第14章 潜入!聖騎士本部 後半
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(――なんだ、クレディスじゃねぇのか……)
見習いが何人も来たから慌てて防具を着たのに、
――違った。
道着の着方が悪いと言われ、直された挙句、
腕立て伏せをさせられた。
型だ、基礎だ、構え方だ、素振りだ、
バカらしい内容に辟易した末に、訓練が終わったようだった。
そして、別の訓練生が現れ、それに紛れたのに、
――また違った。
でも、さっきよりは実戦寄りだった。
木剣を打ち合わせる音が絶えず響き、教官が怒鳴り声を飛ばしている。
「腰が高い!」
「足を止めるな!」
……やってらんねぇ……。
ディアンは教官の目を盗み――訓練準備室へ戻った。
そして――鐘が鳴る。
次に来た訓練生は、どこかピリピリとしていた。
雑談が少ない。
その中で、ひそひそとした声が、より一層訓練場に響いた。
「今日は実戦あるんだろ……?」
「クレディス先生に指名されたら、俺、自信ねぇよ……」
実戦? 指名?
ディアンの胸に、キラキラしたものが湧き上がった。
すっかり慣れた整列の中に紛れる。
やがて、引き戸の向こう側で、影が動いた。
皆の背筋が伸びる。
(――来た)
静かに戸が開き、木剣を手にしたクレディスが訓練場に入った。
それだけで、空気が引き締まる。
普段の白い制服ではなかった。
袖の短い、黒いシャツ。
緩く開いた胸元。
そして、淡い金髪を無造作に後ろに束ねている姿に、目が吸い寄せられた。
鐘が鳴る。
「――では、訓練を始めます」
静かな声なのに、ディアンの背に何かがピリピリ走り――
いつの間にか周りと同じように伸ばしていた。
クレディスが笛を鳴らすと、訓練生が広めに間を取る。
ディアンも、それに倣った。
「まずは、基本の型をおさらいします」
また、型……?
どうでもいいだろ、そんなこと。
肩の力を抜きかけた――その時。
クレディスが剣の持ち方、角度、力の入れ方を説明しながら実演して見せた。
一拍置いて訓練生も型をなぞる。
型は、さっき習ったからできるけど……。
その足運び、重心の移動、目線。
どれをとっても、無駄がなくて――気がついたら、息を飲んで見てしまっていた。
ふと、クレディスが二列目の真ん中に並ぶディアンに目を向けた。
ぴくっと、クレディスの指先が動く。
キュ、と靴音を鳴らして真っすぐ向かってきた。
ディアンの息が詰まり、顔に付けた防具の奥で、冷や汗が流れた。
(バレたか……?)
「――あなた」
眼前に立ったクレディスの腕が伸びた。
どきん、と心臓が大きく跳ねる。
「――っ」
動けなかった。
藤色の目が近づいて、ふわっと、木と金属の匂いが鼻を掠めて――。
身体が硬直して、防具の下で、親父に怒られるみたいに身が縮んだ。
ばち、と目が合ったのに、
クレディスは眉を少し顰めるだけだった。
帯が軽く引っ張られる。
「これから実戦ですので、訓練着は正しく着用してください」
きゅ、きゅと帯が締められ、腰に程よい圧迫感を覚える。
クレディスはディアンに気づかず、再び説明に入って離れた。
内容が全然頭に入ってこなかった。
呼吸が苦しい。
(なんなんだ、こいつは……!)
いや、それより――
なんで、動けなかったんだ?
絶好のチャンスだったじゃないか。
ディアンは、ぎりっと奥歯を噛んだ。
(覚悟が……足りなかったんだ)
殺れ。
あいつを。
そのために、ここに来たんだ。
ディアンが睨んでいると、クレディスが笛を鳴らした。
「――では、これから実戦を行います」
統率の取れた動きで、訓練生が場を広く開けるように端に整列する。
ディアンその場を動かず、クレディスと向き合って木剣を構えた。
「何をしているのですか?」
クレディスの眉が少し寄った。
――本気じゃねぇな。
ディアンの唇が持ち上がった。
外野に出た訓練生がそわそわと顔を見合わせる。
「実戦って、こういうことだろ?」
強く踏み込んだディアンは、クレディスの顔面に叩きつけるように木剣を振り下ろした。
カンッ!
