130話 アズリア、陣地に現れた魔物の正体
ワイラーやエルガら岩人族との再会を果たした事で。今やアタシらは一〇人以上の大所帯となっていた。
だからアタシらは闇雲に迎撃に出るのではなく、間近で兵士が一番足りない場所を探し当て。防御面の穴を埋めるために駆け出していく。
そう。
アタシは最初、討伐対象である北狄の魔物ら──つまり小鬼ら下位魔族が攻めてきたと予想していたのだが。
魔物襲撃の報告を聞いて、いち早く迎撃の態勢を整えて接敵した兵士らの第一声からは。
「な、何で動く屍体が大量にっ⁉︎」
と、まさかの予想に反した敵の正体が判明した。
敵を前に、兵士らが嘘や冗談を大声で言うとは思えない。
本陣に迫る敵は、小鬼らでなく動く屍体だった事実に。予想が外れたアタシも驚いたが、それは横に並んでいたランディも同様だった。
「なあアズリア、おかしくないか? この状況ってのは」
「……やっぱ、アンタもそう思うかい」
動く屍体──野晒しに放置されたり、たとえ地中に埋葬しても聖職者に処置を施さなかった死骸が。邪悪な影響を受けて動き出し、周囲の人を見境いなく襲うようになった亡者だ。
だが「処置」といっても教会が用意する聖別された水を死骸に注いだり。神の名を口にし埋葬する等の簡単な手順で済む。
アタシらも実際に、ガリエラを襲った小鬼が亡者に変貌するのを防ぐため。倒した小鬼の死骸を地面に埋め、うろ覚えの祈りの言葉を唱えて処置を施した位だ。
動く屍体が集団で発生し、人の集落を襲うという事態は稀にしか起きない。
それこそ、農村一つが誰にも知らぬ内に丸々壊滅し、村人らの死骸が長らく放置されでもしない限りは。
──そして。
隊の本陣に迫る敵を、ようやくアタシらも目視する事の可能な距離に到達したのだが。
眼前に広がっていたのは、ザッと数えただけでも二〇体以上の動く屍体だ。
報告を疑っていた訳ではないが、こうして見るまではやはり半信半疑だったものの。
「お、おいおい……ホントに動く屍体だぜ」
「……しかも、この数」
実際に目の前に群がる動く屍体を見て、サバランとイーディスは思わず愚痴を漏らしながら。
防御役のサバランは剣と盾を、イーディスは得意武器の短槍を構えるも。
『……ア゛……ア゛ア゛ア゛……』
明らかにこちらに敵意を持ち、口から低い唸り声を漏らしながら。ゆっくりとした歩調で接近してくる動く屍体に対し。
思わず躊躇いを見せる二人。
「や、やっぱり、動く屍体相手に近接戦はっ──」
「……ああ。出来れば避けたくはある」
いや、躊躇というよりは腰が引け、明らかに動く屍体との交戦を避けたがっているように見えた。
何を二人は躊躇しているのだろいたか。
これ程の多数の相手をした記憶こそないが、一、二体で彷徨う動く屍体と戦った経験ならば、アタシにもある。
樹木の幹を大きく抉る程の威力の素手の一撃は、とても元が人間の死骸だとは思えない脅威だが。
子供の足でも安全な距離を保ち、逃げられる程の動きの鈍重さは。素手の威力の脅威を台無しにするには充分過ぎる致命的な欠点だ。
一二歳の頃のアタシですら、動く屍体の鈍重な攻撃を一撃も浴びる事はなかった程度の強さでしかなく。
小柄で、意外に動きの素早い小鬼よりも戦い易い相手ではなかろうか──というのはアタシ個人の感想でしかないが。
養成所に入って専門的な訓練を受け、そのアタシと互角以上の勝負が出来るサバランとイーディスが。今更怯むような相手では、動く屍体は決してない。
特に、機敏な動きで相手を翻弄する戦法を得意とするイーディスは、相性が良いと言える筈なのに。
「どうしたんだい、二人ともッ?」
武器を構えはしていたものの、動く屍体と一定の距離を保ちながら、いつまでも接敵しようとしない異変に気付いたアタシは。
躊躇し、動く屍体と距離を詰めない理由を二人に問う。
もしかしたらアタシがまだ気付いていない何かしらの危険を、二人は先に察知したという可能性もあるからだ。
だからアタシも一旦、接敵のための足を止め。二人の躊躇した理由を聞く事にした。
「い、いや……だって、なあ」
すると、まずサバランが口を開くも。その返答にはアタシへの配慮というか躊躇が入り混じる。
だが、アタシが黙って答えを待っている様子に。
諦めた表情を浮かべたサバランが、足を止めて怯んだ理由を辿々しく語り始めた。
「その……動く屍体って、斬っても叩いても……臭い、だろ?」
「──は?」
まさかのサバランの答えに、アタシは一瞬憤り、思わず眼に力を込めてしまう。
当然ながら、動く屍体の体表は腐敗が進行しており。肉が腐り落ちて骨が露出している箇所まである。
肉が腐敗しているためか、確かにサバランが言うように動く屍体からは強烈な悪臭が漂っていたが。
「臭いッて、何甘えたコト言ってんだサバラン? 大体、小鬼の返り血だって充分に凄い匂いじゃねえかよッ!」
「い、いやいやっ! 全然臭いの度合いが違うんだっての!」
悪臭、というのであれば。アタシらが何度も倒してきた小鬼も相当な悪臭を漂わせている。おそらく、全く水浴びや身体の洗浄をしない習慣からなのだろうが。
しかも小鬼の血、というのが。これまた強烈な悪臭を放つ厄介な代物だったりする。
何しろ、血を浴びた制服や革鎧はいくら水洗いを施し、血の汚れを落としても。染み付いた悪臭は中々取れず。完全に拭い去るには魔法を用いるしかない。
そんなサバランとアタシとの問答に、イーディスも割り込んで。
サバランの言葉だけでは足りなかった動く屍体の危険性について、補足で説明をしてくる。
「……それに、悪臭だけじゃない。あの返り血ならぬ腐汁を浴びると、流行り病に罹るかもしれん」
イーディスの言葉を聞いて、アタシの頭にふと過去の記憶が蘇る。
一二歳で街の外での生活を始め、動く屍体と初めて遭遇した時。
持っていた粗悪な剣で斬って、突いて。アタシは動く屍体から噴き出た腐汁に塗れながら、どうにか動かなくなるまで動く屍体の身体を粉々に出来たが。
拠点に帰ってきたアタシは、突然の高熱と寒気に襲われ。身体に力が入らなくなり、三日ほど動けなくなった事があった。
突然の身体の異常の理由は、結局あの後も判明しなかったが。
イーディスの話が真実ならば、あの時アタシが三日程動けなくなったのは。動く屍体の腐汁を浴びたのが原因だったのか。




