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第12章 団長の屋敷 後半

壁際の本棚に分厚い本が並び、ところどころ斜めにもたれている。

 抜けた分は勉強机に平積みにされていた。

「座って。お菓子も用意してあるよ」

 ふかふかのソファと、低いテーブルの真ん中に置いてある籠。

 クッキーや、焼き菓子から香ばしい匂いがした。

「君が兄さんの知り合いだったなんて知らなかったよ。

 兄さんがこの国に来たことも。昨日、グーリッジさんから聞いたんだ」

 レイビスは向かい側のソファに座って、よく回る舌を動かした。

「二人は、いつ、どこで知り合ったの? たくさん一緒に冒険したの?」

 ……面倒くせぇ。

 辟易して口を閉ざしたディアンは腕組みをして部屋を見渡した。

 広いベッドに、小さなチェスト。

 枕もとにも本が置いてある。

 窓際に、書きかけのキャンバス。

 妖精の絵が、淡いテイストで書かれていた。

 ロレンが困ったようにゆっくり返答したところに、かぶせるようにレイビスがまた口を開いた。

「二人が一緒にいると、神話みたいだよね」

「神話?」

 ディアンとロレンの声が揃う。

 その様子に、レイビスがくすっと息を漏らした。

「だって、兄さんと幸福の子のペアでしょ?

 神話のセレーネと、テオドルトみたいじゃん

 ま、兄さんは今、髪染めてるから、見た目は違うけど」

「……どういう意味だ?」

 ディアンが興味を向けたことが嬉しかったのか、レイビスは頬を少し紅潮させて得意げに話した。

「この国の神話だよ。

 昔、白髪と金の目の双子の姉弟がいて、妖精のもとに仕えていたんだって。

 そして、セレーネのもとに悪魔が寄ってきたのを、テオドルトがやっつけた。

 だから、白髪は忌み嫌われて、君は希望の子、なんて言われるんだよ」

 レイビスの言葉の端に棘を感じ、ディアンの眉が少し寄る。

「君が助けてくれた時、すごく嬉しかったんだ。

 でも、正直、君に嫉妬してた。

 僕も、そっち側だったらよかったのに、って」

 ディアンの脳裏に、思い出したくない蹄の音が響き渡った。

 先頭で走り去る、クレディスの長い金髪も。

 ……ふざけんなよ。

 レイビスの言葉が無遠慮に胸の空洞部分を舐めざらざらとした痛みに襲われる。

 気づかないうちに、喉で止めたはずの言葉が、低く漏れていた。

「……え?」

 レイビスの動きが止まる。

 ディアンはソファから腰を上げた。

「不幸自慢するなら、他でやれ。

 俺は希望でも幸福でもない。

 ただの――」

 盗賊の生き残りだ。

 くっと強い力を込めて、言葉を飲み込む。

 ここに来た意味を忘れるな。

 こんなところで、無駄に時間を使ってられるか。

 ディアンはくるっと踵を返し、ドアに向かった。

「ま――まってよ、ごめん、僕、そんな、怒らせるつもりじゃ――」

 ディアンは振り返り、目でレイビスを黙らせた。

「外の空気を吸わせてくれ」

「あ――それなら誰かを――」

「一人になりたいんだ」

 扉を開けて、後ろを見ずに閉じる。

 廊下はしんと静まり、誰もいなかった。

 カラカラ、と窓の外で馬の蹄の音が響くと同時に、

 派手な装飾の馬車が勢いよく走り去るのが見えた。

(あいつ、勝手に帰りやがった……?)

 一瞬見えた表情は、明らかに憮然としていた。

 もともと、招かれざる客だ。

 何かの交渉が決裂したのかもな。

 そう思っていると、廊下の角から足音と、誰かの会話が聞こえてくる。

 ディアンは石柱の影に身を滑り込ませた。

「――レイビスの兄の名は?」

「探検家のロレン様です、旦那様」

 ――旦那様?

 全身の体温が一気に上がる。

 思わず荒くなる呼吸を、口を押えて耐える。

 レイビスの部屋がノックされ、ガチャ、と扉が音を立てた。

「やあ――君がロレン、だね?」

 穏やかな低い声がドアの奥に消える。

 ディアンは石柱の影から顔を出して、その後ろ姿を見た。

 ――あれが、グーリッジ。

 金と灰色の短髪。

 がっしりとした広い肩幅。

 グーリッジはディアンに気づくことなく、執事と共に部屋の中に消えた。

(貴族には出迎えなかったくせに、わざわざロレンには会いに来たんだな)

 よくわからない。

 少し思考に浸っていると、ピン、と頭に浮かぶものがあった。

(今なら、あいつの部屋に忍び込める)

