150話 アズリア、自分の身体の異変
とはいえ、その内の二体は。先程のランディの爆発魔法で既に身体の半分以上が焼け、一体の表面では燃え移った火が燻っており。鈍重な動きがさらに鈍っている状態だ。
ならばその二体は後回しにし、アタシはまだ健在な二体に目標を絞ると。
「──ふぅぅ、ッ!」
一つ、息を吐いたのを合図に。アタシは「とある狙い」のために予め腕に力を溜め、二体の動く屍体へと接近を仕掛けた。
その二体の動く屍体は、というと。腕を伸ばしながら接近する歩行の軌道が重なり、互いの身体を接触させ動きを止めてしまっていたからだ。
どうやら動く屍体は、敵であるアタシらの位置を何らかの方法で把握していた反面。同じ動く屍体の位置は察知出来ないようだ。
だからこそ、互いに進路を妨害するような事態に陥っているのだろう。
だからこその好機。
アタシが狙っていたのは、二体の動く屍体を纏めて撃破する事だった。
勿論、騎士やランディが所持しているごく一般的な刃の長さや重量の剣ならば。二体同時に倒すなど、到底無理だったろう。
だが、アタシが握っていたのは。本来ならば両手でなければ扱えない幅広で重量のある両手剣なのだ。
ただ横薙ぎに振るだけでは威力が不足するかもしれない、と考えたアタシは。
動く屍体の腕が届かず、アタシの両手剣の刃だけが到達する、一歩直前で前進を踏み留まるや。
突撃した勢いを利用し、前方に踏み込んだ足を軸にその場でクルリと一回転し。一旦、動く屍体に背中を向けた。
「おら──よおッッ!」
そして、回転の勢いを力を充分に溜めていた剣に乗せて。
これまで片手で扱っていた両手剣の柄を、両手で握る。全ては威力を増し、二体の動く屍体を同時に薙ぎ倒すために。
右眼の力をここで開放出来れば、こんな面倒な手法を取らずとも。二体の腐肉ごと背骨を叩き斬る程度は、おそらく容易な筈だ。
だが、右眼の開放は代償があまりに重過ぎる。
だからこその回転斬りという手法。
これならば、きっと。
──だが、その結果は予想外だった。
「し、まッ⁉︎」
アタシは先程と同じく、背骨を両断してやろうと腹を狙ったつもりだったが。
直前に回転をし、目線を外した事で狙いに狂いが生じ。僅かばかり剣閃が下に向いてしまったのだ。
結果、一本背骨があるだけの腹ではなく。硬い骨が集まる腰へと剣を振るってしまったのだ。
思わず声を漏らしたのも、剣閃の軌道が下へと傾いたのを即座に察してしまったからだ。
人間の骨は意外にも硬く、生半可な威力では太い骨を断つのは困難だ。先程、既に動く屍体にされてしまった二人の騎士の剣撃が、骨で止められてしまったように。
粗悪な品質の剣で頭蓋のように厚く硬い箇所を叩けば、破壊されるのは頭蓋ではなく剣である。
充分に威力が乗っていたとして、一体の腰の骨を粉砕は出来ても。これでは二体纏めて倒し切る事はまず難しい──と直感した。
その時は。
「……え、ッ?」
だが──予想に反し。握っていた指に何の抵抗も感じずに、一体目の動く屍体の腰を完全に粉砕したアタシの両手剣は。
さらに剣の軌道の先、狙い通り隣接していた二体目の動く屍体の腰すら貫通していく。
当然ながら、二体目の腰骨も完全に砕けていた。
腰が吹き飛ばされた動く屍体二体は、その場に腰を失った四本の脚を残し、先程同様に上半身が地面に落下する。
「う、嘘……だろ、ッ?」
アタシは、倒した動く屍体ではなく。剣を握っていた手へと視線を落とし、凝視してみせた。
これまで、生死を懸けた戦闘は獣や魔物相手以外にはほとんどなく。従って、人間の腰骨の硬さを予想出来る程、試した経験はアタシには全くないが。
それでもまさか硬い骨を、何の抵抗も感じる事なく両断出来た事実がまだ信じられなかったからだ。
「まさか、この剣が特別だったとかッ──」
ふとアタシは思い出す。
半年前、ランディと共闘し悪名付きと死闘を繰り広げた時の事を。
いくら二人で交互に傷を負わせても、決定的な一撃を与えるに至らなかった戦況が一変したのは。あの時、既に息絶えていたナーシェンの所持品だった一本の長剣を拾ってからだ。
聞けば、聖銀なる稀少な金属で打たれたその剣は。これまでの苦戦が嘘のように、ランディの一撃で悪名付きの首を飛ばしてみせた。
だからアタシはこの時思ったのだ。もしかして、養成所から貸し与えられたこの両手剣が、特別な品質なのではないかと。
しかし、何度見返してみても。
「いや……やっぱり、普通の剣だ」
これまでに二度、鉄の加工が盛んな岩人族の街に足を運び。鍛治師のダルグとの親交を深めていたためか。
鉄製の道具や武具の質の違いを、少しは見抜ける眼をアタシは身に付ける事が出来ていた。
その眼でアタシは断言する。
粗悪ではないが、決して岩人族の街で並ぶ程に上質の鉄が使われている訳でもない。いたって普通の出来の両手剣だ。
武器が特別製でない、という事は。二体の動く屍体の硬い腰骨を容易に砕いたのは、間違いなくアタシの腕力頼みだったという話になる。
「……そういや、ついさっきも」
アタシは何の考えも無しに、地面を這い死に切れない動く屍体の頭を踏み潰してみせたが。
長らく放置され空洞となった頭蓋ならまだしも。まだ中身の詰まった頭を骨ごとひと踏みで砕くなど、そう簡単に出来る事ではない。
明らかに今のアタシは、自分が想定している以上に全身の筋力が増している。
動く屍体との戦闘での幾つかの出来事は、まさに筋力の成長を裏付ける何よりの証だった。
……と、あまりに思案に耽り過ぎ。
アタシは二体の動く屍体から目線を外した事を、すっかり忘れてしまっていた。
そう。
腰が砕けても動く屍体は死にはしない。腕で地面を這ってでも、攻撃対象目掛けて前進を止めないのだ。
その攻撃対象とは、間違いなくアタシの事だ。
だが、当人であるアタシは思考が内側に向いている余り。接近する動く屍体の魔の手に、全く気が付いていなかった。
這い続けていた動く屍体は。ついに腕を伸ばせば、アタシの足首に手が届く距離までに接近し。
殴れば金属鎧の装甲すら傷付ける怪力で、アタシを同じように地面へ引き摺り倒そうとする。




