149話 アズリア、ランディの疲労の理由
──すると。
「よし。なら、さっさと残りの敵も倒してしまおうか」
魔法を発動し終えたランディがいつの間にかアタシの横へと並び。腰の剣を抜唖然と口を開けて座り込んでいた騎士の前へと、歩み出るのを見て。
アタシは慌てて、ランディの参戦を制する。
「ま、待て待て待てッ……アンタ、あれだけの魔法使ったんだ、疲れてるだろ?」
彼を腕で制したのは、残り数体であればアタシ一人でどうにか対処が可能だ、と判断したのもあるが。
まさについ直前、一〇体以上いた動く屍体の約半数を巻き込んだ、範囲の広い攻撃魔法を発動してみせたばかりだが。
その前にも、仲間を巻き込まないよう範囲の狭い「炎の矢」を息も吐かせぬ連続で放ち。大きく息を切らしていたランディの姿を思い出したからだ。
魔法を使うためには、体内の魔力を消費する。魔力は体力と類似点があり、著しく消耗をすれば目に見えて身体の不調が表れる。
先程、ランディが大きく息を切らし、色濃く疲労を見せたように。
だからこそ、広範囲を炎で包む攻撃魔法を放っあランディには。戦闘を終えるまで休息を取って欲しかったのもあった──が。
アタシの腕を優しく払い退けたランディは。
「いいや? 全然平気だが」
心配して声を掛けたアタシに、まるで直前の魔法の疲労を感じさせないまま。平然とした態度で答える。
先程は、初級魔法を数発放っただけで息切れを起こしたにもかかわらず。少なくともその顔からは、疲労した身体を無理に押している様子は見えなかった。
本来なら体力を維持していた事を幸運に思い、ランディの参戦を歓迎すべき場面なのだが。
「い、いや、だってさ、さっきはッ──」
初級魔法数発での疲労と、より強力で広範囲の魔法を放ち平然とするランディの状態をどうにも理解が追い付かず。
アタシの悪癖が顔を持ち上げた。
疑問や興味が湧いた点に、どうしても納得がいく解答を求めてしまうという。
まだ半年の関係ではあったが、ランディもまたアタシの悪癖を理解してくれていたからこそ。
まさに今、アタシが納得がいく答えを欲している事に、気付いたのだろう。
「……はぁ」
ランディは一つ、諦めを含んだ溜め息を吐くと。顎に手を当て、僅かな時間だが思案に耽る。
おそらく、魔法が一切使えず魔法の事をあまり知らないアタシにも、短時間で理解が出来るような言い回しを考えていたのだろう。
──そして。
「あれは、少し無茶をして魔法の発動を短縮してみせたんだ」
「……無茶?」
「魔法、ってのは。一度発動してから次の魔法を使う時、どうしても間隔が空いてしまう。魔力を少しでも回復するために」
思案し、ようやく口を開いたランディの説明は。まるで養成所での魔法の訓練を彷彿とさせる。
魔法を一度使うと、体内の魔力はそれだけ減少し、次の魔法を放つための所謂「休息時間」を身体が欲してしまうという。
詠唱や予備動作を省略し、魔法を発動する速度をどこまで早めたとしても。休息時間を取らなければ、魔法を発動させる事は出来ない──と。
アタシはそう聞いていたのだが。
「俺は、その回復を待たずに魔法を使った」
「な、なるほど……だからあんなに早い間隔で魔法を」
ランディはあの時、息も吐かせぬ速度で三度連続で「炎の矢」を放ってみせた。
いや、機先を制して放った最初の一撃と合わせれば、合計四発を連続して。
まだ接敵こそしていなかったものの、敵の間近にまで迫っていたアタシらを巻き添えにしないために。得意とした広範囲の魔法でなく、敢えて攻撃範囲を絞った「炎の矢」を。
それ程に素早く魔法を発動出来た疑問が、今のランディの説明でようやく判明した。
と同時に、あの時ランディが行っていたのがどれほどに無茶な事だったのか、も。
「……ッ! それであの後、あんなに疲れた表情だったのかい」
「まあ、そういう事になるな」
再び声を荒げたアタシに対し、まるで何事もなかったように笑いながら返答するランディ。
確かに動く屍体が陣地へ迫り来る敵だと判明した時、サバランやイーディスの指摘で最初は接敵を躊躇したのは事実だ。
アタシらが接敵をするまでに、動く屍体を殲滅する必要から。ランディは無茶をした、という心情も理解は出来る。
いや。だからこそ、だ。
「そんな話を聞いたら、尚の事だ。アンタを前に出させるワケにゃいかねえよッ」
一度は払われた腕を、アタシは再びランディの眼前へと伸ばして、その行く手を阻んだ。
たとえランディが言うように、今は体力が回復していたとしても、である。
実は「無茶をしていた」と聞かされた後に、目の前の数体の動く屍体の殲滅にまでランディの手を煩わせるのは。アタシが許せなくなるのだ、自分の不甲斐なさを。
両手剣を握っていた指に、さらに力が込もり。ミシリ……と、握り締めた剣の柄が軋む音が鳴り。
アタシの視線が、会話をしていたランディから数体の動く屍体へと向く。
「さっさと片付けるから、待っててくれよッ」
要は、アタシが迅速に動く屍体を倒せなかったから、ランディに要らぬ心配を掛けたのだ。
これ以上ランディの懸念を減らすには、やるべき事は一つしかない。
「い、いや、違うんだアズ──」
前に出るのを阻止されたランディが、何かを言い掛けたが。
その言葉を出し切るよりも早く、アタシは腰を低く落とし、その場を離れていた。
目の前の動く屍体を残らず倒すために。
低い姿勢のまま、一番近い目標へと一気に距離を詰めると。力の溜めを行わず、動く屍体の急所である頭を狙う事もなく。
ただ、真横へと力任せに両手剣を振り抜いた。
回避も防御も間に合わず、まともに横薙ぎの一撃を胴体に受けた動く屍体は。固い背骨ごと腰の辺りから上下に分断され、支えを失った上半身が地面にグシャリと落ちる。
身体を真っ二つにされてなお動く屍体はまだ死ねず、地面に転がった上半身が両腕を激しく動かしていた──が。
「大人しく死ね──よッ」
既に一度は死を迎えていた動く屍体に吐くには、不適切な言葉をアタシは吐き捨てながら。
地面で藻掻く動く屍体に脚を振り上げると。体重を乗せた踵を、頭目掛けて踏み下ろす。
大型の水瓜を落とした時の破裂音と、固い頭蓋が叩き割られた破砕音が響き。動く屍体の頭が完全に踏み潰され。
と同時に、激しく動かしていた両腕が。突如として地面へ落ち、それから二度と動かなくなる。
「これで、まず一体」
足裏に付着した動く屍体の脳漿を地面で一度拭い。
次の攻撃目標を探すために、視線を周囲へと巡らせる。
残る動く屍体は──あと四体。