 思うと同時に、身体が弾かれたように動く。

 屋敷の中央にある階段を音もなく昇り――カーペットの微かな消耗の跡を辿って、一つの扉の前にたどり着いた。

(ここだ)

 空気に、貴族の残り香が漂っていた。

 ガチャ……。

 鍵が、かかっていた。

 ディアンは胸ポケットから細い針金を取り出す。

 ——身体は、覚えている。

 数秒で、カチッと音がした。

 ドアを薄く開け、身体を滑り込ませる。

 書斎だ。

 部屋に染みついた本と、馴染まない香水の匂い。

 壁際の本棚は、どれも几帳面な並びでぎっしり埋まっている。

 部屋の窓際には作業用のデスクが置かれ、その下に箱が置かれていることに気が付いた。

 心臓が、早鐘を打つ。

 見るな、と思う心とは反対に、両手が、箱の上部をそっと開いた。

「――っ」

 王冠だ。

 宝石の外れた――ディアンが盗んだもの。

 それが、ここにある。

 ぶわっと身体が熱くなる。

 同時に、首筋に冷たい汗が伝い、寒気に似た震えに鳥肌が立った。

 箱を元に戻し、ドアに向かう。

 その途中、部屋の中央に差し掛かった時、ディアンの目が一点に留まった。

 背の低いガラス製のテーブルの上に、開きっぱなしで置かれている書類。

 とある場所が地図で示されていた。

 余白に、『杯』の文字が手書きされている。

 引き渡し場所の、情報提供?

 あの貴族が?

 ディアンの頭にはてなが浮かんだ。

 分からないことだらけだ。

 貴族も、聖騎士も、全部。

 でも、分かる必要なんてない。

 この計画を阻止したら、どんな反応をするんだろう?

 ディアンは地図を頭に入れ、素早く部屋から出た。


 一階に降りて、中庭に出る。

 手入れされた芝の感触が足から伝わって、心地が良かった。

 噴水の前で足を止め、建物の全体を俯瞰する。

 その時。

「勝手に出歩かれては困ります」

 初老の執事が後ろから声を掛けてきた。

 ディアンは振り返り、軽く舌を出した。

「悪ぃ。庭が綺麗だったからさ」

 執事は柔和に笑いながらも、ディアンに鋭い視線を向け、掌でロータリーの方角を刺した。

「まもなく手配した馬車が到着しますので、応接間の方でお待ちいただけますか?」

「ああ。いいぜ」

 下見はだいたい終わったし。

 ディアンは、素直について行った。


 馬車が来た。

 ディアンは、グーリッジとレイビス、従事者数に見送られながら、居心地悪く馬車に乗った。

 真正面からグーリッジを見たのは初めてだった。

「それでは。お邪魔いたしました」

 ぺこりと頭を下げて、ロレンが馬車に乗ってくる。

 出発する直前、もじもじとしていたレイビスが動き、慌てた様子で馬車に片足を乗せた。

「ちょっと待って! ディアン君……その、これ……」

 手に持っていた袋を差し出す。

 閉じ目に、紫色の花が括り付けられていた。

「お菓子なんだけど……その、受け取ってほしいなって……」

「……お菓子?」

 無視するつもりだったが、つい反応してしまった。

 レイビスがぱああと表情を明るくする。

「あのさ、もしよかったら……僕と、友達になって、ほしいんだ」

 勇気を振り絞るかのように、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 友達――。

 その言葉を引き金に、泉でのクレディスの言葉を思い出す。


『――あなたたちに共通するのは友達がいないというところです――』


「……っ」

 きゅっと胸が苦しくなる。

 ディアンは、息を詰めて掻っ攫うように菓子の袋を取った。

「あっ」

 レイビスの目がまた見開かれる。

 ディアンは顔を逸らし、声が震えないように低く呟いた。

「……友達には、ならない」

「え……」

 小さく洩れるレイビスの声が、なぜか耳に痛かった。

 もう話は終わりだ、顔だけでなく身体も逸らし、

 ディアンはソファに身体をうずめるような無恰好な姿勢になった。

「――レイビス」

 低い声が、諭すように落ちる。

 グーリッジがレイビスを馬車から引きはがすように肩を引いたのが分かった。

 馬車が動き出す。

 ディアンは詰めていた息を吐き、視線を落とした。

 なにが、友達だ。

 バカバカしい。

「大丈夫ですか? ディアン君」

 ロレンの優しい声も、今は胸を逆撫でるだけだった。

 ……なんでもねぇよ。

 そういう意味を込めて、ぶらついた足でロレンの足を蹴った。

「痛! ちょっと!」

 ロレンの声が馬車内に響いた。



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