145話 アズリア、救援を乞われるも
とはいえ──動く屍体からすれば、息を整え動きを止めている騎士は、絶好の的とも言える。
次なる獲物を探していた多数の動く屍体が、その大きな隙を見逃す筈もなく。
『ガ……ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛!』
口から唸り声を漏らしながら、息を吐く騎士へと迫る。
それも数体が同時に。
一、二体なら兎も角、数体同時に迫る攻撃を捌くのは不可能と判断し、後方へと飛び退いた騎士。
咄嗟に回避出来たのは、さすがは騎士と呼ばれるだけはある──が。
数の暴力というものは、時に最善の行動という道理すら蹂躙してくる。
「はぁ、はぁ、っ……く、くそっ!」
後方へと退き、さらに剣まで駆使して。何とか複数の動く屍体の攻撃を避けようと試みた騎士だったが。
息が整わない状態で無理を押したからか、後方に跳ぶ距離が短く。全部の攻撃から逃れる事が叶わず。
迫る動く屍体の腕を弾く剣、それを握る腕の動きもまた鈍く、精彩を欠いていた。
「うお、っ? か、回避が、間に合わない……っ
!」
そして遂に、動く屍体の魔の手が必死に回避に専念していた騎士を捉える。
避け切れず、捌き切れなかった動く屍体の手が、騎士の手首を掴んだのだ。
怪力で殴られなかっただけ、命拾いしたと言っても良いが。
先程、動く屍体に最接近され、抱擁された騎士がどうなったのか。その末路の一部始終をしっかりと見ていたからか。
「はぁ、はぁ……く、くそっ! 手を……手を離せえっ!」
力任せに掴まれた手を払おうとしても、動く屍体の手を振り解く事が出来ず。
手首を掴んだ動く屍体の腕を斬り落とそうと、構えた剣を振り下ろす。
だが。
「な、何だ、とっ⁉︎」
刃は腕の半分ほどまで沈み込むものの、腐って脆くなった肉の中心に通っている骨で止められてしまう。
まだ息が整っておらず疲労が残り、冷静さを欠いた状況では。腕の骨を両断する程の威力を剣に持たせる事が出来なかったのだ。
結果、その一撃で動く屍体の拘束から脱する事は出来ず。
無意識に救援を求めたのか、騎士はふと同行していた二人へと視線を向けた。
「た、助け──」
だが次の瞬間、騎士は言葉を詰まらせる。
先程再び首を噛まれた騎士は、いつの間にか地面に押し倒され。数体の動く屍体に群がられていたからだ。
金属鎧も何度も殴られて破損し、剥き出しになった箇所を狙われ。肉を噛み千切られる度に、血飛沫が周囲に舞う。
騎士の顔に焦燥が色濃く浮かぶ。
当然だ。
振り解けなければ、待っているのは地面に転がっていた騎士と同じく死ぬだけなのだから。
本来であれば、窮地から脱するために。先程、動く屍体を倒した時のように、必死で足掻くべきなのだろうが。
「い、嫌だ……まだ、俺は死にたくない……っ」
仲間の騎士の惨い死に様を目の当たりにし、すっかり戦意を喪失してしまい。
現実を否定するかのように首を左右に振り、握っていた剣を地面に落としてしまう。
逃げようにも、騎士の両膝は震えてまともに動ける状態ではなく。両脚が健在だったとしても、動く屍体に掴まれて距離を取る事すら出来ない。
もう騎士に抵抗する手段と、気力は残されてはいなかった。
『ガ、ア゛ア゛ア゛』
手を掴む動く屍体が、口を大きく開けて首に狙いを定め、迫る。
目の前の脅威から逃避したかったのか、目を逸らす騎士だったが。
先程、自分に攻撃を仕掛けてきた複数の動く屍体もまた。再び自分に狙いを定め、同じように口を開け、ゆっくりと接近してきていた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ……こんな、こんなところで──ぎゃあああああああああ⁉︎」
群がる動く屍体と、響き渡る断末魔。
先制攻撃を仕掛けた二人の騎士は、共に同じ運命を辿った。
ならば、残された最後の一人はどのような選択を取るつもりなのか。
すると突然、アタシへと視線を向け。
「た、助けてくれっ! あの時の態度と言葉ならあらためて謝罪するっ! だから、だから見殺しにしないでくれっ!」
泣きそうな表情を浮かべながら、アタシへの謝罪と命乞いと救援を要求してきたのだ。
◇
「……どうするんだ。アズリア」
騎士を二人、見殺しにしながらも。心を冷酷にしてその様子を腕を組みながら傍観していたアタシに対し。
横に並んだランディが、その真意を問う。
それもそうだろう、アタシらが集団を二つに分け戦場を移動していたのは。
まだ動く屍体や小鬼と交戦し、苦戦している討伐隊の被害を最小限に抑えるためなのだから。
「あの騎士、本当に放っておくつもりか?」
「ああ、仕方ないさね」
だがアタシは、騎士への救援を頑なに拒否する態度を崩さない。
ランディは知らないだろうが、見殺しにしようとしている三人の騎士は。十数体の動く屍体を引き連れたにもかかわらず、伯爵家の次男とやらの護衛を理由に。騎士としての役割を放棄し、動く屍体との戦闘から逃げ出そうとした。
ならばと退路を断ち、自分の身勝手な行動の責任を取らせ。引き連れてきた動く屍体の始末を任せてみれば。
騎士が三人もいながら、倒したのは一体だけ。
隊に参加している兵士どころか、兵士未満の訓練生であるアタシやランディと比較しても。下から数えたほうが早い、その程度の実力。
隊に合流するまでアタシが抱いていた「騎士」という立場への幻想を、悪い意味でこの三人は打ち砕いてくれたのだが。
意外にも、それは大した理由ではなく。
騎士を見殺しにした大きな理由の一つ、それは虚偽の報告であった。
「だってさ、下手に悪く言われたら面倒だろ」
いくら実力が訓練生以下であろうとも、彼ら三人が伯爵家が認めている騎士である事実に間違いはない。
もし仮に、今は生命を救われた事に感謝の言葉を口にしても。内心ではアタシに対しての憤りが渦巻いているだろう。
そして動く屍体の迎撃に成功した後、生き残った騎士が。直前に命令を拒否した事、そして既に騎士が二人死んだ責任をアタシにある、と証言しても決しておかしくないのだ。
そうなっては、訓練生であるアタシは抗いようがない。
そもそも、今回の討伐隊への参加の理由、その根源にあるのも。
所長の要求を拒絶したアタシへの報復に。半年前の悪名付き騒動で生命を落とした副所長カイザスとナーシェン、その原因をアタシだ、と二人の実家であるヴァロ伯爵家とラウム男爵家に嘘の報告をしたからだ。
例え嘘でも、立場が上の人間が口にすれば。嘘が真実だと扱われてしまうという理屈を。アタシは既に経験済みだっただけに。
そして騎士に救援の手を差し伸べないという決断をアタシがした、もう一つの大きな理由とは。




