146話 アズリア、増殖する亡者に
あの三人が、ヴァロ伯爵家所属の騎士だという事だ。
討伐隊に参加する経緯を、ランディら仲間にありのまま話した時。一番に警戒すべきは、戦場に紛れ込む伯爵家の資格だ、と三人が口にした。
冒険者として世間を知るランディ、元は別国の貴族だったサバラン、そして裏の世界に所属していたイーディス──その全員が揃って。
半年前の騒動、その裏で糸を引いていた当時の副所長にして魔術師のカイザスは。伯爵家の血縁者でもあった。
その騒動の責任を取り、黒幕だったカイザスは全ての罪を問われ。アタシらの目の前で所長に処刑されたのだったが。
あろう事か、怨念を向けられるべき所長が。アタシが全ての元凶だ、と伯爵家へ虚偽の報告をしたと高らかに宣言された後。
伯爵家の名の下に今回の討伐隊が計画され、訓練生であるアタシらが召集された……のだ。
伯爵家の妨害を警戒しない訳がない。
しかも、到着して間もなく。アタシらは伯爵家の騎士であった彼ら三人に絡まれ、訓練生であると見下されたのだ。
こちらからの挨拶も名乗りもない、本来ならアタシらの素性など知り得ない筈なのに。
アタシは三人の騎士の顔を覚えて頭の片隅に置いておき。どの状況に割り込んできても警戒を強めるつもりだった。
だからこそ、騎士を見殺しにするという冷酷な対応をアタシは選んだ。
寧ろ、本番である北狄との交戦が開始される前に。懸念が一つ片付いた事を、喜ばしいと思ってさえいた程だ。
「だからアタシは絶対に助けないよ」
「……そうか」
救援の是非を問うランディに、そうきっぱりと答えたアタシを。
異論を唱えるわけでも、手放しで賛同するわけでもなく。ただ一言、無表情で頷いてみせたのだ。
救援の話は、ここで終わり。
アタシは早速、次の話題をランディへと振る。
「なあ、それよりさっき──」
アタシの言う「さっき」とは、別の場所で兵士らの救援を行なっていたランディが。突如こちらに駆け寄った時を指す。
あの時、ランディは確か。
「何かを言いかけてたよな、ランディ?」
そう、アタシの記憶に間違いがなければ。ランディが現れたのは、二人の騎士が動く屍体の大群に突出し。
倒し切れなかった動く屍体の反撃を受け、組み付かれた状況に。
ランディが何か、警告を含んだ言葉を途中まで言い掛けていたのを。アタシはずっと気に懸かっていたのだ。
あらためて何を言おうとしていたのかを、ランディへと問うと。
返ってきたのは、唐突な質問だった。
「アズリア。死んだ人間が動く屍体になる理由って、知ってるか」
「ん? そりゃ……」
突然のランディの質問、その意図をアタシは理解出来ずに一瞬、首を傾げはしたが。
ランディの事だ、関係のない質問をしてはこないだろうという半年間で積み上げた信頼から。
アタシは自分の知識が及ぶ範囲内で、聞かれた質問に回答していく。
「死んだまま、地面に転がして放置してた時とか。神様に祈らなかった時……だろ?」
故郷にいた頃には、街の墓地へと葬られる際に居合わせる機会はなかったが。それでも何をしていたか、という知識だけはあった。
死者の身体に聖水を振りかけ、神様への祈りと死後の世界での幸運を教会から派遣された聖職者が祈る、という過程を。
アタシも見よう見真似で、自分が屠った獲物らの死骸に施していたが。幸運な事に、死骸が亡者になる事は一度もなかった。
養成所に来てからは、街の外で小鬼と戦う機会が格段に増えたが。
それでも自分が学んだ処置の方法で、敵だった死骸が動く屍体になった事は。これまた一度もない。
とはいえ、処置をしなければ絶対に死骸が亡者と化すのかと言えば、そうではない。
「ああ、だが。確実じゃない」
「確かに……ねえ」
人知れず野外で息を引き取った時や、戦争で大量に人死にが出た場合に。亡者化を防ぐ処置をされず放置された死骸など、数知れないだろう。
そのように放置された死骸が、必ず亡者になってしまうのなら。この世界は今頃、動く屍体や動く骸骨で溢れ返ってしまっていただろう。
だが幸運にも、現実はそうではない。
野外で亡者に遭遇し、襲われる可能性は。獰猛な獣に遭うよりも、ずっと少ないのだ。
「──もし」
だがランディは、これまでの会話の内容を丸っと否定するかのような発言をする。
「絶対に動く屍体が発生する方法がある、と言ったら」
「は? な、何だよ、そりゃッ⁉︎」
ランディの言葉に、思わず声を荒らげてしまったアタシ。
当然だ。誰に得があるのかは知らないが、人を襲う魔物が確実に発生すると聞けば。驚かずにはいられなかったからだ。
確か、ランディが警告しようとしたのは。
アタシも見た事がなかった動く屍体の抱擁、という行動を取った、まさにその瞬間だったのを思い出し。
──何かを閃く。
「そ、それッて……もしかして?」
騎士を抱擁した動く屍体が、次に取った行動が。
首への噛み付きだ。
だからアタシは大きく口を開けてみせ、まるで獣が獲物に噛み付くような動作を真似てみせると。
ランディは無言のまま、一度だけ大きく頷き、アタシの予想を肯定してみせた。
それはつまり、死骸が確実に動く屍体へと変貌する方法とは。
他でもない、動く屍体に噛み付かれ殺害された場合だという事だ。
「──じゃ、じゃあ」
会話をしていたランディから、動く屍体の餌食となった二人の騎士へと視線を向けたアタシ。
あの二人はまさに、動く屍体に噛まれ、肉を喰い千切られて殺害されたばかり。
今、ランディが教えてくれた動く屍体となる条件を満たしてしまった事になる。
だが、騎士が息絶えたのはつい先程。
死骸が動く屍体に変わるにはアタシが知る限りは大概、一、二日は掛かる。
「ま……まさか、ッ?」
それでも、悪い予感というものは何故か的中して欲しくない時にばかり実現してしまうもので。
断末魔を上げたばかりの騎士の身体に群がっていた動く屍体が離れていき。首から大量の血を垂れ流していた騎士は、どう見ても助かっている余地はない。
にもかかわらず、何故かふらふらと覚束ない足取りで、両脚を動かして動く屍体の群れへと混じる。
さらに地面に転がって騎士もまた、鈍い動きながらも一人で立ち上がってくる。
こちらは何度も首の肉を噛まれたからか、首があらぬ方向へと曲がっており。明らかに死んでいるのが判明しているのに、であった。
一体は倒したものの、犠牲者となった二人の騎士が動く屍体として新たに加わり。逆に敵の数が増えてしまう、という予想外の事態に。
「じょ、冗談じゃねえぞッ!」
アタシの口からは思わず暴言が飛び出てしまう。




