第12章 団長の屋敷 前半
1
酒場が夜の営業を始める時間になった。
店を開けた途端に静かだった店内が音に満ち溢れ、がやがやとうるさくなる。
エールと肉、スパイスの匂いが混じり合い、注文がごった返した。
「――ディアン、これ、五番」
「ん」
ラウジが肉料理の皿を手渡す。
ディアンが一つ行くのに、ラウジは三、四個のテーブルに行っていた。
耳を掠める――噂。
――聖騎士一人が、盗賊団を壊滅させたらしいぜ?
五番卓に、大皿をどん、と置く。
ラウジの細身の身体が後ろを通ったと同時に、次の指示をされた。
「ディアン、ジョッキを九番」
「……ん」
カウンターの上の樽からエールを注ぎ、ついでに出来上がった料理を空いている手で持って運ぶ。
――金髪の聖騎士らしいぞ。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。
揃いも揃って同じ噂ばかりしやがって。
どん、とジョッキを置いた拍子に中身が少し零れたが、そんなこと、どうでもいい。
次のテーブルに行こうとしたとき、ひょいと後ろから皿を取られた。
スタスタと、ラウジが何事もなかったかのように歩き、ディアンから奪った皿を卓に置く。
あの卓の客は、常連だった。
(なんだよ……むかつく!)
奪われたことも気に食わない。
ディアンの胸にざらっとした硬いものが落ちた。
「ディアン、これを――なにむくれるんだ?」
「……別に」
差し出された皿を受け取り、卓番を見る。
三番テーブル。
男二人組がチビチビとジョッキを傾けている。
そのさなか、小さな声がディアンの鼓膜を震わせた。
「なあ、王冠の次は杯が盗まれたらしいぜ」
――杯?
「最近、聖騎士の動きがピリピリしてるから、
この犯人もすぐ殺されちまうかもな」
「はは。怖えな」
とん、とテーブルに料理を置く。
「――なあ、その話、詳しく聞かせてくれよ」
ディアンは空いていた椅子に腰かけ、
金の目を光らせて両腕で頬杖をついた。
2
翌日、ディアンは眠い目をこすりながら平民街を抜けた。
馬車の荷台に掴まりながら乗り継ぎ、ロレンのいる宿にたどり着く。
正面の扉から入ると、主人がキセルを吸いながらニュースペーパーを読んでいたところだった。
「なぁ、まだ赤髪のやつ、部屋にいるかな?」
主人はちらりとディアンを見て、表情を明るくさせた。
金の目……。と呟く声が聞こえた。
「ああ、まだ出掛けてないと思うぜ?」
ディアンは短く礼を言い、階段を上ってドアの前に立った。
どんどん、と拳でノックする。
どたた、と中から物音がした。
少し待っていると、そろっと扉が開けられ、赤い髪がゆっくり覗く。
「……ど、どなた――」
「よ」
片手を上げて、ドアの隙間から滑り込む。
「あ――ちょっと、ディアン君!」
ディアンは荷物をどかしてベッドに飛び込み、布団を頭から被った。
「馬車が来たら起こしてくれ」
眠い。寝不足だ。
寝過ごすのが怖くて、ラウジの家でもあまり寝られなかった。
ロレンの小言と、身支度の音が心地いい。
……うるさいはずなのに。
睡魔はすぐに訪れた。
「ディアン君、起きてください!」
「……ん~? もう……?」
瞬きした瞬間、たたき起こされた感覚だった。
宿の前に止まっていた馬車はロレンの送迎用とは違い、赤地に金の模様が眩しい、派手な見た目をしていた。
中に入ると、くつろいだ様子のアルトゥールが香水をぷんぷん匂わせながら横柄に座っていた。
ディアンは、挨拶するロレンの後ろにぴたりとくっつき、できるだけアルトゥールから離れるようにちょこんと座る。
馬車が走り出すと同時に、アルトゥールが口を開いた。
「あの遺跡について、何か分かったかな?」
ロレンの肩がピクリと揺れる。
肩に下げたショルダーバックから手帳を取り出し、該当のページを開いた。
喉が上下して、背中が少し丸まる。
「あれはやはり、宗教的な儀式の痕、と見るのが妥当でしょう」
「それはすでに理解している。問題は、何の痕か、ということだろう?」
ロレンは言葉を濁したが、アルトゥールは逃がす気はないようだった。
すでにある確証を裏付ける言葉を待つ間があった。
ロレンは、唾を飲み込み、静かに言う。
「――悪魔の召喚の儀です。
それも――古い時代の」
アルトゥールは、すぐには何も言わなかった。
ただ、目だけがゆっくり細くなる。
ロレンは手帳を睨み据え、口元を手で覆いながら続きを言う。
「伝承には、こうありました。
満月の夜、血の祭壇において、
王冠と、聖杯、古剣を定められた位置に置く。
そして、祈りの象徴――天使の像を壊すことで、悪魔が召喚された――と」
王冠、という言葉を聞いた途端、
ぴくりと指先が動いてしまい、拳を握って隠す。
それよりも、気になることがある。
「せいはいって――」
杯ってことか?
