134話 アズリア、神聖魔法を知る
初めて聞く単語に、アタシは思わず聞いたばかりの言葉を復唱する。
「……せ、神聖魔法? 特別な魔力?」
「ええ、その通りです」
これまでアタシが扱えないものの、学んできた魔法とは。
伝承では世界を構成すると伝わっており、一年を分ける季節の名にも冠されている一二の偉大なる精霊。その属性を帯びた魔力を使うのが、アタシの知っている魔法と仕組みだと教わってきた。
だが、今アタシの目の前で動く屍体を一瞬で灰にし、崩壊させてみせた魔法の源は。同じ魔力でありながら、精霊の助力ではなく。
神を信仰する事で得られる助力を使っているのだと、エルガは説明してくれる。
「じゃ、じゃあアタシの指の骨を繋いだのも?」
「そうですよ。あれも神が授けた『癒し』の力に違いありません」
再びアタシは驚いた。
まさか、折れた指の骨を一瞬で繋いだ治癒魔法も。エルガの言う神の信仰心を用いて発動させる神聖魔法なのだと言う事実に。
指の治療の時はあまり深く考える事なく。養成所で治癒術師のマデリアが使っている治癒魔法と同じなのだろう、としか理解していなかっただけに。
「私が扱う神聖魔法の力の根源は、神への信仰心。つまり、より敬遠に神を信じれば、それだけ扱う力も強くなるのです」
「な、なるほどぉ……」
正直言って、アタシはこれまでに神という存在を信じてはこなかった。
多少、神に祈りを捧げてみたところで、過去のアタシが置かれた状況は一向に改善しはしなかったからという経緯もあるし。
それはアタシ以外でも、神に祈って救われたという人間にこれまで出会った事が一度もなかったからだ。
だからこそ、教会や神殿の存在意義を。アタシは治癒術師が街の人間の怪我や病を癒すためだけの治療院と同等の場所、程度の認識でしかなく。
何故他人が神を信じるのか、を疑問にすら思っていたが。
だからこそ、神を信仰するという行為そのものに意味があったのだという事実に。
アタシは純粋に驚いてしまっていたのだが。
「あ……あのな。その、アズリアっ──」
そんなアタシに、横から声を掛けてきたのは。先程、連続しての「炎の矢」を放ち、息切れを起こしていたランディだ。
声を掛けてきたものの、何とも歯切れの悪い態度を見せていたランディだったが。
一瞬の間を置いた後、ようやく肝心な内容を口にし始める。
「初めて見た、と言ってるが。いつもお前が見てたマデリア婆さんの治癒魔法、あれも。神聖魔法だぞ」
「……へ?」
これまで半年の間、何の疑問もなく受け続けてきたマデリアの魔法による怪我の治療。
その治癒魔法も、アタシが知る精霊の力を使った魔法でなく。エルガと同様の神聖魔法だと、ランディは言ったのだ。
つまり、それはマデリアも。
「じゃ、じゃあ……婆さんも、神様を信じてるッてコトかい?」
「まあ、そういう事になるな」
アタシは到着し、行動を別にしており今は一緒にいなかった治癒術師の老婆を思わず探し、視線を周囲に向けてしまう。
僅かな接点しかないが、笑みを絶やさず温厚な態度のエルガは。なるほど、教会や神殿に所属する聖職者に皆が抱く印象そのままなのだが。
一方でマデリアの軽傷者に対する厳しい態度だったり、道中での身勝手な振る舞いの数々を思い返したアタシは。
エルガとマデリア──二人の印象と普段の態度のあまりの違いに、ただただ唖然とするしかなかった。
「──さて」
アタシに説明を終えたばかりのエルガは、再び残った多数の動く屍体へと向き直ると。
説明の際にこちらへ向けていた温和な笑みを。厳しい表情へと変え。
「死者を冒涜する亡者を、神は決して許しはしません」
先程、三体の動く屍体に放った強烈な光条を生み出す魔法とは別途の準備をエルガは開始する。
何故なら、先程は口にしていなかった詠唱と身振りを、今度は行っていたから。
「──慈悲深き 生と死を分け隔てる神よ
