135話 アズリア、亡者が崩壊した後に
ワイラーの言葉が真実かどうかを確かめるため、アタシは恐る恐る手を伸ばし。
地面から湧き上がる不思議な白炎に、触れる。
「ホントだ……熱く、ねえ……?」
指先を撫でる程度ではなく、炎の中に丸々手首を入れても尚。アタシの手は、一切の熱を感じなかった。
なのに。
「み、見ろ! 動く屍体がっ──」
サバランが驚きの声を上げるのも無理はない。
白炎に飲まれた複数の動く屍体は、熱くない筈の炎に焼かれ。一体の例外もなく全部が灰となり崩壊してしまったからだ。
一つの魔法で、一〇体以上の対象を一気に殲滅させてしまった威力に。アタシは空いた口が塞がらず、崩れていく動く屍体をただ呆然と眺めていた。
「コレが、神聖魔法の威力ってワケかい……」
「す、凄い……っ!」
もう一人、アタシの横で感嘆の声を漏らしながら動く屍体を凝視していたのは、ランディだった。
ランディが疲弊しながら連続して放った炎魔法で、倒した動く屍体の数は四。エルガの神聖魔法とは比較にならない戦果だ。
これだけ強大な魔法を発動させた直後、にもかかわらず。エルガは疲弊した様子もなく、平然とした態度を保っていたからだ。
「……助かったぜ」
魔法による遠距離での迎撃を、あわや潜り抜け接敵してくる可能性を睨み。槍を構えて待機していたイーディスも思わず安堵の声を漏らしていた。
何しろ、ランディの攻撃魔法とエルガの神聖魔法によって、アタシらの方面には動く屍体の姿は一体も見えなくなり。接近戦を仕掛ける必要がなくなったからだ。
もし、イーディスが動く屍体への接近戦を制してくれなければ。
迎撃自体は問題無く成功していたものの。倒した後の腐汁やら悪臭の対処に苦戦し、後の討伐の日程にも大きな支障が出たかもしれない。
……いや、それはランディやエルガの魔法の援護が無いであろう、他の場所を迎撃する隊の全員に当て嵌まる話なのだが。
隊に参加している人員の中では、まだ兵士ですらないアタシらは一番の下っ端なのだ。他の場所への援護を含め、他人を心配する余裕など不要というものだ。
となると、突然の大量の動く屍体の襲撃という状況が落ち着き。アタシの頭に浮かんだのは。
「──にしても。この動く屍体はどこから湧いたんだ?」
「……ですね。私もそれが気になりました」
これだけの数の動く屍体が、果たして同時に発生する事態が自然に起きるのだろうかという疑問。
口にした疑問に、神聖魔法を使ったばかりのエルガも同意してくれる。
アタシらの方面から現れただけでも二〇体以上はいたが。それが隊の野営地の至る方向から襲って来た、となると。
下手をすれば小さな農村と同程度、一〇〇体以上はいる動く屍体の大群が同時に押し寄せた事になる。冷静に考えて、そんな多数の動く屍体が突然に湧く、などという事があり得るのだろうか。
まず動く屍体が発生する手順だが、死骸を放置していれば必ずしも動く屍体となる訳ではない。
動く屍体となった場所に、複数の処置を受けていない死骸があったとしても。確かに死骸が動き出す確率は高くなるものの、その全部が動く屍体となるとは限らない──と。
「動く屍体は、死者の肉体に悪しき者が憑依した存在。しかし、死者ならば何でも……というわけでは決して、ない」
「だよねぇ……そうでなきゃ今頃、外は動く屍体で溢れてるだろうに」
動く屍体と遭遇・交戦した事はあるものの。その詳細をまるで知らないアタシに代わり。
おそらくアタシより、動く屍体についての知識があるエルガが指摘する。
「それにさッ──」
次に、一つの農村と同じ数の処置されなかった死骸が、一体何処にこれ程多数あったというのか。
これだけ多数となると、街や農村といった集落の墓地がまず最初に想定出来るが。だとすれば、襲撃を受けるのはその集落だ。
だが、野営地を記した地図上でも。隊に合流する道中を実際に歩いてきた記憶でも、この近辺に街はおろか、農村も見当たらなかったし。
これだけの数の動く屍体に街や農村が襲撃されれば、周囲を警戒していた隊の見張りが見逃すとは到底思えない。
「この野営地はもう敵の目の前だ。それを連中が黙って見てるか、ッてコトだ」
最後に、この地に陣を敷いた隊の目的──北狄の討伐を考えれば。
偶然にも動く屍体が大量に発生し、討伐隊を目敏く発見し、襲撃に集まってきたとは。
少なくともアタシは思えなかったし。
さらには死者を処置する専門家である聖職者であり、これ程の威力の魔法を見せつけたエルガが同意してくれた事で。
アタシは自分の推測に、より確信を抱く。
「お、おい? じゃあ何だアズリアっ……この動く屍体は、北狄の奴らが仕掛けてきたって言うのか?」
「ああ。アタシはそう思ってる」
エルガの会話を聞いて、サバランが懐疑的な言葉で割り込んでくるが。
突然の大量の動く屍体の襲撃に、北狄の関与があるとある程度の確信を持っていたアタシは。
その証拠をどうにか発見出来ないかと。ランディとエルガ、二人の魔法の共演で倒され、すっかり灰となった動く屍体のいた場所に視線を向けた。
すると、そこには何故か。
『……ギ? ギ、ギ』
エルガの神聖魔法が発動する直前、確かに動く屍体が立っていた場所には。
代わりに、粗末な短剣を構えた小鬼が首を左右に振り、辺りを不思議そうに見渡していた。
しかも一体ではなく。
合計で三体の小鬼が、アタシらの目の前に。
まさか。
動く屍体と一緒に小鬼までもが陣地に入り込んでいたというのか。
──とはいえ。
「この小鬼が何処から出てきたのか謎だが。たった三体とは無謀じゃねえか」
折角の腕を振るう機会かと思いきや、動く屍体が相手という事で。接敵を制され、鬱憤が溜まっていただろう岩人族のワイラーは。
まるで野盗が獲物を発見した時のような台詞を口にすると、戦斧を構え直し。
「いくぜお前ら! 岩人族の力を見せつけてやるぞおおお!」
「「おうっ‼︎」」
ワイラーの檄に、五人の若き岩人族の戦士らも呼応し。全員が武器を掲げて、アタシらの前へと飛び出していった。
「ま、待てよおいッ! ッて──」
小鬼が突然現れた事に唖然とし、一瞬反応が遅れたからか。ワイラーの先行を許してしまったが。
ただ一人、ランディだけが前に出ようとしたアタシらを腕を伸ばして制止し。
目で何かを訴えてくる。
「アズリアっ!」
ランディの制止で一瞬だけ冷静に戻ったアタシは、あらためて戦況を確認する。
既にワイラーら岩人族と小鬼との人数差は、六対三。
そこにアタシらが参戦するとなれば、人数が余剰となり過ぎる。小柄な体格の小鬼に三、四人掛かりとなると、寧ろこちら側が同士討ちを起こす懸念がある。
──とアタシはようやく納得し、一歩後ろへと退がる。
「……ッ。わ、わかったよ」
四人全員で一度目線を合わせ、一つ頷くと。ランディが主張した通り、全員この場へと留まり、周囲への警戒を徹底する事を決めた。
まだ他に小鬼が周囲に潜んでいる可能性もあったからだ。




