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第14章 潜入!聖騎士本部 前半

 ラウジの後を追っていくと、貴族街にほど近い、静かな一角にたどり着いた。

 酒場から、そこまで離れていないが、街の喧騒とは少し外れた、静かな場所だった。

 石造りの二階建ての建物の前で立ち止まる。

 振り返ったラウジの視線が、建物の影に隠れるディアンの位置を正確に射止めていた。

 チッ。

 と思わず舌打ちが漏れる。

「出て来い、ディアン」

 ラウジの静かな声が、暁の空気に溶け込む。

 ディアンは仕方なく角から身をさらし、肩をすぼめた。

「なんで、分かるんだよ」

「さぁな。適当に名前を言ったら、当たった」

「そんなんで誤魔化されるわけないだろ」

 ラウジは腰ベルトにつけた鍵で扉を開けた。

 慣れた様子で、中に入り、壁にかかったランプに火を付け、手に持った。

 簡素な部屋だった。

 中央にテーブルと椅子。

 洗い物の済んだキッチン。

 木と石と――ほのかな金属の匂い。

(なんか、むず痒いな……)

 足から背筋をピリピリした何かが駆けあがり、意味もなく身体をさすった。

「ここ、お前の家?」

 ラウジの後ろ姿に問いかけたが、何も返答がなかった。

 違う気がする。

 隠れ家ってわけでもなさそうだ。

 ラウジが階段を上っていった。ランプの明るさが遠ざかり、ディアンも続いた。

 二階は簡単なベッドとデスクがあった。

 書類が何枚か残っている。

 ラウジはランプを置き、部屋の奥の引き戸を開けて――白い制服を取り出した。

「あっ」

 ピン、と頭の中で、

 クレディスの剣を渡してきた、あの日のラウジが繋がる。

 じゃあ、この家は――。

 月明かりを受けた金髪を思い出す。

 寒気に似たものがゾゾゾと駆け巡り、ディアンはぶるりと身を震わせた。

「お前とクレディスって、なんなんだよ……!」

 制服を着たラウジは答えずに、引き戸の下に立てかけられていた剣を腰に差した。

 剣の横で、何かがきらりと光る。

 ラウジはランプを持ち、ディアンの前を通って階段を降りていく。

 ディアンは、後を追う前に――そっと引き戸に歩み寄り、

 剣の隣で光った何かを確かめるために手を伸ばした。

 革と、硬い感触。

 剣より、だいぶ短い。

(これって……) 

 ――短剣だ。

 革製のホルダーの上から、手で触って確かめる。

 普段ラウジがさしている物よりも、刃の部分が真っすぐなようだ。

 ディアンは、背中に隠すように短剣を身に付け、ラウジの後を追って下に降りた。

 ラウジは、少し急いでいるようだった。

 ランプをもとの位置に戻し、火を吹き消す。

 途端に真っ暗になったが、ラウジが開いたドアの隙間から外の明かり差し込み、

 部屋の中を冷たく照らした。

「早く出ろ」

 ラウジの手招きに従って、素直に出る。

 ドアを閉める所作も、かなり慣れている様子だった。

「お前さ、いつも昼間潜入してんの?」

「いつも、じゃない」

「俺も連れて行ってくれよ」

 ラウジは、短くため息を落とした。

「お前が入れる隙間は、そんなにないぞ」

「簡単だよ」

 ディアンは、胸の空いた穴から、一つの情景を思い出すことができた。

 思わず、にやりと口が歪む。

「業者の荷物の影になればいい」


 明るくなってきた。

 朝日が山に遮られて、空の明るさがぼんやりと貴族街を照らす。

 青い道を歩いていた。

「クレディスは、お前のこと幼馴染とか言ってたけど、

 おかしくねぇか?」

 幼馴染、という言葉を聞いた瞬間に、ラウジの手がピクリと震える。

 そしてディアンを目に映した。

「――あいつが、そんなことを?」

 普段より、少しだけ声が高かった。

「違うのか?」

 ラウジは、ディアンから視線を外した。

 何かを考えるみたいに、少しだけ間が落ちる。


「……あいつには、両親がいない」


「――え……」

 よくある話、のはずなのに。

 どうしてか、頭の中に衝撃があった。

 歩幅を早めて、ラウジの隣に追いつく。

「だから、幼馴染っていうのは、俺にとっては少し違う」

 ラウジは、少しだけ懐かしむように顔を上げた。

「お前が使っている部屋は、あいつが騎士見習いになるまで使っていた部屋だ」

「……」

 ディアンの周りだけ、空気が薄まった。

 口だけパクパクと動くが、何も言葉にならない。

 心臓の鼓動が指先にまで届くようにじんじんと響いた。

 

