142話 アズリア、騎士の判断をただ見守る
ここは決して通さない、というアタシの確固たる態度に。
三人の騎士は互いに顔を見合わせながら明らかな戸惑いを見せると、アタシと背後の動く屍体の集団の双方を何度も見返す。
前方のアタシか、後方から迫る動く屍体か。
その選択を迫られていたからだ。
「……ぐ、っ」
「ど……どうする?」
騎士らの態度を観察する限りでは、命令拒否を理由にアタシに剣を向け、強引にこの場を突破する選択はないように思える。
仮にアタシを攻撃してきた場合、こちらも黙って斬られるつもりはない。騎士らの行く手を遮るための剥き出しの両手剣が、まさにその意志表示だ。
攻撃を仕掛けたら、反撃も辞さないという。
それでも騎士らがアタシへと剣を向けてくるのであれば、格上の立場であろうが一切の手加減をするつもりはない。
果たして、騎士らがどちらの判断を下すのかをアタシは一言も喋らずにただ見守っていた──が。
三人は目配せのみ、相談のための言葉を交わす事はしなかったが。
少しの思考の時間の後に。
「く……くそ、っ!」
アタシをひと睨みし、諦めを含んだ言葉を吐き捨てた騎士らは三人揃って。
腰からようやく剣を抜くと同時に、アタシへと背中を向けた。
いくら三対一と数的に優位でも、両手剣を片手で軽々と扱うアタシを相手にするならば。
まだ動く屍体を相手にするほうが容易だ、と騎士らは判断したのだろう。
「……ふぅ、ッ」
選択を見届けたアタシは、騎士らに悟られまいと声を落としながら静かに息を吐く。
己の身を護るため、避ける事が出来ないとは言え。
動く屍体と小鬼の急襲に、兵士らが懸命に迎え撃っている間に。味方同士で対立する事が、どれだけ理屈に合わないのかは想像だけでも分かる。
しかも、野営地の周囲に大量に湧いた動く屍体と一戦も交えず逃げ回っていた事で、アタシは騎士らを一方的に過小評価していたが。
実際のところ、騎士らの実力が如何程なのかをアタシは知らない。
しかも相手は頑丈な金属鎧を着込んでいる、となれば。
どちらにせよ。無益な戦闘が回避出来た事に胸を撫で下ろしたからこその、安堵の吐息だった。
「さて……と。ここまでは上手くいったね」
実のところ、騎士らを言葉で挑発するような真似をアタシがしたのは。
まさに騎士らが移動の際、引き連れてしまった一〇体以上の動く屍体と戦わせるのが最大の目的だったからだ。
アタシの選択は、騎士らにとっては温情とも言えた。
突然の襲撃により、無防備な兵士らも数多くいたためか。戦況はほぼ拮抗、いや寧ろ劣勢に傾いている状況下で。
さらに敵を増やすという行動で、この場から戦線が崩壊した場合。
アタシだけでなく。生き残った兵士は、間違いなく騎士らの問題行動を隊の指揮官に報告するだろう。
となれば、いくら騎士という立場とは言え。隊に損害を出した責任から逃がれる事は難しい。
「まあ、普通に考えりゃ……コレ、だろうね」
アタシは、空いていた左手で自分の首元を払う仕草をし、舌を出してみせる。
命令違反や法規を破った罪への罰は多数あれど、一番重い罰は──死をもって償う事だが。大概は、首を斬り落とす方法が取られる。
余程の大罪ならば、高い位置から縄で首を吊られ窒息、或いは首の骨を折って死なせ。その死骸を一定期間、野晒しにする方法が選ばれたりもするが。
普通であれば。
魔物の討伐隊が途中、何らかの事態で頓挫したからと言っても。その責任ね死罪という重い罰を与えられる事はまずあり得ない。
だが、この討伐隊は事情が事情でもある。
この討伐隊が結成された目的は、北の国境を越え、領地に多大な損害を与える事が確実視されている北狄を討ち果たす事なのだから。
何しろ、一体の小鬼が凶悪に変貌しただけで。農村が三つ、壊滅する被害を被ったのだ。
それが集団ともなれば、農村だけでなく。さらに大きな街や都市──養成所のあるヘクサムや岩人族らの街すらも危ないかもしれない。
隊の行動が遅れれば、それだけ街が襲撃を受ける可能性も高くなる。
だからこそ、この討伐隊の責任は重大であり。
もし三人の騎士が、己の主張を崩さずに動く屍体を放置し、この場を逃げ去りでもし。仮にその後、大きな都市が北狄の襲撃を受けた場合。
責任を問われるのは、討伐隊を計画したヴァロ伯爵家だろう。
その時、伯爵家は三人の騎士の身柄を守るだろうか。
答えは──否だ。
騎士らが責任を回避するには、この場で自分が引き連れて来てしまった大量の動く屍体を。自分らの手で始末する事が、最低限必要となる。
「精々頑張って貰おうかね。自分らの首を繋ぐために、さ」
構える必要がなくなった両手剣をアタシは一旦、地面へと突き刺し。
空いた両手の指を使い、数の計算を始める。
あらためて確認すると、騎士が引き連れた動く屍体の数は一二、三体。対して騎士は三人だから、一人当たり四、五体を倒さなければいけない計算だ。
一撃でも浴びると重大な損傷を受けかねない動く屍体を相手に、複数体をしなくてはならないとなると。
ランディの場合、魔法が許される距離を確保出来るならともかく。最初から囲まれていた場合なら苦戦は必至だろうし。
盾による防御を得意とするサバランや、素早い動きで撹乱する戦法のイーディスだと。さすがに動く屍体五体の対処は難しい、とアタシは想定する。
つまりこの場合、騎士には最低でもサバランやイーディス以上の実力を求められている、という事だ。
現在、養成所にいる訓練生の中でも、上位に位置する実力の二人よりも。
「……まあ。アタシは助けないけどね」
そう。
騎士の実力が二人に届いている、もしくはそれ以上ならば。大量の動く屍体を倒し切る事が出来るだろうが。
もし、騎士が名ばかりの立場で実力が伴わなかった場合。三人は、直前に動く屍体に襲われ絶命した兵士と同じ運命を辿るだろうが。
動く屍体との戦闘で、三人がどれ程劣勢に追い込まれ、窮地に陥ろうとも。
アタシは救援に動くつもりは無かった。
両手剣を地面に突き刺し、構えを解いたのもそれが理由だ。
そもそも、アタシを小馬鹿に見下した上。戦場に余計な敵を呼び込むという失態の尻拭いまでさせよいとした連中を。
どうして助けなければいけないのか。
それに、この襲撃を凌いだ後に討伐隊が相手にしなければならないのは。動く屍体などよりも、余程凶悪な小鬼や食人鬼の大群なのだ。
動く屍体程度に苦戦するような実力なら、どうせ生還する事は叶わないだろう。
ならば、戦死するのが多少早まるだけだ。
「──さて、始まるよ」
アタシは冷めた目線を背後から送り、三人の騎士が動く屍体に挑む姿をただ観戦に徹する事にした。
良く言えば、敢えて窮地に放り出す事で三人の本当の実力を測るため。
悪く言えば、複数体の動く屍体の餌食となるのをこの目で見届けるために。




