133話 アズリア、聖職者の放つ光
剣を振り抜こうとした、その瞬間だった。
突如として、周囲一帯に眩い光が差し込んだのだ。
「な、何だ……こりゃ、ッ?」
目が眩む程強烈な光量ではなかったものの。アタシが足を止め、動く屍体への攻撃を踏み留まるには充分過ぎる異変だった。
太陽が沈み、辺りが夜闇に包まれていたなら炬火や角灯でも強い光源になり得ただろうが。
今はまだ昼で、陣地は開けた場所にあり、木陰が日差しを邪魔してもいない。従って、日差しを超える強烈な光が何らかの道具で生み出された可能性は少ない。
となれば、アタシが思い付く可能性は一つ。
「……魔法? まさか、ランディが?」
慌ててアタシは振り返り、連続しての魔法発動で体力を消耗し、後方に待機していたランディに視線を向けるも。
視線の先の人物が魔法を使った痕跡は見られない。
そのランディ当人はというと、驚いた表情を浮かべながらアタシではない何処かに焦点を合わせていた。
おそらくは、周囲を照らす光の発生源へと。
だからアタシも、ランディが見ていたであろう方向へと視線を移すと。
「あ、ありゃ……エルガ?」
辺りを照らす強烈な光は、岩人族の聖職者であるエルガが発していた。
なるほど。
アタシも幼少期に故郷の魔術師に、簡単な光源を発生させる魔法を教わったが。
確かにエルガは、折れた指の骨を治療するのに治癒魔法を使っていた。ならば、光を発生させる魔法を扱えてもおかしな点はない。
だが、問題は光の発生源ではなく。
「で、でも何で、この状況で光を発する魔法だなんて?」
何故、辺りを照らす魔法を使ったのか、という点であった。
アタシが疑問に思うのも無理はない。
動く屍体の眼は潰れていたり、眼窩に眼が嵌まっていない個体もある。つまりは「目が見えていない」状態なのではないか。
ならばいくら強烈な光を発したとしても、目眩ましにはなり得ないのではないだろうか。
そう思い、アタシは再び前を向いて動く屍体の反応を確かめようとすると。
「──え?」
先程、背後を振り返るまでは十数歩程度の距離にいた動く屍体が。
何故か姿を消していた事にアタシは気付き、慌てて視線を左右に移して。見失った動く屍体を再び捕捉しようとする。
「う、嘘だろ? あの動く屍体……一体、どこに行きやがったッ!」
一つの例外なく、動く屍体は動きが緩慢かつ鈍重だ。その動く屍体を、僅かばかりの余所見程度で「見失う」などあり得ない。
そのアタシの視線がようやく捉えたのは。
最初に動く屍体を見失った、と思った位置にあったのは。腐った両脚──膝より下の部分だった。
当然ながら、既に動いてはいない。
「ど、どういうコトだい、コレ……?」
エルガが魔法の光を発するまで、動く屍体の首を刎ね飛ばすつもりだったアタシも。その場に残された足首だけを見て、さすがに背筋が冷たくなる。
まさか、エルガが魔法の光で目眩ませを仕掛け。その隙を突いて、同じく岩人族のワイラー辺りが動く屍体の足首から上を粉々に吹き飛ばしたのか。
いや……だとしたら。周囲に動く屍体の腐汁や肉塊、そして悪臭が大量に撒き散らされているに違いないが。
周囲一帯に、そのような形跡は残っていない。
まさに動く屍体の足首から上が「消えてしまった」と呼ぶに相応しい、不思議な状況なのだ。
アタシが目を離した隙に、何が起きたというのか。
「な、なあエルガ……その、今の魔法はただの目眩ませじゃなかったのかい?」
ランディが魔法を使ったのでも、ワイラーや他の岩人族が手を出したのでもなければ。動く屍体に干渉したのは、エルガが放った魔法の光だけ。
