が照明を受けて、ギラギラ光って落ち着かない。

 アルトゥールはソファにどかりと座り、足を組んだ。

 その対面に、ロレンが静かに腰かける。

 腹の上で指を絡めたアルトゥールが、顎をしゃくってロレンに発言を求めた。

 ――イヤなやつ。

 ディアンの口に苦さがこみ上げる。

「これが、調査結果です」

 ロレンが用紙を差し出すと、アルトゥールがぶんどるように手を伸ばした。

 視線が紙を滑る。

「――なぁ」

 その間すら惜しい。

 ディアンは本題を切り出した。

「宝全部ほしいんだろ? 古剣、何処にあるんだ?」

 アルトゥールの視線がちらりと上がる。

「集めなくていいのか?」

 なんでこんなに余裕なんだ?

 ディアンは首を傾げた。

 アルトゥールはふ、と鼻を鳴らし、口もとをにやりと歪める。

「すでに持っている物を集めるなんて、ばかなことをするわけないだろ」

「は……?」

 すでに、持っている……?

「見たいのか?」

「……別に」

 アルトゥールは、読みかけの用紙を手に持ったまま立ち上がった。

「実物を見たいなら、見せてあげよう。

 ……こっちだ」

 そう言って、応接間を出て行く。

 妙に軽快で、機敏な足取りだった。

 お前が見せたいだけだろ。

 胸に湧いた言葉を吐く前に、アルトゥールの背中が消える。

 自然に、ため息が漏れた。

 でも、どんなものか見ておくのも悪くない――か。

 ディアンはアルトゥールの背中を追った。

 向かった先は、リビングだった。

 全身の鎧兜が威圧するように立ち、鹿のはく製が壁から突き出ている。

 床に敷かれたカーペットが、見慣れない異国の模様だった。

 古剣は――

(うげぇ……)

 レンガ造りの暖炉の上に、これ見よがしに剣が壁にかかっている。

 明らかに異質な光を放つ、錆びた剣が、異様に空気を重くしている。

 いや、強すぎる香水のせいなのかもしれない。

 ディアンは、部屋に足を踏み入れることに躊躇した。

「この剣は国の宝だからね。

 私もこうやって貴重に保管して、毎日磨いているんだよ」

(どこが貴重に保管だよ)

 これ見よがしに飾ってるじゃねぇか。

 ――簡単に盗めそうだな。

 ディアンの見積もりに全く気付かないアルトゥールは、リビングの真ん中のソファに座り、用紙の続きを読み始めた。

「悪いが君たちはカーペットを踏まない位置で、この部屋を存分に見て回ってくれ」

「……」

 眉をひそめた。

 

 古剣はあった。

 もうこの屋敷にも用はない。

 ディアンは、部屋に入らず、ロレンの裾を引っ張った。

「俺、もう出るから」

「え、そんな勝手に……!」

 その時、アルトゥールの声が響く。

「天使の像の代用……祈りの象徴を壊すのが召喚条件だと書いてあるが――」

 ディアンの足がぴくっと止まる。

 祈りの象徴を……壊す……?

 読んでいない部分だ。

 ロレンが部屋に足を踏み入れた。

 ディアンも貴族のリビングにつま先を向けたが――ぐっと身体に力を入れた。

 ――関係ねぇ。

 なにを代用しようが。

 どうなろうが。

「……」

 じゃあな、ロレン。

 背を向けて、玄関に向かう。

 この香水の匂いが苦手だ。

 屋敷に、長くいたくなかった。


 ――どちらに行かれるのですか?

 執事、それに門番と――適当に話して外に出た。



 やることが、なくなっちまったな。

 明日まで。


 肩の力が抜けるような――それでいて胸がざわざわと落ち着かない。

 なにか、動いていないと、気が狂いそうだ。

 ディアンは頭を掻きむしりながら黄色の通りを歩いた。


 ――カランカラン。


 ドアに付けられた鐘が鳴る。

 ひょこひょこした足取りで現れた白髪と、バチっと目が合ってしまった。

「あーっ!」

 本屋のドアの前、数段ある階段の上から見下ろされ、指をさされる。

 空白の胸に、じわっと渋いものが広がる。

 なんで、こんなところに、こいつが。

 

 レイビスは、胸に本を抱えて、

 ちょこまかした足取りでこちらに寄ってきた。



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