140話 アズリア、騎士らを挑発する
騎士らに絡まれ、謂れのない罵声を浴びせられた時。アタシは思わず拳を叩き込もうとした程だ。
当然、良い感情など抱いている筈もなく。
しかも、アタシらや他の兵士よりも格段に良い装備を許されている、にもかかわらず。数体の動く屍体を引き連れながら、敵に背を向け「逃げ」を選択していた理由。
誰が肩を貸す事もなく、三人がそれぞれ問題なく走っている様子から。交戦出来ない程、重篤な傷を負った訳ではない。
という事は……おそらく悪臭や腐汁に身を晒すのを嫌がったが故だろう。隊の陣地が急襲された、という緊急事態に。
「……ち、ッ!」
絡まれた時の悪印象と、目の前の敵前逃亡という状況に。
アタシは無意識の内に舌打ちをし、目線を逸らして「見なかった」事に。つまりは黙殺を試みる──が。
顔を背けるよりも一歩早く。
逃げていた騎士らがアタシを発見し、目が合ってしまった。
「おお、丁度良いところに! これぞ神の導きに違いないっ」
戦神の聖職者であるエルガが聞いたら怒りそうな第一声を吐いて。
三人の騎士は息を荒げながらも、救援が現れた事に安堵の笑みを浮かべ、こちらへと走り寄ってくる。
しかし、後数歩ほどの距離になって。
「……ん?」
騎士らの足が止まり、何かに気付いた様子で三人が顔を見合わせる、そんな反応を見せる。
ようやく騎士らは救援を求めた相手が、少し前に自分らが暴言を吐いた相手だと気付いたようだ。
先程まで顔に浮かべていた笑みが途端に消え、驚きの表情とともにアタシを指差す。
「お、お前は……いや、貴様はっ⁉︎」
どうやら動く屍体から逃げるのに必死で、救援に現れた人間の顔までは確認出来ていなかったらしい。
状況の把握のあまりのお粗末さに、アタシは隠す事無く溜め息を吐いてしまう。
「……はぁ。こんな状況で騎士様が、一体アタシに何の要件だい?」
アタシの想像が的中しているなら、騎士らは醜悪な動く屍体の相手を何としても兵士へ押し付けたい筈だ。
だから息を切らせながら、暴言を吐いたアタシだと知らずに近寄ってきたのだろう。
だからこそアタシは、容易に救援を求められないように騎士らへ挑発的な言葉を選ぶと。
「息を切らしている割にゃ……見たところ、鎧も汚れていない様子だけどね」
「……ぐ、ぬ、っ」
こちらの言葉に図星を突かれたようで。騎士らの表情が途端に、不快さを露わにした顔へと歪む。
近接武器を用いた場合、攻撃した際に飛び散る腐汁の飛沫を避けるのは難しい。今のアタシの全身のように、腐汁を浴びて汚れてしまうのが通常だ。
だが、三人の騎士が着ていた立派な金属鎧の表面は。一切、腐汁が付着していなかった。
つまり、大量に陣地に押し寄せた動く屍体と一度も交戦していないという何よりの証拠。
見れば、この三人は腰に挿した剣を鞘から抜いてすらいないのだ。
もし三人の誰かが、ランディのように攻撃魔法を巧みに扱えるとすれば。鎧が汚れていない事も剣を未だ抜いていない事も、どうにか納得は出来るが。
だとすれば、敢えて逃走を選ぶ理由が今度は説明が出来ない。
しかも、騎士という地位は戦場において、兵士よりも立場が上。なればこそ、このような乱戦時には周囲の兵士を指揮し、率いる役割が求められる──そう養成所で学んだ。
にもかかわらず、この三人の後方には率いるべき兵士の姿は誰一人として見られない。
数々の目に見える事実から、アタシが導き出した結論──それは。
「動く屍体相手に逃げ出す、なんて。伯爵家の騎士ってのはその程度なんだね」
ここには抑え役のランディもいない。
それにアタシは、大口を叩きながら。騎士という役割すら果たせず、敵に背中を見せて逃げるという選択をした三人に対し。
胸に湧いた憤りを隠すつもりも、もう無かった。
アタシは一歩前に踏み出し、胸を張る。
三人の騎士もなるほど、普段の訓練があるからだろう、立派な体格をしてはいたが。
それでも、アタシの背丈が騎士ら三人より頭一つ抜きん出ていたため。こちらが一歩前に出ると、一瞬だけ騎士らが怯む様子を見せる。
「……な、何だ、とっ! き、貴様っ!」
「訓練生の分際で我々を侮辱するとはな……許せん!」
訓練生と見下した相手に、率直に「逃げ出した」と指摘されてしまえば。三人にも騎士としての面目がある。憤慨するのは当然と言えた。
怒りの言葉を吐き、同時に腰に挿した剣の柄へと手を伸ばす騎士ら。
「ははッ……動く屍体にゃ剣を抜かないくせに、味方にゃ剣を抜くとはね」
確かに挑発し、怒りを煽ったのはアタシだが。
あまりの軽率な行動に、騎士側がアタシを見下すのと同様の視線を三人へと向ける、
即ち、騎士三人を「弱者」と見做し、憐れむような感情を乗せた視線を。
「──イイぜ。戦ってやるよ」
同時にアタシは先程の、救援が間に合わずに動く屍体の手に掛かり息絶えた兵士を思い返す。
兵士としての役割を果たし、死んでいった者がいるのに。目の前の騎士三人は、騎士としての役割を何一つ果たさず。
挙句には味方を救援していたアタシに剣を向けようとする、その行為に怒りが沸々と湧き。
アタシは、握っていた両手剣を握り直し。
騎士を迎え撃つ準備を整えた、その時だった。
「まあ待て、二人とも」
怒りを露わにし。腰の剣を抜こうとしたのは三人の内二人のみ。
一人だけ平然とした表情のまま、激昂する二人の一歩前に踏み出て。腕を伸ばして、一旦二人を宥める。
暴挙を制した騎士は、動く屍体の強襲が発生する直前、こちらに絡んできた時と同じく。アタシを変わらず、見下したような態度と表情を見せながら。
「貴様が言うように我々は騎士に違いない。だからこそ、騎士の役割を全うしていたに過ぎない」
「……は?」
騎士の発言に、アタシは呆れたような声を漏らしてしまう。
敵を前に逃走したり、挙句。味方に剣を向けたり、と。
少なくとも、アタシが知る騎士像と。今、三人の騎士の振る舞いはあまりにもかけ離れていたにもかかわらず。
それを騎士として当然の行動だ、と。ある意味では開き直った態度を示したのだから。
「剣も抜かず、敵に背を向けて逃げて……かい?」
「分からないか? これだから……まだ兵士にもなっていない連中は察しが悪くて困る」
この期に及んでも騎士は一貫して、アタシを見下す態度を崩さない。
寧ろ、発言を続けていた騎士は自分の言葉に気持ち良くなってしまったのか。徐々に身振り手振りが大きく、表情は尊大に変わっていた。
そして。
「忠誠を誓った伯爵家の人間の護衛こそ最優先。兵士に混じり、動く屍体の相手などしている余裕など我々にはない──という事だ」
どうやら、アタシの挑発的な発言に対する反論を終えたつもりか。
満足げな表情を浮かべながら騎士は最後に一言。
「あの動く屍体は貴様に任せた」
そう口にしたのだった。




