143話 騎士ら、亡者の群れに挑む
三人は接近を続ける動く屍体に対し、抜いた剣を構えるも。
「くそっ……どうして、こうなった?」
「本当なら我ら騎士の命令に、訓練生ごときが逆らうなどあってはならんのに」
口々に背後に控えるアタシへの不満を漏らしながら、一向に前に進もうとはしない。
それどころか騎士の一人が振り返り、アタシを睨んでくる始末だ。
「──しかし」
諦めとも不貞腐 (ふてくさ)れとも言える表情を見せた後、不満を示す舌打ちを一つ鳴らした。
それも当然、といえば当然だ。
三人は事前にアタシと動く屍体、どちらに挑めばより勝機が高いのかを悩みに悩んだ結果。
動く屍体と戦う事を選択したのだが。
だからといって、尻拭いとも言える命令を拒絶したアタシへの敵意を忘れた、という訳では決してない。
だがアタシを睨む行為を、他の二人が諌める。
「……おい、敵に集中しろっ」
それは決してアタシに対する配慮や礼節から、ではなく。
迫る動く屍体の数が、三人で相手にするには多勢過ぎた余裕の無さから出た二人の言葉なのだろう。
その焦りは、声にしっかりと現れていた。
何しろ、鈍重な足取りではあったが。一〇を超える数の動く屍体は馬鹿正直に一塊りの集団で接近してくるのではなく。
数体が左右に広がり、騎士らを取り囲むような動きを見せたのだから。
このまま待ち構えていれば、数で勝る動く屍体の包囲を許す事になってしまう。
危機的状況に、騎士らも気付いたようで。
「お、おいっ? このままじゃ、囲まれるぞ!」
前方、そして左右から動く屍体に囲まれるのを回避する手段は、ただ一つ。自ら前に進み出て、先制攻撃を仕掛ける以外にない。
だがそれは同時に、多数の敵の中に踏み込む危険を冒す、という事を意味していた。
「だ、だがっ……焦って前に突出 (とっしゅつ)すれば、逆に数で包囲される!」
「だったらどうする! 動く屍体に囲まれるのを指を咥えて待て、と言うのかっ?」
これまで意見を一致させ、アタシが見る限り行動を共にしていた三人が。切迫 (せっぱく)した状況に追い込まれ、初めて意見が割れる。
確かに、包囲を危惧 (きぐ)して前に突出 (とっしゅつ)したところで、ただ動く屍体と交戦すれば良い訳ではない。
そんな事をすれば、騎士の言う通り。自分から敵に包囲されにいくようなものだ。
数で負けているこちら側が、この場面でこ最善の行動とは。味方全員で敵の集団を突破し、敵の包囲を回避する事を最優先にする事だ。
特に反応が鈍い動く屍体は、群れを突破して背後を取れば。こちら側の動きに対応するのに若干の時間の余裕が生まれる。
その隙を使い、敵の数を出来るだけ減らす。
だが、その作戦の成功には。数で劣る味方全員の団結が必要不可欠だ。
もしアタシが、ランディら三人と一緒に同じ状況に陥 (おちい)り、ランディの魔法が使えないとしたら。四人が一斉に前進し、突破に全力を駆使しなければおそらく作戦は成功しないだろう。
なのに、目の前の騎士はというと。
「ならばお前はここで待機していろ! 我々だけでも敵に攻撃を仕掛ける!」
ただでさえ数的に劣勢だというのに、前進に同意をしない騎士一人をこの場へ放置し。二人の騎士が動く屍体の群れに突入する、という選択を取ろうとしていた。
正気、なのだろうか。
もし仮に、騎士の実力がアタシの予想以上であり。たった二人でも多数の動く屍体を余裕で薙ぎ払えたとしても。
一人、取り残された騎士は四方から多数の動く屍体に襲われるのだ。金属鎧を着込んでいても、到底耐えられる筈もない。
しかも一人が倒されれば、さらに人数に差が生まれ、より数的劣勢に追い込まれるわけで。
「ま、待てっ! 少し……考えるっ」
前進の提案を疑問視し、待機を主張していた騎士も。さすがに一人取り残された時に、自分が迎える結末が容易に想像出来たからか。
前進を主張した二人に、若干の猶予を要求する。
今、三人の騎士が立っている位置から動く屍体との距離は、未 (いま)だ一〇歩程と。鈍重な足取りから、接敵するにはまだ時間を要する……と判断し。
二人からしても、攻撃に参加する人数が増えればそれだけ成功や生存の可能性が増す。
だからなのか二人は互いに顔を見合わせ、一度頷 (うなず)いてみせる。
「いいだろう。だが、早くしろよ」
だが、騎士がそう答えた直後に状況は一変した。
『ア゛ァァァァ! オ゛ォォォォ!』
動く屍体が急に、悲鳴にも似た咆哮 (ほうこう)を発したかと思うと。
両腕を前へと伸ばして、接近する速度を人が普通に歩く速度にまで速めてきたのだ。
三人の判断の遅れが、状況をさらに不利へと傾 (かたむ)かせた。
今や動く屍体は、すぐ間近にまで迫っており。先制攻撃を仕掛ける好機は、完全に失われてしまった。
「な、何だと⁉︎ な、何でいきなり動く屍体が機敏 (きびん)にっ?」
判断に迷う側も、返答を待つ側も。完全にその目論見 (もくろみ)を崩されてしまい。
とてもではないが、騎士の判断を待っている余裕はない。
これ以上、返事を待っていたら三人とも一〇を超える多数の動く屍体に包囲されてしまうからだ。
「こ、こうなったら仕方がない! 我らだけでもっ──」
初めから前進を主張していた二人は、突然の動く屍体の接近に。
抜いていた剣を構え、一番間近な動く屍体へと狙いを定め。二人がほぼ同時に攻撃を仕掛けるために、動いた。
さらに驚いたのは、返答を悩んでいた騎士である。
戦況が動いた以上、当然かもしれないが。本来ならば返事を待っていた二人が、返事を待たずに行動に出てしまったのだから。
「ま、待ってくれ……っ! 俺を置いていく気かっっ⁉︎」
このままでは、迫る多数の敵に一人だけ包囲され。動く屍体の餌食 (えじき)とされてしまうのは間違いない。
結局は、その場に残らず二人の後を追い。数歩出遅れて動く屍体の群れの突破に参加する事となったが。
先を行く二人の騎士が振るった剣が、まさに動く屍体を斬り付けた瞬間でもあった。
「我が剣を受けろ! 穢 (けがら)わしい動く屍体めがっ!」
「はあああぁぁっっ!」
当初の作戦の通り、確かに先制攻撃を命中させたのは騎士の側だった。
二人の騎士が放った剣閃は、それぞれ動く屍体の首と胸を的確に斬り裂く。防具を着けていない人間ならば、おそらく致命傷となったであろう一撃。
「これで……どうだっ!」
だが、それでも動く屍体は止まらなかった。
首を狙った一撃は。固い首の骨を両断するどころか砕く事も出来ず。ただ首周辺の腐肉を剥 (は)ぎ取ったのみ。
胸に放った一撃もまた、胴を両断する事なく。肋骨 (あばら)を剥 (む)き出しにしただけで終わる。




