141話 アズリア、騎士らに報復する
あちらは騎士、対してアタシは兵士にすら満たない訓練生という立場。
本来であれば、言われた通りにこの場に留まり。三人がわざわざ引き連れて来た複数体の動く屍体を、代わりに引き受けるべきなのだろう。
「そういう事だ。では、我らは先を急ぐぞ」
当然、騎士らは自分が下した命令にアタシらが従うと、一つも疑いも抱かずに。勝ち誇った顔を浮かべながら、アタシの横を通り過ぎようとしていた──が。
アタシは、そんな騎士の進路に立ち塞がるように横へと移動し。さらに握っていた両手剣で行く手を完全に遮っていく。
「待ちな。どこへ行こう、ッてんだい」
態度や言葉から一目で分かるように、アタシは騎士らの命令に対し。従順に首を縦に振る事をせず、真っ向から逆らう態度を取った。
「は? な、何をしている、貴様」
まさかアタシが邪魔をするなどと予想もしていなかったのか、三人は一瞬だけ驚きの反応を見せたが。
直ぐに、不快感を露わにし。
今度は誰の制止もないからか、三人が揃って腰の剣へと手を動かし。即座に鞘から剣を抜ける体勢を取りながら。
「……聞いていなかったのか。我らはフェフ様の元へ向かわねばならん──そこを退け!」
「そう。アンタらは騎士なんだろ?」
「だったらせめて、自分らが引き連れた動く屍体くらい片付けてからにしろよ」
「な、何っ?」
騎士の一人が、背後へと振り返ると。
まさにアタシが指摘した通り。騎士らの後を追うように、一〇体以上の動く屍体がゆっくりながら迫り来るのを目撃する。
「い、いつの間に、これだけの数がっ?」
騎士らを追う多数の動く屍体は他の戦場──おそらくは元来、三人の騎士がいた別の場所から引き連れて来たとアタシは推測していた。
アタシが援護に駆け付けた一帯では、動く屍体とほぼ同数で兵士らが今でも拮抗している。
そんな戦況で、突然一〇体もの敵が追加されたらこの場の兵士は堪ったものではない。
先程、地面に倒された兵士が動く屍体の強烈な一撃で背中を打たれ、命を落としたように。
鈍重な動きながら、元々が人間の死骸とは思えぬ動く屍体の怪力は。一撃でも直撃してしまえば骨が砕け、致命傷になる程の脅威なのだ。
一対一ならば、目の前に対峙した相手の動きのみに注意を払えば。動く屍体に遅れを取る事は、まず無い。
だが乱戦になってしまうと、動く屍体の危険度は格段に跳ね上がる。何しろ、周囲の何処から動く屍体の攻撃が飛んでくるか、常に警戒をする必要があるからだ。
さらに動く屍体に隠れた小鬼の奇襲まで警戒する、となれば。兵士らの集中力はみるみると摩耗し、戦線を長く維持するのは困難だろう。
──と、なれば。
「アンタらの命令のせいで、ここを守る兵士が動く屍体に抜かれたら。隊は滅茶苦茶になっちまうぜ」
アタシは、話しながらも騎士の行く手を遮る両手剣を、少しも下げずに話を続ける。
騎士らの身勝手極まりない行動が招くのは、野営地の崩壊だ。
動く屍体の悪臭漂う腐汁は、何も攻撃を加えて飛び散るだけではない。移動しながら常に腐汁を身体から垂らし、撒き散らしているのだ。
少しでも陣地への侵入を許せば、触れられた天幕や物資は悪臭を発し。食糧はたとえ火を通しても使い物にならなくなってしまう。休息や食事が取れなくなれば、隊を維持するのは困難となってしまう。
だからこそ兵士らは、急襲してきた大量の動く屍体を相手に。休息中の兵士らも鎧を着ずに総出で、陣地の外で迎え撃っていたのだから。
「……ぐ、う」
