136話 アズリア、戦場に響く突然の悲鳴
「「うおおおおおっっ!」」
勇ましく雄叫びを上げ、小鬼に突撃していくワイラーと先頭とした岩人族らは。
頭上へと握っていた戦斧を振り上げ、小鬼へと容赦の無い強烈な一撃を浴びせる。
周囲に気を取られていたためか、回避が間に合わずに。慌てて短剣を構え、自分に振り下ろされる斧を受け止めようとする小鬼らだったが。
粗末な短剣では、渾身の力が込もったワイラーの攻撃を止める事は出来ず。
『ギ──エエエエエエエ‼︎』
強烈な一撃が頭に直撃し、頭蓋を叩き割られ。
汚い断末魔を発し、グシャリ……と力無く地面に崩れ落ちた小鬼。
他の二体の小鬼も、ワイラーの後から突撃してきた岩人族らの攻撃を防ぐ事が出来ず。
戦杖や戦斧の集中攻撃を浴び、同じく断末魔を上げて地面に倒れていった。
すると、もう動かなくなった小鬼に対し。
「ふぅっ! ふぅっ……どうだ! 小鬼が! 思い知ったかよっっ!」
鼻息荒く、敵意を剥き出しにし暴言を吐き捨てていたワイラー。
単なる戦意高揚ではなく、小鬼に対する並々ならぬ憎悪の感情が透けて見える。
見れば他の岩人族らも、倒れた小鬼に暴言や、足で地面の砂を払い掛けていた。
既に死んだ相手に対し、追い討ちを掛ける行為。
「な、なあ……あれって。止めなくて……いいのか?」
戦闘に参加せず、後方で様子見をしていたサバランがワイラーや岩人族らの行為を目の当たりにし、拒絶感を含んた言葉を漏らす。
おそらくアタシも、岩人族の事情を何も知らなければ。サバランと同じ反応を示していただろう。
「ああ、ありゃあ──」
実は、二度の岩人族の街の来訪で。アタシは岩人族の習慣や事情を学んだのだが。
その一つに、小鬼が「鉄や銀を腐らせる」という真偽の定かではない噂話があった。
噂の信憑性には、少しばかり疑問が残る。確かに小鬼が所持している武器は粗悪な質ばかりだが。以前、アタシが遭遇した小鬼は問題なく鉄製の武器を扱っていたからだ。
しかし驚く事に、岩人族の多くがこの噂を信じており。街に数多くの鍛冶場があり、鉄の加工を得意とする岩人族にとっては、金属を駄目にする小鬼は「憎むべき対象」なのだと知った。
故の、ワイラーや岩人族らの態度なのだ、と。
「岩人族と小鬼は、決して相容れないんだなあ……としか」
「そ、そういうもの、なのか……」
アタシの話に一定の納得を示したからなのか、サバランもとりあえずは頷いていたが。
「な、なあアズリアっ? やっぱそこのところをもっと詳しく聞かせ──」
さらなる説明をサバランが求めようとしてきた──その時だった。
『ぎゃ、あああああっっ⁉︎』
突然の悲痛な絶叫が響いた。
今の声は少なくとも小鬼のではなく、人間の声だ。
アタシはまず自分の周囲を警戒する。
「な、何が起きたッ?」
「わ、私ではないぞっ」
視線を移動させ、まず視線が合ったのがガリエラだったが。途端に彼女は首を左右に振って否定していく。
同じく、叫び声を発したのはアタシらの仲間の内でもなければ、エルガでもない。
「……ッて、コトは」
アタシらではなく、しかも小鬼でもないなら。その他の──つまり討伐隊に参加していた誰かという事だ。
動く屍体はランディとエルガの魔法で、後から登場した小鬼はワイラーら岩人族が全部倒し。
自分らが任された戦場での脅威は、全て取り除かれたといっても過言ではない。
アタシはどうにも突然響いた悲鳴の原因が気に掛かり、自分が任された戦場を離れ。
隣接した、おそらくは兵士や騎士が突然現れた動く屍体を迎え撃っていた戦場へと視線を凝らす。
すると、驚きの光景が飛び込んできたのだ。
「な、何だよ、ありゃあ……」
それは討伐隊に参加した兵士の一人、その背中に小鬼が飛び付いて。金属製の鎧で守られていない剥き出しの首に。
まさに今、粗末な短剣を突き立てていた状況だった。
急所である首を鋭利な武器で一突きされたのだ、兵士の首から真っ赤な血が盛大に噴き出す。当然、致命傷だ。
本来なら訓練生だけでなく、多少は腕に覚えのある若い男なら一対一で勝利出来る程度の強さでしかない小鬼が。
厳しい戦闘訓練を受けた兵士を翻弄していた事に、アタシは唖然とするしかなかった。
確かに……大人と子供程の体格の違いがある兵士と小鬼でも、背中にしがみ付き、首を狙われれば一溜りもない。
問題は、実力差のある小鬼が何故に背後に回り込めたか、という事だが。
アタシの疑問は、直ぐに氷解する。
「あ、あれを見ろアズリアっ⁉︎」
ガリエラが指を差して指摘したのは、一体の動く屍体。その動く屍体の背後に、小鬼が張り付いていた。
前方からは、体格の小さな小鬼の姿が察知されないよう、隠れていたのだ。
アタシらの選択と違い、他の方面で動く屍体を迎え撃った兵士らは。魔法による遠距離攻撃でなく、接近しての戦闘を選んだのだろう。
迎撃のために動く屍体に接敵した兵士は、その後方に潜んでいる小鬼に気付かず。
知らぬ間に背後へと回り込まれ、致命的な一撃を浴びてしまう。
いや……辛うじて咄嗟に察知し、致命傷を回避出来ても。もし手傷を負えば、動く屍体の腐汁の脅威がさらに強まってしまう。
傷口の化膿や高熱、下手をすれば流行り病等、
深刻な悪影響が出る可能性が高いからだ。
普通であれば、動く屍体の身体を遮蔽物にしようなどという発想は湧かない。所々が腐敗した動く屍体から漂う悪臭は凄まじく、普通の生き物であればまず身体に触れる事を躊躇う程だ。
だが、そこは小鬼。
おそらくは動く屍体の悪臭も不快には思わない鼻をしているに違いない。
この時点で、アタシは理解する。
「つまり、さっきの小鬼もッ……」
つい先程、エルガの神聖魔法で一〇体程の動く屍体が崩壊したその場に突然姿を見せた三体の小鬼は。
同じように、動く屍体の背後に潜んでいた小鬼なのだと。
エルガの神聖魔法で巻き起こった白い炎は、アタシらが触れても熱く感じる事なく、火傷も負わなかった。
同様に、背中に張り付いて隠れていた小鬼もまた。エルガの魔法で傷一つ負わず、動く屍体が崩壊してその場に残されたのではないか。
事情を理解すると、何故か姿を現わした小鬼が困惑していた理由にも合点がいく。
隠れていた動く屍体が突如として、謎の白い炎で崩壊してしまったのだから。
色々と積み重なった謎が判明していくが。
ならば、ランディが「炎の矢」で燃やした動く屍体から、小鬼が現れなかったのは何故なのか。
「それじゃあ、ランディの時に小鬼が現れなかったのは──」
その疑問も、焼けた動く屍体の痕跡を見て納得する。
黒く焼け焦げ崩壊した四体分の動く屍体の残骸に混じり。一体だけ原型を留めた、小鬼の焼け焦げた死骸が転がっていたからだ。




