おっぱい
〈21:20〉
ラートが倒れこむ瞬間、俺はすれ違いざまに、鎧の左腰部の鞘から短剣を抜き取った。
そしてその短剣を、離れてぼんやり立つ白いローブの少女の首筋に突きつける。
「はわわわっ!?」と間抜けなペオルの声。頭巾がずり落ち、銀髪と長い耳を顕にした。
ヨルは隣で「ゆ、勇者どの、何を……!?」と動揺している。
俺はペオルを盾にして後ずさり、ラートに向き合う。
「ラート。いや、"百人隊長"ラート。お前を俺と同じ、ひとりの戦士として見込んで言う。
俺を見逃せ。
俺はあんたの敵ではないし、ましてや魔王の手先でもない。歴とした勇者だ。
俺には勇者としての大義がある。俺のすべての行動には、意味があるんだ。大義に繋がる意味が。
時間が無いので、細かい事情は説明できないが――とにかく今は、俺を見逃せ」
今まで黙っていたが、俺は嘘を吐くのが嫌いではない。
ラートは斧槍を杖代わりにして立ち上がった。
「む。わたしを知っているのか……?」
「……ああ。勇者の力でな」
「そういうものか……」ラートの口調に迷いが見え始めた。「しかし真の勇者が、人質など取るものか?」
その疑問は、半ばラート自身に投げかけられたようだった。
――いやあ、ごもっともです。保険のつもりで人質を取ったのが裏目に出た。
ラートが話せば分かる奴だと信じていたら、こんなことはしなかっただろう。
如何ともし難いジレンマだ。
俺が黙っていると、ラートは斧槍を構え直す。
「こ、殺すな、ラート!」ヨルが口を挟んでくれた。「勇者にも言い分があるはずだ! な、勇者どの、もう少し訳を――」
「俺だって、本当はこんなことはしたくない。だが、どんなときも例外がある……。
大事のために、小事を切り捨てなければいけないときがあるのだ。
ラート、お前もかつて似たような運命を辿ったはずだ。思い出せ、あのときのことを……」
「まさか、お前、一年前のあの事件を……!?」
顔から火が出そうな出鱈目を並べたが、ラートも人間だった。
一年前に何か思うところがあったらしく、勝手に頭を抱え、悩み始めた。
その隙に俺は、腕の中にいる少女の耳元に囁く。
(ペオル、薬品庫の鍵はどこだ?)
(ひゃっ!)
ペオルは長耳をひくつかせる。
(え、わた、わた、わたしですか?)
と、潤った瞳で見上げてくる。
いかん。
なんか髪もいい匂いがするし、興奮してきた。
(頼む。とある薬が欲しいんだ。薬品庫の鍵はどこにある?)
(え、えーと……か、鍵はぜんぶ官邸前の守衛さんが……あ、でも薬品庫だけなら、予備の鍵を、わたしが……)
(なにっ!? いま持っているのか!)
(は、はいぃ……! 首から下げてます……)
と、ペオルはローブの胸部を少しはだけさせた。
少女の白い鎖骨をなぞる、黒い撚紐が見えた。
――なるほど。お守りのように、鍵を紐に結んで、首から下げているわけだ。
(もらうぞ)
俺は何も考えず、左手をローブの中に突っ込んだ。
「ひあっ」とペオル。
「むっ」とヨル。
「なにっ」とラート。
ペオルの白いローブの下、薬品庫の鍵を求めて彷徨う俺の左手。
むっ……これは……
ふむ……なかなかどうして……
控えめながらもなかなか……
"ふくらみかけ"というやつですな……
ううむ、ブラジャーをつけていないのは、この世界にはそんなものが無いからか?
それとも、ペオルが幼いから、付けていないだけ?
いや、宗教上の理由とか、エルフがそういう種族だというのもありえるな……。
――人生で初めて遭遇した未知の感触に、俺の頭は雑念でいっぱいになっていた。
気が付くと、顔を真っ赤にしたペオルが、上目遣いで俺を睨んでいた。
いやぁ、だから、その目付きは興奮するって。フヒヒ。
「風よ」ペオルの、静かに怒気を孕んだ声。「彼の者を大地の縛めから解き放て――空中浮揚」
ブオオオー……と、ドライヤーのような音が聞こえた。
「おっ?」俺の足下が急にぐらついた。「おっ、おっ、おっ?」
俺は宙に浮いた。
地面と足の間にあった空気が、急に膨らんだような感覚だった。
しかも左右の足で空気の膨らむ速度がバラバラなので、俺はいとも簡単にバランスを崩した。
思わず右手に握っていた短剣を手放し、それは床にカランと音を立てて転がった。
宙に浮いたと思ったのは一瞬、ほんの10cmほどだった。
すぐに浮遊感はなくなり、いつもの重力が俺を地面に叩きつけた。
「ぐえっ」と蛙のような悲鳴をあげる俺。
ラートがコツコツと足音を立て、仰向けの俺のそばに寄ってくる。
顔は影になってよく見えないが、とりあえず斧槍を持っているのは確かだ。
「勇者よ。
先程の行動には、どのような『意味』があるのだ?
どのようにして『大義』に繋がるというのだ?
いたいけな少女の胸を揉みしだくことが、
『小事を切り捨てなければいけない程の大事』なのか?」
「え、えへ……」
甲冑の下から放たれる殺気。俺はさっと目を逸らす。
逸らした視線の先では、ヨルがペオルの頭を撫でていた。
グスングスン泣いているペオルをヨルが慰めていた。
ヨルがこちらを向き、俺と目が合った。
「前言撤回だ」ヨルは満面の笑みを浮かべていた。「ラート、殺していいぞ」
〈21:23〉




