131話 アズリア、群がる亡者の対処法
つまり、襲い来る動く屍体への対処を一つ間違うと。
過去のアタシのように、動く屍体の体液を浴びて体調を著しく崩す事になる──と、イーディスは言っているのだ。
そう考えると、動く屍体というのは。鈍い動きからは想像も出来ない、下手をすれば小鬼等より余程対処が難しい敵……なのかもしれない。
一二歳の頃の記憶が蘇ったアタシは思わず舌打ちをし、動く屍体に向けた足を止める。
「ちッ……厄介な相手だね」
確かに悪臭に鼻を摘み、我慢すれば良いというだけの話では済まない。
あの頃のアタシと同様に高熱を出したりしても、おそらくは討伐作戦には無理を押してでも参加させられるだろう。何しろ今のアタシらの立場は、兵士以下の訓練生なのだから。
体調を崩し、疲弊した状態で。悪名付きと同等の脅威と戦うなど考えたくもない。
ならば、生存して養成所に帰還出来る可能性を少しでも高めるための方法を。足を止めたアタシは考えるも。
「でもアタシらにゃ、手持ちの武器しかないし──ん?」
両手剣で力一杯叩き斬る以外の選択肢のないアタシが出来るのは、精々が飛び散る腐汁を浴びないよう、出来る限り距離を空ける程度の事だ。
その時、アタシの視線の先にあったモノ。
「そうか……火だ。火だよ、二人ともッ!」
それは陣地を照らすとともに、獣避けとして周囲で燃やされていた炬火だった。
勿論サバランもイーディスも、火や炬火を知らない訳がないが。
だからと言って、アタシが一体何が言いたいのか。その意図を全く理解出来ずにいた。
「は? な、何言ってんだアズリア……」
「剣がダメなら燃やしてやりゃイイんだよッ!」
「「え」」
アタシの発言に驚く反応を見せた二人。
確かに動く屍体も元は人間の身体であり、その死骸を火で燃やすなど発想の外だったのだろう。
地面に穴を掘って、地中にそのまま土葬するのが一般的な死者の処理方法だが。
「だ、だが……どうやって燃やすつもりだ?」
「え? そ、そりゃ……油を動く屍体にブチ撒けて──」
小型の獣程度ならば、死骸に油を撒き、火を付けて燃やして処理する事も稀にはある。
実際にアタシが街の外を拠点にしていた四年間は。周囲に何の配慮もせずに、食用にならない箇所を燃やしていただけに。
炬火の炎を見たアタシの頭には、動く屍体を燃やしてしまうという選択肢が浮かんだのだ。
この方法なら、動く屍体を傷付けないために。サバランの言う悪臭や、イーディスが懸念する腐汁を浴びずに済む、と。
この時は信じて疑ってはいなかったのだが。
アタシはすっかり抜け落ちていたのだ。
「……なあアズリア。その油は一体どうするつもりだ?」
「──あ」
即ち、動く屍体を燃やすために必要な油を何処から調達してくるのか、とイーディスは問うてきたのだ。
小型の獣を燃やすのであれば、腰から下げた水袋に獣から採れる獣脂を入れる、その程度の量で充分ではあるが。
まるで大きさの違う、しかも体表が腐敗し湿っている動く屍体を燃やすとなると。一体だけで相当の油の量がいる。
しかも、アタシらの目の前に動く屍体は二〇体以上──それを全部燃やすなら、おそらくは油が一樽は必要となるだろう。
残念ながら、そんな量をいきなり用意出来る筈もない。
イーディスの指摘に何の反論も出来なかったアタシは、良案だと思っていた自分の意見が完全に頓挫した事を理解し。
近接戦闘を避けられるかもと期待していたサバランと一緒に、落胆の溜め息を吐く。
「やっぱ……ダメ、かあ」
「俺も、良い案だと思ったんだけどな……」
頭を掻くアタシと、慰めのためかアタシの肩に手を置くサバラン。
油を浴びせて燃やす、という案をイーディスに否定された事で。危険性を指摘されながらも、結局は接敵して戦う以外の選択肢がないという板挟みの感情。
それでもアタシらは動く屍体と戦うしかない。
「諦めろ二人とも──いくぞ」
「ちッ……わかったよ」
幸いにも、動く屍体は大した脅威ではない。全員で連携して戦えば、手早く戦闘を終えられるだろう。
避けられなかった腐汁は、戦闘後に迅速に水で洗い流せば、病に罹らずに済むかもしれない。
イーディスも含め、動く屍体を倒すために嫌々ながら武器を構える三人だったが。
突然、アタシらの背後から凛とした声が響く。
「燃えろ──炎の矢」
魔法の名を発したのは、ランディだった。
詠唱が聞こえなかったのは、アタシらが油で燃やす提案について話していた最中に既に詠唱を終わらせていたのか。
もしくは、詠唱を省略した無詠唱発動だからか。
声に反応し背後に振り向いたと同時に、ランディの手から生まれた炎の塊が細長い矢の形状を取ると。
緩やかな弧を描いて炎がアタシらの頭上を通過し、目の前の動く屍体一体に直撃した。
「お前ら……俺の事を忘れてなかったか? 敵を燃やす相談をしてるのに、いつになってもお呼びが掛からないんだからな」
「い、いや……そんなコトはな、ないっての」
サバランは否定してみせたが、ランディが攻撃魔法を、それも今話題に挙がっていた炎の魔法を得意としていた事実を。
あまり魔法を得意としていないアタシらの頭からすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。
「それに……しても」
背後にいたランディから視線を前方へと戻すと、ランディの魔法が直撃し、油も撒いていないのに一瞬で燃え上がり。
炎の中で手足が焼け焦げ、その場で崩れ落ちていく動く屍体。
「魔法、一発……かよ」
ランディの魔法の威力を目の当たりにしたサバランは、感嘆の声と一緒に口笛を鳴らす。
今、ランディが発動させたのは。養成所でも教えられた初級魔法の一つ「炎の矢」だったが。
魔法の一切が使えないアタシはともかく、サバランやイーディスが同じ魔法を使ったとして。果たして一撃で動く屍体を燃やし尽くせる程の威力が出せるだろうか。
しかも、詠唱を省略した事で効果は低下している筈なのに。
「まだ一体倒しただけだ。まだまだいくぞ──」
そのランディは、魔法を放ったのとは違う動く屍体へと手を伸ばし、照準を合わせると。
詠唱せずに再び、炎の塊を手の中に生み出していき。
「炎の矢!」
先程と同様に動く屍体を燃やす。
「──炎の矢!」
息も吐かせずに二発目を。
「──炎の矢っっ‼︎」
いや、三連続で同じ攻撃魔法を発動させ。この一瞬の内に、陣地へと迫り来る三体の動く屍体を炎で包むと。
最初の一体同様にたちまち全体に火が回り、こちらに辿り着く事なくその場に崩れ落ちていく。
「こ、この調子ならッ!」
もしかしたらアタシらが武器を振るわずとも、ランディの魔法で全ての決着が付くかもしれない。
そんな気持ちでアタシは、三連続で魔法を発動させたばかりのランディを振り返る。




