138話 アズリア、劣勢に傾く戦場で
二手に分かれ行動を開始したアタシらの部隊は早速、右隣にて交戦を続けていた兵士らの元へと駆け付けたが。
「……こりゃ、酷え、ッ」
戦況を一瞬確認しただけにもかかわらず、アタシは思わず言葉を漏らした。
アタシらは、ランディとエルガの魔法による先制攻撃で。誰一人として擦り傷一つ負う事もなく、二〇体以上の動く屍体と。潜伏していた数体の小鬼を撃退出来たのだが。
こちらの戦況は、まるで真逆。
兵士らが動く屍体に追い込まれ。既に半数の兵士が地に伏し倒れている、極めて不利な状況下だったからだ。
敵である動く屍体の数は、一見して十数体。アタシらが相手にしたよりも若干少ない数だが。
対峙していた兵士はというと動く屍体とほぼ同数。数だけで言えば、二手に分かれる前のアタシらよりも上だった──が。
問題は、その兵士の装備だった。
表面を金属で補強した──薄片鎧と呼ばれる革鎧を装着しているのは数人程度で。残りの一〇人程は、防具の類いを全く着けていなかったのだ。
おそらくは、休息のために防具を外していた兵士なのだろう。
アタシらが野営地に到着した時も、陣地の外を見張るための兵士以外は。天幕で休息を取っていたのを目撃していたから。
急な動く屍体の襲撃の知らせに、鎧を着込む時間が無かった余裕の無さが窺える。
危急の際の判断が、完全に裏目に出てしまったのが今回だ。
動く屍体は元々が何者かの死骸であり、多少身体を傷付けられた程度ではその動きを止めるのは難しい。
両脚を切断しても、上半身が這って移動してくる位には脅威的な耐久力を有している。
兵士らが至近距離に踏み込むのを嫌い、槍を持つ兵士が一定の間隔を保ち、槍先で動く屍体を突いていく。
同じ人間の兵士相手ならば、槍先に刺されるのを嫌い、さらに距離を置くだろうし。構わず接近したところに腹を刺せば致命傷、腹を避けても足を刺せば動きを鈍らせる事が出来る。
槍とは、それ程に強力な武器だが。
おそらく痛みを感じていない動く屍体は、腐った肉を刺した槍先を自ら身体に貫通させ、槍の柄を手繰り寄せるように接敵してきたのだ。
こうなると兵士は、動く屍体が迫るよりも余計に後退して槍を抜くか。強引に槍を横に払い、動く屍体の身体を切り裂いて槍を抜くか。
もしくは槍を諦め、武器から手を放して接近してくる動く屍体から逃げるかの選択を迫られる。
その判断が遅れた者は、迫り来る動く屍体が振るった一撃をその身に浴びる事となる。
動きこそ鈍重だが、元々が人間であったのが嘘だと疑いたくなる──金属鎧の装甲を歪に曲げる程の強烈な威力の打撃を。
当然ながら、直撃すれば致命傷だ。
そして、大半の兵士らは迫る動く屍体という状況に冷静を欠き。武器を手放す事を選んでしまう。
確かにその時は、動く屍体から身を守れただろうが。兵士である以上、戦場からの勝手な逃走は許されてはおらず。武器を持たない兵士が、戦場で敵から身を守る術など存在しない。
それこそ、動く屍体の背中に隠れた小鬼の絶好の目標だ。
元々、動く屍体らと対峙した兵士らとの数はほぼ同数。
それが動く屍体の一撃に、もしくは小鬼の奇襲を受け。兵士が一人戦線から欠ければ、誰かが余計に敵と相対する負担となり。
さらに真横で仲間である兵士が倒される、という事態は兵士らの恐慌を招き。次々に、戦線は崩壊していくという理屈だ。
結果、兵士側は半数以上が倒れているのに対し。
動く屍体や小鬼は、まだ一体も討伐されていなかったのだ。
見れば、口から血を吐き倒れている兵士の中には、まだどうにか動ける者もいた。
だが、兵士がまだ息があるのを知ったのはアタシらだけではなく。
付近にいた動く屍体もまた、兵士が生きている事を理解し。攻撃の対象に定めたのをアタシは素早く察知する。
アタシは両手剣を構え、まだ息のある兵士と動く屍体に割り込もうとするも。
まだ距離が空き過ぎているため、下手をすれば全速で駆けても間に合わない。
「ランディ、魔法で援護してくれッ!」
ならば、アタシは横に並走していたランディに。先程と同様に魔法を用い、地面でどうにか藻掻く兵士に腕を振り上げる動く屍体を迎撃する要請をするが。
何故かランディは首を左右に振り、魔法を使う事を拒んだ。
「……駄目だ、アズリア。あの距離じゃ兵士を炎で巻き込んでしまうっ」
そう言われてアタシは今一度、目標としていた兵士と動く屍体との距離を確認する。
確かにランディが言うように動く屍体を炎で焼けば、足元で這う兵士にその被害が及ぶ可能性は高い。
アタシが見た限りでもそう思ったのだ。実際に魔法を使うランディがそう判断したのなら、より巻き込む危険が高いのだろう。
だったら、あの兵士を助けるためには。
アタシが全力で駆ける、それ以外にない。
「──くそッ! 間に合えッ、アタシ!」
アタシと同行しているのは、ランディの他にはワイラーら岩人族だ。
身長が低く、かつ手足が短い岩人族は人間より腕力が強い反面。素早い動きが苦手だったりする。
だから今、瞬発力を問われる場面においては。残念ながらワイラーらを頼る事は出来なかった。
懸命に地面を蹴り、走りながら握った両手剣を構えて力を溜める。
狙ったのは、動く屍体の首。
両脚を一気に両断し、行動不能にしてしまう事も一瞬だけ考えたが。
足元には兵士がおり、剣が誤って命中する可能性に。両脚を切断された動く屍体の上半身が、兵士に倒れ込む危険を避けるため。
首を刎ねるか、頭を破壊し。動く屍体を倒してしまうのが一番手っ取り早い。
全力で走るアタシの視界に、目標と定めた動く屍体がもう間近にまで迫る。
「喰らい──やがれええッ!」
アタシは言葉を吐き捨てながら、既に充分な程、力を溜め終えた腕を解放し。構えた両手剣を真横に振り払っていく。
剣を握る手の指に伝わる、獣や小鬼の時とは違う、ぐにゃりとした感触。
アタシが放った両手剣の一閃は、狙い通り動く屍体の首を捉えた。
先程の感触は、腐った肉を剣の刃が斬り裂いた時のものなのだろう。
首を両断された動く屍体の頭が、ボトリ……と崩れながら地面へと転げ落ちる。
だが、首が胴体から離れると同時に。
動く屍体の腕が、既に狙いを定めていた地面に倒れている兵士へと振り下ろされていたのだ。
首が飛ぶ間際の動く屍体の一撃は、元が人間の死骸だと信じられない程の怪力を発揮し。避けようのない兵士の背中を直撃し。
「ぐ……げえぇっっ⁉︎」
骨が複数本砕ける嫌な音を響かせ、兵士は口から苦悶の声と一緒に大量の血の泡を吐くと。その身体を細かく震わせながら、やがて力無く項垂れ、そのまま動かなくなってしまう。




