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チェックメイト?

俺は賢者になった。

勇者から賢者に転職した。

方法は聞くな。男は人目の付かないところに行けば、誰でも賢者になれるものさ。


賢者は自分を客観的に見ることが出来る。


うん。


あのときは召喚酔いのせいで少し理性の働きが弱くなっていたようだな。

せっかくラートを舌先三寸で丸め込めそうだったのに、いらんことをして怒らせてしまった。


とはいえ。


その後も何度かラートの説得を試みようとしたが、すべて無為に終わった。

何を言ったところで、俺が逃げたらラートは追いかけてくるし、

逃げないで事情を話そうとしても、あいつの飲み込みが悪すぎて時間が足りない。


どうやらあの場でラートを説得することは無理そうだ。


ラートが肉体言語しか持たない脳筋戦士というのもあるが、

やたら勇者オレという存在に警戒心を抱いている気がする。


最初の頃はもう少し優しかった気がするのだが……

あれはたぶん、俺が弱さを見せていたからだろう。

弱々しい俺の姿を見て、警戒に値しないと判断したのだろう。


弱きを助け強きを挫くタイプの戦士なのだ。たぶん。

だからラートの存在を感謝しこそすれ、憎んではいない。

あいつに警戒されるのは、俺が少しは強くなった証なのだ――と、自分に言い聞かせている。


ポジティブ・シンキング大事。

いまや賢者だからな、俺は。


結局、ラートの説得は諦め、神殿で人質を取るのも止めた。


薬品庫の鍵は、一瞬の接触のうちにペオルから奪えるようになった。

背後からペオルに忍び寄り、首から提げた紐を右手の短剣で切って、左手ですかさず抜き取る。

俺は誰も傷付けることなく、光輝く真鍮の鍵を手に入れる。


瞬く間の出来事なので、誰も俺が何をしたか認識していないだろう。

ペオル自身、「え? え?」と、銀髪の頭に疑問符を浮かべてはいたが、

鍵を盗られたとはすぐには気付いていなかった。


ラートからくすねた短剣と言い、これじゃ勇者や賢者というよりは盗賊だ。

盗賊の真似事は、筋力がなくてもセンスさえ鍛えればできるってことか。

実際、あるていど見慣れた動きに関しては、スローモーションのように見えるようになってきた。


ハリウッド映画で言う、バレットタイムってやつだ。

現実でも、自動車に跳ねられたときはアドレナリンが分泌され、周囲がスローに見えるとは聞く。

しかし俺がバレットタイムに入るときは大して興奮状態にはなく、むしろ冷静な心で成り行きを見つめている。


ちょっと武芸の達人みたいでカッコいい。


ま、自分の動きも一緒にスローモーションになっちゃうし、

相手の新しい動きに対してはまったく対処できないので、本当の達人とは程遠いのだが……。


それでも、この似非えせバレットタイムのおかげで、大抵の苦難は乗り越えられた。


繰り返される時の中で、幾度と無く自分の命を犠牲にして、ひとつひとつ苦難を乗り越えてきたのだ。

いまや、一対一の戦いなら負ける気がしない――とまでは行かないでも、

相手の隙を付いてどうにかこうにかする、というのは割りと自信がある。


そう――あくまでも、一対一の戦いなら、だ。


今、俺は薬品庫の二階で息を潜め、窓の外の様子を伺っている。

かすかな月光が照らすツェンテル通りの向こうから、複数の影が近付いていくる。

二人や三人ではない。少なくとも五人以上の、馬に乗った兵士たちがやってくる。


馬の蹄の音は、薬品庫の前でピタリと止まる。


きっと、ペオルが薬品庫の鍵を失くしたことに気付いて、誰かに告げ口したのだろう。


――よりによって、俺が求める酔い止めポーションは、薬品庫の二階の、それも一番奥の棚に収納されていた。

酔い止め薬が入っている青い瓶自体は何度も目にしてきたので、見ればすぐにそれとわかるものだった。

しかし、どんなに急いで瓶を取ったとしても、再び扉に手を掛けるときには、外から蹄の音が聞こえてくる。


そのまま扉を開けてしまえば、あっという間に兵士たちに取り囲まれ、例の馬糞臭い営倉に連れて行かれる。


もちろん、神殿でラートに対してそうしたように、何度も兵士たちの包囲を切り抜けようとは試みた。

だが、どんなに俺が策を練りなおしても、遅かれ早かれ兵士たちに取り押さえられてしまう。


俺が兵士Aの動きに対処したら、兵士Bが新たな動きを見せて、俺を取り押さえる。

次のループで兵士Bの動きに対処したら、今度は兵士Cが新たな動きで俺を取り押さえる。

次のループで兵士Cの動きに対処したら、今度は兵士Aが新たな動きで俺を取り押さえる。


――といった感じで、俺が一人の兵士に隙を作ったところで、他の兵士はお構いなしに襲ってくるから、キリがない。


数には勝てん。そりゃあ当たり前だ。

そんな当たり前のことに今まで気付かなかったのは、神殿での状況が特殊だったからだ。

ラート以外の二人、ヨルとペオルは――少なくとも近接戦では――素人だった。


この砦にいる兵士たちは違う。みんな、それなりに訓練を受けているだろう。

平和な国で格闘技のひとつも習わずに育ってきたバリバリインドア派の俺とは違う。

ひ弱なモヤシが何度ループしたところで、プロの軍人集団に勝てるわけがない。


俺は必死に頭を働かせる。

酔い止め薬でクリアになった頭で、ぐるぐる思考を巡らせる。

手に握った空瓶を見つめながら、考える。


そもそも、こうして酔い止め薬を手に入れること自体が、俺を追い詰めてしまっているのではないか。

神殿でラートから逃げ、ペオルから鍵を奪った時点で、兵士たちが俺をここまで追ってくるのは必然だ。

そして、兵士たちに追いつめられたが最後、俺はあの営倉で隕石が落ちてくるのを待つしかない。


俺が数多の命を犠牲にして開拓したこのルート……

酔い止め薬を速攻で確実に手に入れるこのルートは……

俺自身の破滅をも確定させてしまっているのではないか?


その恐ろしい考えに至ったとき、扉の開く音が聞こえた。


〈21:25〉


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