と乾いた音が耳をつんざいて、腕全体に衝撃が走る。
――防がれた。
と思う暇もなくクレディスが木剣を滑らせ――ディアンの手から剣を絡めとるように剣先が動いた。
「あっ!」
手から剣が弾き飛ばされる。
木造の床に、カランカラン、と音が響く。
ディアンの眼前に切っ先が付きつけられた。
「これで、詰みです」
「――っ! まだだ!」
ディアンは遠巻きで目を見張る訓練生の列に突っ込むと、一人の手から木剣を奪った。
違う軌道で、クレディスに殴りかかる。
勝てればいいんだ。
どんな手でも。
盗賊団では、そう教わってきた。
一撃、二撃、力を込めて振るう。
クレディスは身を反らして避け、距離を取った。
「型の動きではありませんね」
「うるせえ!」
ディアンが踏み込んだ時――再び木剣に衝撃を感じた。
指先が痺れ、次に続かなかった。
再び、剣先が目の前にピタリと止まる。
クレディスの目に、冷ややかな光が宿った気がした。
だがそれも一瞬のことで、
剣を下げると同時に、全体を見回して言う。
「――このように、基本ができていれば、対処するのはたやすいです」
基本――?
あの型のことだ。
でも、それがなんだ。
型通りの動きなんかで――、
そこまで考えて、クレディスの動きを思い返した。
外れて、ない……。
けど。
(舐めやがって――!)
カッと顔が熱くなった。
ディアンはまた剣を奪い、クレディスを睨んだ。
見返してやる。
呼吸を整えて――わざと肩を大きく動かした。
背中にある短剣の硬い感触が、心地よかった。
クレディスが剣を構える。
腕に力を込めようとしたが――痺れて痛みが走った。
隙がないのは、どうでもいい。
ディアンは剣を下から振り上げ――クレディスに迫った。
カンッ!
クレディスが振り下ろした剣が、ディアンと交わる。
ディアンは剣を手放し、背中に手を回すと――
短剣を引き抜き、クレディスの喉を狙って切りつけた。
プシ、
っという手ごたえが右手に響く。
閃いた銀に反応したクレディスが頭を振って回避したが、
切っ先が走って、頬と耳の外側を浅く切り裂いた。
静寂。
何もかもが止まったような、息ができない一瞬が過ぎる。
ぽた。
床に、赤い血が落ちた。
騒ぎ立つ外野の声と、ディアンの荒い息。
クレディスの目に――青白い光が宿った。
(やべっ!)
ディアンは身を翻した。
ヒュ!
と風を切る音がしたころには、先ほどまであったディアンの腹の位置に、剣が突かれる。
ディアンはわき腹を掠め、焼かれるような痛みが脳に走った。
「――ってぇ!」
勝てない。
あの本気のクレディスには。
ディアンは出入り口の引き戸を勢いよく開け、廊下を走った。
重たい防具を脱ぐ。
汗で湿った服や髪に風が入ってきて、涼しいのに、身体の奥底から湧き上がってくる熱で、上がった息が全然整わなかった。
(――やった! 届いた!)
クレディスの頬に傷をつけた!
頬が引き上がり、口元が上がったまま、降ろせない。
どこを走っているのかも分からない。
手ごたえがまだ残っている。
達成感が胸を満たして、血を滾らせ――なにも考えられなかった。
*
クレディスは頬に走る熱を手首で抑えた。
ぬるっとした感触と、鉄の匂い。
久しぶりの感覚だった。
唇が少し持ち上がって、冷めた胸に、熱がうねるのを感じた。
息を飲んだ生徒たちの視線が突き刺さる。
「――油断、しました」
防具の奥の目が、陰になって亜麻色に見えていた。
だが、間違いない。
クレディスの脳裏に、夜空に輝く金の目が浮かぶ。
――どうして、ここに……?
クレディスは、思考と共に血を拭い、生徒に向き直った。
「皆さんは、こうならないようにしてくださいね」
「せ、先生……」
生徒の一人がおずおずと声を掛ける。
「追わなくて、いいんですか?」
……追う?
ああ。
思考が、一瞬滑るような感覚だった。
――正しく処理をするべきだ。
「ええ。追いましょう」
そう遠くないどこかに、隠れているはずだ。
捕らえるのは、たやすい。
……協力者が、いなければ。




