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137話 アズリア、判断に迷う

 目の前の、ランディの炎魔法の巻き添えとなり黒焦げになり、地面に転がっていた小鬼(ゴブリン)の死骸を見ていたアタシは。

 

「……な、何だよ、この状況はッ?」


 周囲から聞こえてくる音の変化を察知する。


 元々、隊の野営地に迫っていた多数の動く屍体(ゾンビ)を撃退するため。

 戦場になった陣地内では討伐隊に参加した兵士や騎士が、剣や槍、魔法を用いた事による喧騒(けんそう)が巻き起こっていたが。


『な、何だこの小鬼(ゴブリン)はっ、は、離れろ……ぎゃああああああ⁉︎』

『馬鹿なっ! 敵は、動く屍体(ゾンビ)だけじゃないってのか⁉︎』

『お、落ち着け! 敵は所詮(しょせん)小鬼(ゴブリン)だ、落ち着いて対処すればっ──』


 辺り一帯からの戦火の音には、徐々に兵士らの悲鳴と混乱、(ある)いは悲痛な味方側の声が混じる。

 その変化を、敏感に察知していたのだ。

 

 敵は動きの鈍重な動く屍体(ゾンビ)、それに小鬼(ゴブリン)が数体と。名前のみを並べれば、訓練された兵士が遅れを取る相手では決してない──が。

 聞こえてくる音のみで判断をするならば。今の戦況はほぼ互角……いや、隊側が押され劣勢であると言わざるを得ない。

 

