148話 アズリア、奇襲への対応
ランディがその手に溜めた魔力を解き放つ。
「燃え盛れ──火炎爆破あっ!」
魔術師と呼ばれる程ではないが、それでも数種類の火属性の魔法を扱う事の出来るランディが選択したのは。先程使ってみせた「炎の矢」でも、所長との模擬戦で見せた「爆ぜよ」でもなく。
半年前に小鬼との戦闘で見た事のある、広範囲に炎を発生させる攻撃魔法を。
アタシの蹴りで吹き飛ばされ、接近を阻止された動く屍体の集団、その中心に。ランディの手から離れた魔力が生んだ炎の塊が渦を巻いた、次の瞬間。
『──ギ』
炎の塊が一気に膨れ上がり、複数の動く屍体を次々に飲み込んで大きく燃え上がる。
炎が大きく膨張した際に、爆発で吹き飛んだ何体かの動く屍体は。腕や脚が千切れ飛び。
紅蓮の炎に巻き込まれた動く屍体の身体もまた炎上し、腐肉を焼き焦がしていった。
直前まで一〇体以上いた動く屍体は、ランディの魔法で一気に数を減らし。五体満足で動いているのは、既に四体ほど。
余裕が出来たアタシは背後、魔法を発動してみせたばかりのランディへと振り返り。
「やるじゃん、ランディ」
「お前こそ、良い蹴りだったぞ」
魔法の威力に対する最大の賛辞代わりに、口笛を鳴らすと。
目線が合ったランディもまた、先程のアタシの蹴りを称賛し。魔法を発動するために前に突き出した手を握り、一番指を立ててみせた。
そんなランディとの短い言葉と動作のやり取りを交わした後。
アタシは即座に前に向き直り、運良く魔法による爆炎から逃がれた動く屍体を見据える。
……いや、運が悪いと言うべきなのか。
何しろ、ランディの魔法なら焼かれるだけで済むが。アタシに狙われたなら、肉も骨も叩き潰される可能性があるからだ。
だが、一切の容赦を見せる理由がアタシにはない。
しかも先程までの多勢ならば兎も角、一対四ならばアタシ一人でも充分に対峙が可能な数だ。
「──さて、と」
アタシはゆっくりと両手剣を構え、鋭い切先を対象となる動く屍体へと向け。
一つ、息を大きく吐いた──次の瞬間。
地面を大きく踏み込み、アタシは前方へと大きく跳躍し。狙いを付けた動く屍体との距離を一瞬で詰めた。
『……ギ、ィィッ⁉︎』
間近で大きく燃え盛るランディの魔法の炎に、完全に意識が向けられたからか。
動く屍体が接近したアタシの気配を察知したのは。アタシは両手剣の力の溜めを既に終え、握っていた剣の刃を放ったのとほぼ同時であった。
狙ったのは、動く屍体の首だ。
動く屍体は急激な加速を見せ、アタシの攻撃に合わせるように腕を振る。その怪力を以って剣の軌道を弾こうとしたのか。
なるほど。骨を断てない程度の威力ならば、動く屍体の腕で剣閃を弾く事は可能だったかもしれない──が。
騎士が使っている剣と、アタシが握る両手剣はあまりに重量が違い過ぎる。
さらに、追い詰められた挙句に苦し紛れに振った剣と。充分に力を溜め、さらには突撃の勢いまで乗せたアタシの一撃は。
動く屍体の腕ごときで止められる程、弱い威力ではない筈だ。
「アタシを舐めるんじゃねえええッ!」
首を両断するための剣閃の軌道を邪魔する、動く屍体の腕。
アタシはその腕ごと斬り飛ばす算段で、気合いを込めた雄叫びを発しながら。重量のある両手剣の刃を振り抜いた。
アタシの想定の通り。鋭い刃が動く屍体の腕の柔らかい腐肉に深々と喰い込み、腕の骨に到達すると。
充分な重量と威力が乗った刃は、腕の骨すら簡単に叩き斬ってしまい。動く屍体の腕が空中へと吹き飛ぶ。