と呟いたディアンの声が貴族の高笑いで掻き消される。
「素晴らしい! もうそこまで調べ上げたのか!」
ロレンは首をすぼめ、アルトゥールから顔を逸らす。
……もう?
ディアンは喉の奥に違和感を覚え、貴族の腹に渦巻く臭いものを嗅ぎ取った。
「お前は、今日は何の用で団長と会うんだ?」
ディアンの声に、アルトゥールの口元が歪んで眉が寄る。
ソファにもたれ、肩で大きくため息をついた。
「大人の話し合いだ。子供は知らなくていい」
ディアンの目すら見ない。
「……感じ悪ぃな」
「こら、ディアン君!」
馬車の揺れが収まった。
カーテンがかかった窓をちらりと覗くと、手入れされた芝生の庭が見えた。
ここが、団長の屋敷。
馬車の扉が開き、アルトゥールが降りる。
ロレンより先に降りると、玄関に並んだ人物を睨むように見た。
どいつがグーリッジだ。
「おや、バーベレン卿のお出迎えは、なしですか」
初老の男が肩をすぼめる。
「大変失礼しております……。どうぞ、こちらへ……」
――出迎えてない?
ディアンはアルトゥールを盗み見た。
薄く笑っているが、腹の底は別だろう。
(歓迎されてない客……てわけね)
ディアンの胸が筆でくすぐられるようなおかしさがこみ上げる。
ギロ、と視線が下がったのを見て、ディアンは顔を逸らして下を向いた。
若い執事に案内されて、ロレンとディアンはレイビスの部屋の前に通された。
アルトゥールの屋敷とは違い、無駄な装飾は一切なく、洗練された印象の廊下だった。
廊下の窓際には、一定の間隔で石柱が壁から張り出している。
「レイビス様。ロレン様をお連れしました」
待ち構えていたかのように、すぐに扉が開いた。
白い髪に黒い目をした少年が、警戒心を露にしながら顔だけ覗かせていた。
「……」
「え……えっと……」
――ばたんッ!
ロレンが何か言う瞬間、すごい勢いで閉じられた。
慌てて使用人が何度かノックする。
ロレンは困りながら笑った。
「たはは……。どうしようかな……」
ドアの内側から、くぐもった声が聞こえた。
「証拠」
「え?」
「本当に兄弟っていう、証拠見せてよ」
妥当だな。
ディアンは腕を組んで廊下の窓際に寄りかかった。
廊下や屋敷の造りを頭にいれる。
「――ありますよ。証拠」
ロレンは、肌身離さずつけているロケットを手に取って、
薄く開いた扉の奥に見えるように、中を見せた。
ドアが勢いよく開かれる。
「本当に、兄さん、なんだね!」
レイビスが、満面の笑みを浮かべてロレンを迎え入れた。
(……やっぱ、こいつがレイビスだったのか)
平民街でふらふら歩いて人攫いに捕まってた、間抜けなガキ。
廊下にいるディアンと目が合った時、レイビスの黒曜石のような目がまん丸に見開く。
――ああ。そうか。
あの目。
妖精みたいな色なんだ。
ディアンの中で、何かがカチッとはまった。
「――君は……なんでここにいるの?」
ディアンは親指で雑にロレンを差した。
「こいつの付き添い」
表向きは、な。
ディアンは、心の中で舌を出した。
「兄弟水入らずで話すことがあるだろ?
俺はここで待ってるから、思う存分話して来いよ」
屋敷の構造、従事者の数も把握していきたいし。
ディアンの意識が廊下の奥の曲がり角に向いたとき、
ふいに左腕が引っ張られた。
「だめだよ! 君とも話したいことがあるんだから!」
「お――おい!」
ドアの奥へ引きずられる。
レイビスの部屋は広く、明るい日差しが差し込まれていた。