神の理を歪曲する愚かで邪悪な力を
神の御手を以って打ち払わん
光を 聖なる光と炎を」
エルガの口から紡がれた魔法の詠唱は、これまでアタシが既知のどんな詠唱よりも長い。
詠唱とは、魔法を発動させるために必要な魔力を周囲から集めるため、魔法毎に決まった単語や文言を並べる簡易的な儀式の一種だ。
つまり、長々とした詠唱は。続く直後に発動させる魔法が、それだけ発動難易度の高い強力な魔法である事を物語っていた。
勿論、詠唱を聞いているのはアタシだけではない。
この場にいる全員が先程のエルガの魔法と、今のエルガが紡ぐ長々とした詠唱を耳にしていた。
何しろランディとエルガ以外の全員は、動く屍体を倒せるだけの強力な魔法を使えず。遠距離攻撃の手段を持ち合わせてはいなかったという理由から。
腐汁を浴びない程度に距離を保つ移動以外の選択肢がアタシらにはなかったからだ。
「お、おいおいっ⁉︎」
「一体……どんな魔法を使うつもりなんだ?」
サバランはアタシ同様に驚きの声を上げながら唖然とし。
イーディスは、長い詠唱から放たれる魔法がどれ程の威力なのかを。唾を飲んで注視している。
「おっ、詠唱が終わるぞっ」
エルガの魔法の詠唱、そして予備動作といった発動のための準備が完了したのを。目敏くサバランが察知し、全員がさらに注目を強める。
先程のエルガの魔法ですら、ランディが疲弊したのと同様に三体の動く屍体を一瞬で倒してみせたのに。
それを超える威力の魔法を使うつもりなのか、と。
注視するアタシを含む全員の期待が集まる中、エルガはようやく魔法を解き放つ。
岩人族の街の神殿にもあった、戦神の紋章であろう大鎚を模した装飾品を掲げながら。
「焼き払え──浄化の聖炎!」
エルガの魔法発動の一声と同時に、動く屍体がいる辺り一帯の地面から無数の炎が噴き出した。
アタシらが知る、赤い炎ではなく。言うなれば白く輝く不思議な炎が。
白炎はまるで意思を持つかのように、周辺に未だ残っていた十数体の動く屍体へと、狙いを定め炎の舌を伸ばすと。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛⁉︎』
ランディの炎魔法を喰らい全身が炎に包まれても尚、何の反応も示さなかった動く屍体が。
先程のエルガが使った「祓霊光」を浴びた時同様に。苦悶の呻き声を上げて、頭を抱えながらその場に両膝を突いて動きを止め。
一瞬にして全身に白炎が包まれていった。
当然ながら、アタシらを取り巻く周囲一帯が炎に包まれたのだ。いくら炎が意思を持ち、動く屍体にのみ対象を絞っているからと言っても、炎に接してしまうのは防ぎようもない──が。
「あ……熱くない? この炎、触れても熱くないっ!」
不注意にも炎に触れてしまった岩人族の戦士・ワイラーが。
驚きとともに、信じられない事を言い出す。
動く屍体をあれだけ苦しめている炎が「触れても熱くない」などと。
ワイラーが嘘を言っている、とは思わなかったが。瞬時にその発言を「信じろ」というには、あまりにも根拠が薄かった。
「は? あ、アンタ、何言ってるんだいッ?」
何しろ、アタシの眼前では今もエルガの魔法で発生した真っ白い炎が地面と、多数の動く屍体を燃やしていたのだから。
その炎が熱くない、などあり得ないのに。
「浄化の聖炎」
広範囲に対象に捉えた亡者にのみ攻撃性の高い神聖な魔力を散布・展開し。魔力は現実には存在しない白色の炎と化し、魔力に触れた亡者を直接的に崩壊させていく。
「祓霊光」よりも威力の高い神聖魔法で、発動難易度は上級魔法程であり。高位の亡者にも効果が期待出来る。
神聖な魔力が何故、炎や光という現象に具現化されるのか。それは死骸を燃やす処理方法と、神々の神聖な印象が炎と光と結びついただけであり。
実際に炎で亡者を焼いているのではない事に注意。