 しばらく無言で歩いた。

 気が付くと、聖騎士の本部が城のように聳え立っていて、

 白い壁の高い塔が、朝日を受けて厳かに光っていた。

 ラウジの大きな手が、ディアンの肩に乗る。

「俺は正面から行けるが――お前は裏からだ」

 そう言って、細い路地を指差す。

 ディアンは頷いて路地を見たが、すぐにラウジに視線を戻した。

「お前は、ここで何をするんだ?」

「いらない詮索をするな。

 お前が捕まっても、俺は何もしてやれない。

 それだけは覚えておけ」

 ラウジはそれだけ言うと歩調を早めて聖騎士の一人として歩いて行った。

 ――分かってるよ。そんくらい。

 

 一人での方が気楽だ。

 ……そのはずだ。


 ディアンは少しその後ろ姿を見た後、路地を抜け、裏口を確認する。

 しばらく待っていると、荷馬車が通りかかった。

 積み荷の木箱に、広い布を被せている。

 業者は一人。

 悪くない。

 ディアンは馬車の後ろからそっと乗り込み、木箱の蓋を一つずらした。

 野菜の漬物がぎっしり詰まっている。

 積み荷の異常。

 こうしていれば、検閲の聖騎士の注目はここに留まるだろう。


 馬車が裏口の門の下を通りかかり、ディアンは木箱の影に回った。

「止まれ」

 検閲官の低い声がする。

 ディアンは止まった車輪の間からするりと荷台の下に入り、地面を這った。

「この木箱はなんだ。説明しろ」

「え? 木箱がどうしたんです?」

 業者が馬から降りる。

 ディアンはそろりと荷台の下から抜け出し、門を抜けた。

 『要検閲』と書かれた張り紙と、積まれた様々な形状の木箱が目に付く。

 息を詰めたディアンは、足がもつれそうになるのを堪えて、

 木箱の隙間に身を滑り込ませた。

 ぎりぎりだった。

 ばくんばくんと心臓が脈打ち、身が縮む。

 数秒後、木箱の前でカチャカチャ音が鳴り――ディアンは息を殺して身を固くした。

 音が通り過ぎる。

 ディアンは肩を緩めて、金の目をせわしなく動かす。

(ここが――聖騎士の本部……!)

 石畳の広い中庭と、白い建物がいくつも並んでいる。

 朝靄の中、木剣を打ち合わせる乾いた音が遠くから響いていた。

 壁沿いの建物の影に、壊れた馬車の一部や、資材が乱雑に置かれている。

 ディアンはそろりそろりと場所を移動し、

 藪に隠れ、コケの生えた古い建物の角から、ちらりと首を出した。

 洗濯物が、風に揺らめいている。

 大きなガラスに面しているが――人の気配はない。

 ディアンは白い制服を手に取り、すぐに影に回った。

(思った通りだ)

 少し緩いが――見習いの制服だ。

 袖を通した途端、なぜか胸が弾んだ。

 カーン、カーン、カーン。

 と、何かの合図の鐘が鳴る。

 ディアンは肩をびくりと震わせたが、宿舎からざわざわした声と足音が聞こえ、

 深く息を吐いた。

 額の汗をぬぐう。

 一斉にどこかに向かっているようだ。

 ――紛れるか。

 ディアンは足音の方向へ歩き出す。

 正面の出入り口付近で流れに合流し、蟻の行列の一部になる。

 向かい風から、食事の匂いが漂ってきた。

 食堂に向かっているようだ。

(なんか、ざわざわする)

 ディアンは、胸を抑えた。

 何かの一部になったような、変な気分だった。

「今日、剣の講師ダルいよな」

 後ろの見習いが気の抜けた声で誰かに話しかけていた。

「細かすぎんだよな、クレディス先生」

 ディアンの耳が、ピクリと動く。

 ――講師?

 あいつ、そんなこともしてるんだ。

 ディアンは、周りに気づかれないように口元を手で覆って肩を揺らした。

 このまま、潜入していよう。

 ついでに飯も食えるし。

 食堂は広いのに、人で埋まっていて、声が溢れていた。

 長テーブルの間の通路は、背中合わせの椅子で隙間が埋まっていて通れない。

 うるさい。

 邪魔。

 味が薄い。

 こんなの毎日食えるか。

 でも、腹に溜まる飯だった。


(――さて)

 見習い達の動きがまばらになる。

 クレディスの噂をしていた見習いを見失ったディアンは、

 食堂を出た後、腕を組んで立ち止まっていた。

 剣術の指導。

 なら、訓練場、だな。

 右、左と首を動かし、めぼしい建物に見当をつける。

 平屋の石造り。

 引き戸。

 誰かが、木製の剣を運んでいるのが目に入る。

(あそこだな)

 ペロ、と舌なめずりをして、向かった。


 広い訓練場の隣――訓練準備室と書かれた部屋の扉が、細く開いている。

 覗くと、薄暗い中に防具が吊るされ、小道具も雑に置かれていた。

 ディアンは隙間から身を滑り込ませ、手触りを確認するように、防具や道着をぺらぺら捲った。

 顔を隠せる。

(これ、使えるな)

 クレディスが来るまで、ここで待とう。

 そう思った矢先に、鐘が鳴り、ぞろぞろと足音が響いて来た。




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