最早、邪魔する物がなくなったアタシの剣閃は動く屍体の首を捉えた。
本来であるなら、剣の軌道に腕を差し込まれれば。例え腕を強引に切断し攻撃を続行出来たとしても。威力は途端に減衰し、想定通りの結果を出すのは難しい状況に陥るのが普通だが。
それでもアタシの剣は。
何の問題も抵抗もなく、動く屍体の頭を飛ばしてみせた。
肉を削がれても、手足を斬り飛ばしても活動を停止しない尋常ならざる耐久力を持つ動く屍体だが。
胴体から頭を切り離してしまうと、高い耐久力が嘘のように、途端に活動を停止してしまう。
『……ギィィッ』
残りは三体、かと思ったが。ランディの魔法の炎で焼かれ、身体に着火し炎上していた二体ほどがまだ死に切れず。アタシへと憎悪の視線を向けた……ように感じた。
それでもアタシは怯む事なく、両手剣を構え直す。
「ほら、さっさと掛かってきなよ動く屍体どもッ!」
寧ろ、向けられた敵意に闘争心が新たに湧き上がり、アタシは感情のまま、挑発的な言葉を口にしながら。
倒した動く屍体から目線を外し、次なる攻撃目標を定め、地面を蹴って攻撃を開始する。
鋭い踏み込みで、再び動く屍体との距離を詰めたアタシは。首を刎ねる狙いで真横へ剣を振るうのではなく。
力を溜めた両手剣を頭上へと掲げ、動く屍体の頭頂部に真上から渾身の力を込め振り下ろしていく。
「砕け散れ……よおッ!」
刃が直撃した動く屍体の頭蓋は鈍い破砕音とともに潰れ。腐汁と一緒に黄色い内容が眼窩や口から溢れ出し。
鼻や上顎辺りまで頭が崩壊し、下顎を残すのみとなった動く屍体はそのまま地面に崩れ落ち。二度と動き出す事なく元の死骸へと戻った。
──その時だった。
動く屍体の背中から、小さな人影が飛び跳ねたのを目撃する。
「お、おいっ、今……その動く屍体の背中から何かがっ──」
これ以上、戦況が悪化するのを阻止するために動いた結果。ただ一人助かる羽目になった騎士は、すっかり傍観する状況だったからか。
動く屍体の背中で動いた気配を察知し、戦っていたアタシへと警告を発するが。
動く屍体の中に紛れ込み、動く屍体を隠れ蓑にして奇襲を仕掛ける人影の正体──小鬼。
動く屍体に意識が集中し、ようやく倒したと油断した相手に。視界と意識、双方の死角から襲い掛かる戦法は確かに脅威だ。
だが既に、その手口は把握済みだった。
奇襲があると理解していれば、相手は小鬼。
対処するのはそう難しい話ではなかった。
見れば、短剣を構えてアタシ目掛けて跳躍していたのは、小鬼が一体だけ。
「知ってたらそりゃ不意打ちじゃねえんだよッ!」
その小鬼とアタシは目線が合うと、まさか察知されるのは想定外なのか。奇襲を仕掛けた側の小鬼が大きく動揺していた。
アタシは頭上から飛び跳ねてきた小鬼へ落ち着いて対処する。
まずは一歩下がり、短剣が届かない距離を取れば。空中にいる小鬼は、回避行動が取れない格好の攻撃の的だ。
振り下ろしたばかりの両手剣を握る手首を返し、今度は下から斬り上げていき。
『グ、ゲエェェェッ⁉︎』
下から迫る斬撃で、股から胴体を斬り裂かれた小鬼は。二つになって地面へと着地も取れずにグシャリ!と激突し。
細かく震えた小鬼は、二度と起き上がる事なく絶命した。
「背中から、何だって?」
奇襲した小鬼を仕留めたアタシは、警告を発した騎士へと振り返り。
何事もなかったかのような笑顔を返してみせた。