アタシの言葉に対し、何一つ反論が出来ない騎士らは。苦虫を噛み潰したように顔を歪め、言葉にならない声を漏らすのみ。
三人が剣に手を掛けているのに、一向に抜こうとしないのは。反論を許さない説明をアタシが口にしたから、だけの理由ではなく。
おそらくは、アタシが握っていた両手剣が大きな理由の一つなのだろう。
仲間らから聞いたが、アタシが片手で扱っているこの両手剣は。
元来なら、ある程度は腕の力に自信のある男が両手で扱うのが妥当な重量らしい、と聞いたが。
生まれながらにして、右眼に妙な魔術文字を刻んでいたアタシは。同時に黒い肌と、尋常ならざる膂力を有しており。
その腕力を以ってアタシは、その両手剣を片手一本で軽々と振り回す事が出来た。
騎士らが剣を抜き、強引な突破を躊躇っていたのも。
おそらくは、アタシが片手で。しかも会話をしながら僅かな手の震えすら見せる事なく、重量ある剣を真横へと構え続けているのを見て──ではなかろうか。
戸惑い、躊躇する三人の騎士を相手に。アタシは尚も言葉で畳み掛ける。
「それとも、騎士ってのは名ばかり。まさかホントは動く屍体すら相手に出来ない腕前なのかよ」
「……な、何だ、と」
話しながら、アタシの明らかに目の前の騎士らに失望したような言い回しや態度に。
この場を強引に突破したくとも、最後の決断を躊躇っていた騎士らは。ある者は、顔を真っ赤に憤慨させ。またある者は、背後をやたらと気にして冷静さを欠いている様子だった。
だが、この失望は間違いなくアタシの本音だ。
失望……というよりは、騎士という地位への過大評価、間違った固定概念が剥がれたというのが正しいのだが。
勘違いしてしまった最大の理由、それは。
伯爵家との因縁を作り出した張本人、所長との交戦の記憶だ。
養成所に入った初日に行った模擬戦では、所長は一人。対してこちら側はランディら三人と共闘していたため、四対一という圧倒的な数的優位ながら。
しかもアタシは、普段なら絶対に使わない「右眼の力」を開放してまで挑んだのに。
結果は、互角。
アタシの一撃は、所長の鉄兜を破壊するだけに留まってしまった──事実上の敗北といってもいい。
後に所長が戦争での負傷が原因で一線を退く前の武勇伝を耳にする機会があった。
とはいえ。
兵士の全員が、所長程の武勇を誇っている……などという勘違いはさすがに抱かなかったが。
兵士を指揮し、戦場では上位の立場となる騎士の武勇は。最低でも所長を上回っているだろうという思い込みを抱くには、充分に過ぎる出来事ではあった。
だが、目の前の三人の騎士は。
「動く屍体の一体も倒せない騎士が護衛に付いたって、伯爵サマもさぞ迷惑だろうよ」
一度も抜いていない剣に、汚れのない金属鎧。
野営地の周囲からは動く屍体の呻き声や、兵士の雄叫び。そして悲鳴や苦悶の声があちこちから響き渡っている。そんな戦場で、一度も敵と交戦をせずに、逃げ回っていたのだ。
実力への失望は、侮蔑へとアタシの胸中で変わる。
騎士らに絡まれた際、兵士と騎士という立場の違い以上にアタシを見下し、嘲笑うかのような不快な視線や態度を。
今、アタシは無意識ではあったが。目の前の三人に、同じ視線を向けていたに違いない。
訓練生であるアタシは、こちらから騎士という立場の三人に手を出す事が出来ない。仮に感情のまま、自らの尻拭いを命令した騎士に拳を振るってしまえば、アタシだけではなく。養成所から同行してくれたランディら仲間にも責任が及ぶ。
だからこそ。
命令を拒否して逃走を決して許しはしない今までのやり取りは。
アタシが出来る──僅かばかりの報復だった。




