132話 アズリア、仲間の無茶の代償
──だが、魔法を放ち終えたランディには明らかな異変が現れていた。
「はぁ……っ、はぁ……はぁっ」
肩を上下し息を荒らげ、ランディの額には汗が滲んでいた。まるで長い距離を走り終えた後のような疲弊感だ。
今使った「炎の矢」は確か、養成所で学ぶ程度には簡単な──とはいえアタシは使えない──魔法だ。
ランディが攻撃魔法を発動する場面は幾度もあったが、ここまで疲労が色濃く表れたのを見た事があったろうか。
そんな突然の強い疲弊の理由を、どうにか息を整えようとしていた最中のランディが呟いてみせる。
「れ、連続しての魔法の発動は……少し、無茶したかも、しれない……っ」
簡単な魔法だとはいえ、息を吐かせずごく短い間隔で連続で魔法を発動させたのは。
魔法を巧みに扱えるランディからしても「無茶だった」訳だ。
その無茶の代償こそが、これまでに見た事のない疲弊の理由でもあったと。
ならば何故、疲弊する危険を冒してまで連続しての魔法発動にランディは踏み切ったのか。
「お、おいランディ……何で無茶だ、って分かってながら、そこまで」
アタシと同じく、ランディの異変を察知したサバランが無茶な行動の理由を問う。
確かに、接近戦を可能な限り避けたい敵対的な動く屍体が二〇体以上、陣地へと迫っている現状。
四人の中では唯一、動く屍体を倒せる威力の魔法を扱えるランディが。アタシらの接敵を回避するため、尽力してくれた。
そこまではアタシも理解はしていた──が。
「いつも小鬼に使ってるみたいな、集団を一気に巻き込む爆発起こせば良かったんじゃ──」
サバランの指摘の通り、四人での集団戦闘でランディが好んで使用するのは。広範囲に爆発を発生させる火属性の攻撃魔法だ。
ならば今回も、いつもと同様に爆発魔法を用いて複数の動く屍体を巻き込んでしまえば。四体だけでなく、もっと多数の動く屍体を行動不能に出来たのではなかろうか。
アタシも確かに疑問であった点に対して、問われたランディは首を左右に振って。
「……それだと、動く屍体を完全に倒し切れないだろ」
「──あ」
少しだけ息を整えたランディが答えたのは、冷静に考えれば即座に理解出来る惨状だった。
そもそもサバランやイーディスが、アタシを制止してまで接敵を躊躇ったのは。動く屍体から漂う悪臭や、打撃を与えた際に飛び散る腐汁への忌避感からだ。
ならばその動く屍体が爆発したら、どうなるのか。
当然、腐った肉体は容易に四散し。イーディスが懸念した腐汁もまた、広範囲に四散する事になる。
しかも、人間や小鬼などの生物であれば爆発で手足が欠損すれば、痛みや欠損の悪影響で行動不能となるが。
亡者である動く屍体には、生物では当然と言える常識がまるで通用しない。
足が欠けても、地面を這って移動してくるのだ。それを可能にする程に、亡者である動く屍体の耐久力は高い。
ランディが得意とする爆発魔法では、広範囲に悪臭や腐汁を撒き散らす結果となり。かつ動く屍体を仕留めるには至らぬ可能性があった。
なればこその「炎の矢」という選択だったと、アタシはこの時初めてランディの意図を理解する。
「だから……一体ずつ、確実に燃やして始末するために、あの魔法をッ」
アタシの発言に、ランディは無言で頷き。汲み取った意図が「正しかった」という肯定をしてくれた。
対象がごく狭い範囲の「炎の矢」なら、動く屍体の腐汁を周囲に撒き散らす事なく。
しかも「炎の矢」で、動く屍体の腐った肉体を燃やしてしまえば、耐久力の高い動く屍体でも確実に倒せるというランディの計算高さを。
──だが。
「まだ、動く屍体はあれだけ……」
迫り来る動く屍体は、アタシらの眼前だけでもまだ二〇体以上はいるのに対して。
ランディが「炎の矢」で倒せたのは、四体だけ。
まだ多数の動く屍体がアタシらを今か今かと待ち受けている。
先程までは荒げていた息もようやく元通りに回復したランディだが。
それでも息を荒げる程に疲弊してしまうのだ。
眼前の動く屍体がアタシらの元に到達するより前に。全部焼き払うまでランディを酷使するのは、あまりに現実的な提案ではない。
動く屍体の到達を阻止するのは、現状では難しいだろう。
だとしたら。
アタシは両手剣を握り締め、空いた側の手で回復したばかりのランディの肩を数度、軽く叩いてみせ。
動く屍体に接近戦を仕掛ける事を決意する。
「ランディ、体力と魔力が回復するまで少し休んでなッ」
「な、っ? ま、まだ俺はそこまで……それにまだ動く屍体はあれだけの数がっ?」
ランディが懸命に制止しようとするも、アタシは首を左右に振って振り切っていくが。
別にアタシは何の勝算もなく、無謀な勝負を挑みに向かうわけではない。
何も武器を持たず、鈍重な動きの動く屍体に対し。長い刀身の両手剣ならば、手の届かない距離を保って攻撃が出来る。
その点では、小鬼等よりも余程戦い易い相手とも言えた。
「それにアタシは……何度か動く屍体と戦ったコトがある。だから多分、大丈夫さ」
故郷には教会も墓地もあり、日常的に埋葬された遺体が亡者になる事は皆無だが。
狩猟や採掘目的で街の外で獣や魔物の餌食となったり、野盗に襲撃を受けた犠牲者がまともに葬られる筈もなく。そんな成れの果ての動く屍体とは、過去数度アタシは遭遇しており。
腐汁を浴びて病を貰いもしたが、その全部を倒していた経験から。
少なくとも、サバランやイーディスよりは動く屍体の撒き散らす病に耐性があるだろうという、根拠のない理由もあった。
そして、動く屍体の弱点も。
最初こそアタシが動く屍体と接敵するのを制していたランディだけでなく。
一度は動く屍体の危険性を説いて、アタシを制したサバランとイーディスも。アタシが前に出るのを止めようとはしない。
接近を続いていた動く屍体との距離が、もう間近にまで迫っており。このまま接近戦を嫌い、手を拱いていても。いずれは全員が動く屍体に接敵されるのは、火を見るより明らかだった。
「──いくよ」
手や足が欠損しても動き続ける、耐久力の高い動く屍体の弱点。
それは、胴体から頭を斬り落とす事だ。
頭を欠損した胴体は二度と動く事はないし、一方で頭はまだ動くものの危険は噛まれる事程度。
とは言え、肉こそ腐って脆くなっていても、骨の硬さは生前と何ら変わりはない。サバランの剣やイーディスの槍では、動く屍体の頭を一撃で斬り離すのは難しいだろう。
だからこそ、動く屍体の弱点を突くにはアタシが適任なのだ。
何しろ、今アタシが握っているのは四年前に手にしていた粗末なボロ剣ではなく。実戦に耐え得る、立派な両手剣なのだから。
眼前の動く屍体の首を刎ねるため──アタシは力を溜め、前に一歩踏み込む。