 それだけ、動く屍体(ゾンビ)を遮蔽物とした小鬼(ゴブリン)の奇襲は全員の予想外だったという事か。

 知能が低い、と認識していた小鬼(ゴブリン)(だま)された悔しさに。アタシは奥歯を強く噛み締めていた。


「……そりゃ、そうだよな。アタシだって、普通に動く屍体(ゾンビ)に接敵してりゃ同じ目に()ったかも──」


 先程、アタシが目撃した小鬼(ゴブリン)の奇襲に、首を斬られ倒れる兵士。

 一つ間違って、サバランやイーディスがアタシを制止してくれていなかったら。絶命した兵士のように、アタシも小鬼(ゴブリン)の凶刃に倒れていたかもしれない。

 そう考えると急に、首に剣の刃を当てられたかのような冷たさを感じた。


「……か、考えるのはよそうッ」


 だがアタシらは幸運にも、小鬼(ゴブリン)の奇襲を(まぬが)れ。逆にランディとエルガの魔法による先制攻撃で、一切の被害も出なかった。


 本来ならば、無傷で迎撃を終えたアタシらは。小鬼(ゴブリン)の奇襲で劣勢となっていた他の方面の救援に動くべきなのだろう。

 戦況が劣勢の中、ただ待機しているだけというのは、どうにもアタシらの(しょう)に合わない。


「な、なあ……どうしたらイイかね、アタシら?」


 アタシは困り顔を浮かべながら、おそらくは周囲の状況を把握していた仲間らへと声を掛ける。


 これが養成所での遠征訓練中での出来事なら、訓練生は独自の判断で動ける。(むし)ろ、そういった判断力を鍛える事も、遠征訓練には含まれているからだ。

 だから迷う事なく、劣勢となった隊の兵士らの救援に動けるのだけど。

 今は、立場が違う。

 まだ正式に到着と合流の報告を済ませていないものの、アタシらは伯爵家が主導となる討伐隊の一員であり。

 しかもアタシらは訓練生という一番弱い立場にいる以上、命令も無く、勝手な判断で動く事は許されてはいない。


 一方で。動く屍体(ゾンビ)の襲撃直前に、伯爵家の次男を名乗る人物と接触があったように。

 アタシと伯爵家とは、元副所長のカイザス絡みでの因縁がある。下手に命令違反などと(いわ)れの無い罪を被せられては(たま)ったものではない。


 そんな事情を含めての困り顔と、仲間への相談だったのだが。


「それは、俺も勝手には決められない」

「……だよ、なぁ」


 通常であれば、アタシら四人の意見を(まと)め、行動の決定役となるランディも。さすがに訓練生という立場を理解していたからか、苦い顔をして判断を拒否する。

 当然、サバランやイーディスなどは「無理だ」と言わんばかりに激しく首と手を左右に振り。自分に話題が振られる事を強く拒絶してみせた。


 ならば、好戦的なワイラーら岩人族(ドワーフ)はこの状況下でどう動くのか。

 彼らは訓練生ではなく、岩人族の街(モードレイ)の正規の兵士だ。当然、訓練生であるアタシらより立場が強い……筈なのだが。


「俺らは姐さんに着いていくだけだっての」


 とワイラーには言われてしまい、アタシもそれ以上の問答は出来なかった。

 どうにも八方塞がりな状況に(おちい)ってしまい。


「……くそッ! 一体どうしたら──」


 アタシは鬱憤(うっぷん)を晴らすように、握っていた両手剣(グレートソード)の切先を地面に強く叩き付ける。

 その時だった。


「ここは私に任せろ。アズリア」


 アタシの肩に手を置き、そう告げたのはガリエラだった。


「何。これでも私はラウム男爵家の名を背負ってこの場にいる。隊長ほどではないが、命令する権利は主張できる筈だ」


 そう言えば、一緒に行動していたからすっかり忘れていた。

 女でありながらラウム男爵家の長子であり、次期男爵家当主となるガリエラもまた。本来であればアタシを実弟ナーシェンの敵と見做(みな)し、その因縁で敵対していてもおかしくはない相手であった。

 男爵家の権限を(なか)ば強引に用い、今回の討伐隊に無理やり参加したガリエラだったが。


 男爵家の肩書きを前面に押し出せば、()(ほど)、独自の判断で動いても。それを理由に、後で罰を命じられはしない、という事か。


「……なら、ここばガリエラ。アンタに判断を任せるよ」

「うむ、任された」


 ここは提案通りに、判断をガリエラに委ねる事にした。(もっと)も──ガリエラが救援に乗り気でないならば、判断を任せはしなかったが。

 どうやらガリエラの闘志に満ちた表情を見るに、その懸念は無用のようだ。


「だが、一度に(まと)まって動くには。この人数は少しばかり多すぎるな……ならば」


 確かに、アタシら四人にガリエラ。そこにワイラーとエルガ、他五人の岩人族(ドワーフ)が一斉に行動するとなると。

 ガリエラの言うように、人数が多過ぎる感は否めない。

 そこでガリエラは、彼女を含め一二名にもなるアタシらの集団を、自分の裁量により即興で六、六の二つに分けていく。


「──と、分けてみたのだが。何か異論はあるだろうか」


 一つの部隊の編成は、アタシとランディ。そしてワイラーら岩人族(ドワーフ)の戦士が合計で四人。


 対して左から攻めるもう一つの部隊は、ガリエラが直接指揮を取る。イーディスとサバランに加え、残りの岩人族(ドワーフ)の戦士二人に、エルガ。


「いや、良い判断だと思いますよガリエラ様」


 先程、魔法による攻撃を見せたランディとエルガ。

 そして周囲の状況を察知する能力に長けたアタシとイーディスを、それぞれ別途に分けたのは。

 真っ先に賛同したサバランではないが、即興の判断にしては見事と言うしかない。


「それでは今の部隊で、左右別々に混乱している兵士たちを援護するぞ!」


 とはいえ、これまで一緒に行動してきた二人と。一時(いっとき)とはいえ別行動となる事に、何も感じないアタシではない。


「サバラン! イーディス!」


 左右別途に移動するため、背中を向けていた二人だったが。アタシの呼び掛けに反応し、振り返ってくれた。

 

小鬼(ゴブリン)動く屍体(ゾンビ)ごときに……やられるんじゃないよッ」

「ははっ、そりゃこっちの台詞(せりふ)だ。俺は守ってやれないんだからな」

「……気をつけろよ、アズリア」


 そう、言葉を交わして。

 アタシは、二人と行動を別にする。

 

  

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