147話 アズリア、騎士を救援する
何しろ、アタシの想定では騎士がある程度の善戦をし。多数の敵を数体は倒してくれるものだ、と考えていただけに。
まさか数を減らすどころか、動く屍体の数を増やす事になってしまうとは。
「……アズリア」
ランディが何を言いたいのかは理解出来る。
おそらく残り一人の騎士に動く屍体が狙いを定めている今こそが、最後の好機なのだと。
最後の一人が倒れれば、一〇を超える動く屍体が次に狙うのは、アタシとランディだろう。
しかも、動く屍体の数はさらに一体増えて。
もしそうなれば、最低でも五体以上は相手にしなければ、もう一方に。或いは今も尚、動く屍体と対峙する兵士らにもさらなる負担を強いる事となる。
ならば先制攻撃を仕掛け、狙われる前に少しでも動く屍体の数を減らしておきたい。
だが今動くという事は、同時に生き残った騎士に救いの手を差し伸べるという意味にもなる。
「わ、わかってるよッ!」
だからこそアタシは、声を荒げてしまう。
そもそもアタシらが既に現れた敵を倒し終えた後、持ち場を離れた理由は。動く屍体を一歩たりとも野営地に踏み込ませないためではなかったか。
ならば次にどう動くのが果たして最善なのか、その事を理解してしまっただけに。
納得がいかず、不貞腐れた表情を浮かべながらも。アタシは一旦下ろしていた両手剣を、再び構え直し。
ランディも詠唱の言葉を紡ぎ、魔法を発動する準備を始める。
詠唱が必要、という事は。先に動く屍体を倒した時に用いた「炎の矢」ではなく、さらに強力な魔法を用いるつもりなのだろう。
──そして。
◇
つい先程まで、行動を一緒にしていた二人の騎士が動く屍体の手で殺害され。
息絶えた二人が生気を全く感じない虚な目を向け、鈍重な足取りで移動してくる光景を目の当たりにし。
三人の騎士、最後の生き残りは。
「う……うわぁぁ……っ、う、嘘……だ」
どうにか剣を構えはしながらも、剣がカタカタと音を立てる程に腕が震え。自分から攻撃を仕掛け、一歩も前に踏み出す気配はない。
それどころか、一歩。また一歩と膝が震えながらも後方へと後退りを始めていた。
「何故? 何故だ、騎士である我らが……穢らわしい動く屍体ごときに遅れを取るなど……」
三人はこれまで、動く屍体との戦闘経験こそ無かったが。
率いた兵士との交戦の様子を見て、そこまで強敵であるという認識を微塵も持っていなかった。
本来、動く屍体は小鬼と同じ程度の脅威でしかなく。少し戦闘訓練を受けた大の男なら一対一で挑める程、という認識だった。
だからこそ。
二人掛かりで動く屍体一体に攻撃を仕掛け、倒し切れなかった事実がもう信じ難い事なのだ。
伯爵家に仕えるようになってから、実戦から離れる事が多くなった三人だが。
騎士としての鍛錬を怠っていたつもりは本人らには、ない。にもかかわらず、動く屍体一体に遅れを取るという結果に。
「な、何かがおかしい……何なんだ、何なんだ! あの動く屍体どもは……っ」
普通に考えれば、騎士が動く屍体に苦戦する事自体が既におかしい。
騎士が疑問を抱いたその時。
震えながらも後退りを続けていた脚に、何かに引っかかる違和感。
「し、しまっ⁉︎」
声を漏らした時には、既に遅かった。
全く足元を見ていなかったためか、地面に空いていた穴に足を取られ。
身体の均衡を崩され、叫び声を漏らしながら地面に尻を突き、倒れ込んでしまった騎士。
動く屍体が迫っている危急の事態に、騎士は迅速に立ち上がり、姿勢を整えようとする──が。
「あ、脚が……動かない、だと?」
正確には動かないのではなく、さらに脚の震えが強まり、麻痺してしまったかのように力が上手く入らないのだ。
その間にも、迫る動く屍体は待ってくれる筈もなく。地面に座り込んだ騎士との距離をゆっくりと縮めてくる。
脚が動かないなら、せめて尻を地面に引き摺ってでもこの場を離れるしかない。
懸命に手足を動かし、座り込んだ体勢のまま後方へと退がろうとする騎士だったが。
『ガ! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
何と、動く屍体に変貌したばかりの二人の騎士だった死骸が。突然、言葉にならない絶叫を発した途端。
両手を振り上げ、迫る速度を急激に上げて襲い掛かってきたのだ。
こうなってはもう助かる術はない。
「……ここまで、か」
騎士が完全に諦め、目蓋を閉じて俯き、心の中で神に願った。
せめて苦痛が少なく済むように、と。
しかし、想定していた肉を喰い千切られる激痛どころか。何かが身体に触れる事すら訪れなかったのだ。
◇
それは──かつては騎士だった動く屍体の魔の手が、仲間であった騎士に届くよりも早く。
「──うおおおぉぉッッ!」
雄叫びを吐きながら、凄まじい速度で前方へと飛び出したアタシが真横へと薙いだ両手剣の剣閃が。
迫る動く屍体の首を、一撃で刎ねたからだ。
「……な、あっ⁉︎」
何事が起きたのかと顔を上げ、目蓋を開いた騎士は眼前の光景に言葉を失った。
騎士の剣の威力では断つ事が出来なかった固い首の骨すら。アタシの膂力と重い刃が合わさり、ただの一撃で両断してみせたのだから。
──さらに。
「これでも喰らい……やがれえッ!」
もう一体、接近していた元は騎士だった動く屍体の胴体へと、急速に前進した速度をそのまま乗せた前蹴りを繰り出した。
その他の動く屍体であれば、腹の腐肉を削り取り、腐汁を撒き散らす結果となっただろうが。
騎士は生前、金属鎧を着込んでいたためか蹴りの威力がまともに伝わり。動く屍体を後方へ吹き飛ばす。
蹴りが直撃し、吹き飛んでいった動く屍体の身体が。後方からゆっくりと接近を続けていた複数の動く屍体を巻き添えに薙ぎ倒していく。
まさにアタシの狙い通りに。
「今だよッ! ランディ!」
半年の間、何度も四人一緒に戦ってきた経験からアタシは。ランディが得意としていた幾つかの攻撃魔法、その特徴を把握するに至っていた。
だからアタシは、吹き飛ばした動く屍体で敵の接近を妨害するに止まらず。ランディの魔法の範囲により多くを巻き込めるよう、考えた上で蹴りを放ったのだ。
「ああ、分かってるっ!」
当然、ランディもアタシの意図を全部理解しているからこそ。既に詠唱を完了し、いつでも発動出来る状態を保っていた。
アタシの下準備を無駄にしないために。
「──焼き尽くせ 集えし紅蓮」
ランディの攻撃魔法は、威力が絶大な反面。集団戦闘の際に、味方を効果範囲に巻き込む危険がある。
だからこそ通常は、こちらが接敵を仕掛けるより前。先制攻撃で、かつ相手が集団で固まっている場合に使用が限られるのだったが。
動く屍体が群がる範囲内には既に生存している人間もおらず。味方を巻き込む危険性はない。
となれば、ランディが躊躇する理由は最早ない。