となると今のエルガの魔法は、アタシが想像したような動く屍体の動きを妨害する効果ではなく。それこそランディの「炎の矢」のように、足首より上を吹き飛ばす威力があったのではないか。
そんなアタシの疑問に対し。
「生を冒涜する亡者なる存在を、神の下僕である私は決して赦しはしません──」
エルガは変わらずに穏やかな笑みを浮かべてはいたが。目の前の動く屍体への敵意を口にして、こちらの質問への回答に答えるかのように再び魔法を発動させる。
「──祓霊光」
すると、先程と同様にエルガから強烈な光がまだ多数残っている動く屍体の一体に向け放たれる。
強烈な光が視界に入ると、普通であれば目が焼かれ、視力を一時的に奪われてしまうが。
不思議なことにエルガが放つ強烈な光を浴びても尚、アタシの視界は何の悪影響も受けていない。
対照的に、光を照射された数体の動く屍体はというと。
『……ヴ、オ゛オ゛オ゛オ゛……ッッ』
手足を斬り落とされても、ランディの炎魔法に燃やされた時にも「痛み」をまるで感じていない反応だった動く屍体だったが。
一体の例外もなく、苦悶と思わしき呻き声を発しながら。突如として頭を抱え、苦しみ始めると。
動く屍体の体表の腐った肉が、光を浴びた箇所から次々に灰となり崩れ落ちていき。
「お、おい見ろ、アズリアっ⁉︎」
サバランの指摘を受けた、次の瞬間。
一気に動く屍体の全身の肉が灰と化し、数体の動く屍体は同時に、そして完全に崩壊してしまったのだ。
信じ難い事に、ただ光を浴びただけで。
「動く屍体が……灰になっちまったよ……」
ランディの放った攻撃魔法は、対象を燃やすという単純な理屈だ。だから動く屍体が倒れる理由にも、納得が出来るのだか。
光を浴びて灰になる、という不思議極まりない理屈に、眼前で起こった確かな現象。アタシはその二つがどうしても結び付かず、首を傾げる事しか出来なかった。
「ふふふ、不思議という顔をしていますねアズリアさん」
「そ、そりゃ、動く屍体を倒したのもそうだけど。全然眩しく感じない……ッてのも謎すぎて」
炎と光、二種の魔法で合計一〇体程度の動く屍体は倒れたが、それでもまだ半数ほど。アタシらの眼前にはまだ一〇体以上が残っていた。
それでも。
アタシは胸に湧いた疑問を解消する、という欲求がどうにも抑え切れず。エルガへの質問を最優先にしてしまう。
「私が、戦神を信仰する聖職者である事は覚えていますか?」
「そりゃ、あれだけ立派な神殿まで見たんだ。忘れようとしたッて、忘れるワケないさ」
大陸で広く信仰されている五柱の神々の中でも、戦いと鍛治を司る神・ゴゥルンの聖職者である事をあらためて紹介してくるエルガ。
アタシは特にどの神を信じている、という訳ではないが。他人が神を信奉する事に、何ら他意がある訳でもない。
だが、何故エルガはわざわざ。神を信仰している事を強調したのだろうか。
その理由を、エルガが端的に述べる。
「今のは、神を信仰する事で扱う事の出来る特別な魔力を用いて扱える魔法──神聖魔法なのです」
「祓霊光」
術者の手から照射される神聖なる力を帯びた光は、通常の生物であれば眩しさを感じない程度の光量だが。
生と死の理を歪曲させた存在──亡者に対し、死骸を動かす歪んだ理とを分離し、その原因を霧散、もしくは滅する効果を発揮する神聖魔法。魔法でいう中級魔法程の難易度となる。
当然、その根源を失えば。いくら耐久力が高く厄介な亡者といえど、ただの死骸や骨に戻ってしまう強力な効果だが。
高位の亡者の魔法抵抗を貫通出来る程、強力な魔法ではない。




